都
劉虞……幽州の牧(長官)。漢の太尉(国防長官)であり、皇族。公孫瓚に討たれる。
鮮于輔……劉虞に仕える重臣。公孫瓚を仇敵とした兵を挙げ、自害に追い込む。
公孫瓚……幽州の将軍。幽州の牧である劉虞を討つが、鮮于輔らの報仇軍により、自害に追い込まれる。
袁紹……名門の出身で、公孫瓚の仇敵。鮮于輔らと連合し、公孫瓚を自害に追い込む。幽、冀、并、青の四州に勢力を誇る群雄。
閻柔……北方異民族に慕われる陰の指導者。漢人。報仇軍を挙げた鮮于輔に加担する。
斉周……劉虞に仕える重臣。鮮于輔の相棒。
田豫……流浪の英雄、劉備の志に魅かれ、憧れを抱く。主君の公孫瓚を失う。
廉正……田豫の志に共鳴する腹心。実直な性質の槍遣い。
曹操……豫、徐、兗、青の四州に勢力を伸ばす群雄。
烏倫……鮮卑人と漢人の混血。閻柔の従者のような青年。閻柔の申し出により、田豫の従者となる。
程昱……曹操に仕える初老の謀士。田豫の育成を委ねられる。
衛沈……北の辺境を往来する医の徒。田豫の草庵を預かる。
公孫琳……田豫が救出した公孫瓚の四女。
振り下ろされた鍬は、力強かった。
許の都を目指し、兗州に入った田豫たちが方々で目にしたのは、荒廃した土地を耕す屈強な男たちだった。
そこは、冀州に拠る袁紹を睥睨する曹操にとって、最前線とも言うべき地域だった。
兗州を過ぎ、さらに南の豫州に入ると、田畑を耕す者の姿は、年老いた民草に変わっていた。
馬上で首を立てた田豫は、その変化に眉をひそめた。
従騎する廉正と烏倫は、田豫の様子に顔を見合わせた。
広い街道が整備されている。許の都に近づくと、人の往来は活発になった。山のような荷を積んだ荷車が、馬に牽かれている。それが頻繁に目についた。
許に入ると、巨大な要塞のような城郭が視界に入ってきた。至るところから煙が上がり、何かを建設しているのか、資材を叩くような音や、金属を打つような音が響き渡っていた。
下馬した田豫たちは、馬を牽いて都に足を踏み入れた。どの方角を見ても、人の群れが目に飛び込んできた。そのどれもが生き生きとしている。乱世の中で、生きる糧を見つけた者のように見えた。
辺りでは、隊列を組んだ兵が巡視して回っている。小さな異変にも目を光らせているようだった。
田豫には、見るもの全てが新鮮に映った。
つかず離れず、田豫に従った廉正と烏倫は、どこか気を呑まれたように怖ず怖ずとしている。
前方には、そびえ立つような宮殿と、それを囲む官舎がいくつも見えた。どれも隆盛を極めた豪奢な意匠ではない。そうかと言って、威厳を損なっているわけでもない。無駄なものを排除し、本当に必要なものだけを備えたような造りである。その思想は、都の全域に及んでいるようだった。
「これが……曹操どのが築いた都なのだな……?」
辺りを見回しながら、廉正が、つぶやいた。
「ああ。人は活気に満ちている。そればかりではない。建物の配置、人の動き、全てが機能的で一切の無駄がない。建築途中のものもある。都の全貌が明らかになるのは、まだ先のようだ」
「帝を迎え入れ、これほどの都をわずかな期間で造り上げるとは、曹操どのも、やはり稀代の傑物か」
「どうやら、私たちも、ここで学ぶことは多そうだ」
役所に足を運んだ田豫たち一行は、衛士に身分を告げた。田豫が訪うことは、事前に知らされていたようだった。馬を預け、建物の中に足を踏み入れた田豫たちを待っていたのは、程昱だった。
「来たか」
官服の上から胴当てを巻いている。いつでも戦に出られるような出で立ちだった。書簡に目を通していた程昱は、田豫を一瞥した。その周りでは、書簡を抱えた官吏が忙しなく働いている。
田豫たち一行は、程昱に一揖した。
「城郭の外れに邸を用意してある。そこから通うといい。従者を引き連れてくるとは思わなんだ。少し狭いかもしれぬが、辛抱せい」
「はっ」
「あらゆる書簡に目を通し、齟齬や誤りを見つけるのが、明日からの仕事だ、田豫。今日は、ゆっくり休め」
「承知つかまつった」
一礼を施した一行は、踵を返して程昱に背を向けた。
顔を上げた程昱は、田豫の背に視線を向け、不気味に笑った。
「さて、どう化けるかな?」
長い髯をなでた程昱は、ふたたび、書簡に視線を落とした。
与えられた邸は、新築の匂いがした。三人では少し狭い建物だったが、前庭は過分なほど広かった。
城郭の繁華街では、食欲をそそるさまざまな料理や、格づけで値段が変わる酒が売られていた。食い物と酒を調達した田豫たちは、旅の疲れを癒すと共に、今後の展望を語り合うことにした。
「私は、城郭の警護兵に志願しようと思う。応募の立て札が掲げられているのを見た。ここで何もせずにいるよりはましだろう。ただし、あくまでも立場は田豫の従者だ。田豫の配属先が別の土地に変わるようなことがあれば、もちろんついて行く」
口火を切ったのは、盃をあおった廉正だった。
「私からも関係部署に上申しておこう。烏倫はどうする?」
酒を口に含んだ田豫が、烏倫を見遣った。
端座した烏倫は、困ったような面持で首をかしげた。
「騎馬の巡視隊はどうだろう? 城外での仕事になるだろうが、馬と一緒だ」
「そりゃあ、いい」
烏倫は、にこりと微笑んだ。
「せっかくの機会だ。一日も早く乱世を収束させるため、私たちにできることを、この許都で学ぼう」
目に力を込めた田豫は、眼前の廉正と烏倫を交互に見遣った。
「ああ。たまには、こうして情報交換するのもいい。繁華街を少し見ただけでも、幽州では知り得ないものが多くあった」
炙った豚肉を頬張った廉正に、烏倫は力強くうなずいた。
「よし。私たち三人、それぞれが、できることをやろう。還るところは、ここにある。我らは一心同体であることを忘れるな」
田豫は、手の甲を下に、二人に腕を伸ばした。
「おう」
「承知いたしました」
廉正と烏倫は、田豫の手を固く握った。
同じように片手を伸ばした廉正と烏倫も、互いに手を取った。
三人の面貌に笑みが浮くと、一様に盃を掲げてあおった。
こうして三人の宴は、夜更けまで続いたのである。




