無頼漢の集団
公孫瓚……幽州の将軍。騎射に優れた者を厳選した精鋭騎馬軍、白馬義従を率いる。
田豫……公孫瓚に仕官した若者。
劉虞……幽州の牧(長官)。漢の太尉(国防長官)であり、皇族。
袁紹……冀州の牧。名門の出身で、公孫瓚の仇敵。
王門……公孫瓚に仕える将校。
趙雲……常山郡から公孫瓚の許に駈けつけた義勇軍の長。
劉備……公孫瓚の学友。公孫瓚の許に身を寄せる流浪の軍の長。
関羽……劉備の義弟。長髯を備える。
張飛……劉備と関羽の義弟。虎髭の主。
田楷……公孫瓚が任命した青州刺史(監察官)。
公孫瓚は、劉虞による異民族への懐柔策を妨害しながら、黄河より北、河北の支配権を巡り、袁紹との抗争を激化させた。戦線は、北から南へと広がりつつあった。
その折、またしても公孫瓚の許に身を寄せる者があった。
広い額、冴えた双眸、高く通った鼻梁、引きしまった口許――。その面貌の立派さに加え、容姿から漂う清涼の気風が、人の目を惹きつけた。
劉備――。公孫瓚の学友だった。幽州涿郡に身を寄せた高名な儒学者の許で、若かりし公孫瓚と劉備は、共に学問を学んだ。劉備は、公孫瓚を兄のように慕い、気心の知れた間柄となっていた。
「来たか、劉備!」
喜びを満腔で表した公孫瓚が、訪った劉備の許まで足を運び、両腕を広げて迎え入れた。
「各地で賊を相手に連戦、連敗が続き申した。拠りどころもなく、このように公孫瓚どのを頼りましてござる」
恐縮した劉備は、慇懃に一揖した。
劉備は、両脇に腹心を伴っていた。両者とも魁偉の風貌である。
ひとりは、目が烱烱として鋭い。浅黒い肌に臥蚕の眉と、顎先に一尺(約一六㎝)ほどの髯を風に揺らしている。悠然と佇む姿からは、聡明さが見て取れた。
もう一方は、鏡のような目をしていた。らんらんとした目の中に、胸中の炬火が燃えている。頬を覆う虎のような髭を蓄えた血気熾んな武人に映った。
嬉しげな公孫瓚は、劉備に侍る二人の偉丈夫を交互に見遣った。
「お前が、股肱の臣を伴うようになるとはな。それはそうと、昔から、ならず者に好かれるのは、相変わらずのようだ」
公孫瓚は、劉備の後方に控えた手勢を一瞥して皮肉った。
三百ほどだった。劉備が引具した配下は、異様といえば異様だった。どれも世間からあふれた無頼漢の集団に見える。
劉備は、左右に目配せして、にこりと微笑んだ。
「関羽と張飛――。我ら三人、義兄弟の契りを交わした間柄。我が志を遂げるには、欠かせぬ二人です。後ろに控える者たちも然り」
髯の長い関羽が、眼前で手を重ね、丁重に一礼すると、虎髭の張飛もそれにならった。
「志? お前は幼少の頃、大きくなったら、天子の馬車に乗ると嘯いていたと記憶しているが、まさか、それのことか?」
からかうような公孫瓚は、劉備へ満面の笑みを晒した。
「天下平定――。そして、一刻も早く民を安んじたいのです」
劉備は、公孫瓚を瞶めた。
「知っている。聞き飽きているくらいだ。我が許へ足を運んだのだ。覚悟しているとは思うが、忙しくなるぞ、劉備」
公孫瓚は、口許を引きしめた。面貌に疲労の色がにじんでいた。
「存分にお使いくだされ」
再び一揖した劉備は、柔らかな笑みを返した。
それから、しばらくして――。
「劉備、お前を別部司馬に任じる。我が配下、田楷の救援に向かってくれ」
公孫瓚は、陣屋に劉備を呼んで命じた。
別部司馬――。将軍直属の部隊とは異なり、独立性を維持した部隊の指揮官のことだった。
劉備の傍らには、片時も離れず関羽と張飛が従っている。
深刻な面持ちの公孫瓚は、眼前の三人を見据えたまま続けた。
「田楷は、俺が任命した青州刺史だ。その座を奪いに、袁紹の軍勢が攻め寄せている。俺が動けば、奴の本軍が動き、ここを占拠する肚裡だろう。俺に代わって行ってくれ、劉備」
「承知した」
拱手した劉備は、穏やかな口調で肯じた。
「心配するな。兵は三千ほどつけてやる。それと……」
公孫瓚は辺りを見回すと、声を張り上げた。
「田豫、田豫はいるか?」
「はっ」
腰には剣を佩き、背には弓と矢筒を背負っている。すぐに現れた田豫が、公孫瓚の前に拝跪した。
「田豫よ、この劉備につき従い、青州へ向かえ。劉備に何かあってはならぬぞ」
公孫瓚の指示に、田豫は劉備に視線を移した。何かに打たれたかのような衝撃が、田豫に奔った。
端正な顔立ちに柔和な笑みが浮いていた。その眉目からは、確固たる信念がうかがえる。容貌から醸し出される良識と、両脇に偉丈夫を侍らせた英雄たる姿は、駈け出しの田豫を魅了するに足りた。
その田豫に微笑を投げた公孫瓚は、劉備に向き直った。
「お前の手勢は、一癖も二癖もある奴が多いからな。機敏な小間使いも必要だろう。どこに配属させるか悩んでいたが、お前につけてやるのが、この田豫も生きるだろう」
田豫は、劉備に向き直ると、深々と低頭してみせた。
劉備は、にこっと、笑った。




