朝陽
劉虞……幽州の牧(長官)。漢の太尉(国防長官)であり、皇族。公孫瓚に討たれる。
鮮于輔……劉虞に仕える重臣。公孫瓚を仇敵とした兵を挙げ、自害に追い込む。
公孫瓚……幽州の将軍。幽州の牧である劉虞を討つが、鮮于輔らの報仇軍により、自害に追い込まれる。
袁紹……名門の出身で、公孫瓚の仇敵。鮮于輔らと連合し、公孫瓚を自害に追い込む。幽、冀、并、青の四州に勢力を誇る群雄。
閻柔……北方異民族に慕われる陰の指導者。漢人。報仇軍を挙げた鮮于輔に加担する。
斉周……劉虞に仕える重臣。鮮于輔の相棒。
田豫……流浪の英雄、劉備の志に魅かれ、憧れを抱く。主君の公孫瓚を失う。
廉正……田豫の志に共鳴する腹心。実直な性質の槍遣い。
曹操……豫、徐、兗、青の四州に勢力を伸ばす群雄。
烏倫……閻柔の従者のような青年。
「了解」
弾かれたような斉周は、あっという間に望楼から姿を消した。
そこへ――。
馳せ去る斉周を横目に、悠然と身を寄せた者があった。軽鎧の上に胡服を羽織っている。麻紐で額を鉢巻いた閻柔だった。
その後ろに控えていたのは、胡服を着た青年だった。右の耳朶で翡翠の耳飾りが揺れている。
「どうやら、針路は定まったようだな、鮮于輔」
歩を寄せた閻柔は、田豫の前で足を止めた。品定めでもするように、田豫の頭から爪先まで視線をはわせた。
「曹操どのに打診する」
目を円くした閻柔は、鮮于輔に皮肉な笑みを向けた。
「おもしれえ。弱え方に味方するってのか。誰の案だ?」
「この田豫の案を要れた。俺も異論はない」
首を回した閻柔は、底光るまなこで田豫を見据えた。
「田豫? お前が気遣っていた若造がこいつか?」
田豫は、唯、力の籠った瞳で閻柔を瞶め返した。
その後方に立つ廉正には、緊張が奔った。
閻柔は、にやりと笑った。
「見込みがあるじゃねえか。俺は、閻柔。俺も、お前の案に賛成だ」
廉正からは、安堵の溜息が洩れた。
「袁紹は駄目だ。ありゃあ、勝てるとわかった戦しかしねえ。それは、強え奴の戦い方じゃねえ。小が大を喰うような、苛烈な戦ができる奴が最後に生き残る。曹操には、その片鱗が見える」
「曹操どのが、どう動くか、まだわからぬがな」
「その動きで、奴の器も量り知れるってもんよ、なあ、烏倫?」
不敵に笑った閻柔は、後ろに控えた青年に相槌を求めた。
目尻が切れ込んだ眼眸は、澄んでいた。烏倫は微笑を浮かべた。
田豫の視線も烏倫に移った。漢人ではないように見えた。
「すぐにも、返事があるだろう」
鮮于輔は、南の空を見上げた。
それを追って、田豫も空を見上げた。
十方碧落、雲はなかった。
それからしばらくして――。
曹操から密使が訪れた。携えていたのは、ひとつの書簡だった。
その書簡を広げると、鮮于輔と閻柔、そして、田豫は、頭を突き合わせて見入った。
「こりゃあ、どっちに転んだ?」
閻柔は、首をかしげた。
――会って話がしたい。
その一言に添えるように、日時と場所のみが記されていた。
うつむき加減の鮮于輔は、考え込むように手を口許に当てた。
「頼ってきた対手を見定めたいということか? 曹操どのにしてみれば、袁紹に傾かなかったことに不信感を覚えた……?」
「会うのはいいとして、曹操が大軍引き連れてきたらどうすんだ? 俺たちも兵を率いて向かうのか?」
閻柔は、両手を頭の上に乗せた。考えあぐねているようだった。
「どう思う、田豫?」
鮮于輔の声に、閻柔の視線も田豫に向けられた。
右手の拳を顎に当てた田豫は、曹操の書簡に目を細めた。
「袁紹ではなく、何故――? 曹操どのにも、解せないところがあるのはそのとおりでしょう。真意を測りたいのが一念かと。わざわざ日時と場所が示されております。曹操どのを初めとする少数で現れるはず。それに、曹操どのには、我らと争う理由がございません」
「ふむう」
鮮于輔と閻柔は、そろって腕組みすると、鼻から息を吐いた。
「行こう。我らは、恭順の意を示せばいいだけだ」
鮮于輔は、何度もうなずきながら閻柔を見遣った。
「ああ。怖じることはねえか。こちらにしてみても、曹操の器量を拝む機会と捉えりゃあ、利はある」
「はい。向かいましょう」
口許を真一文字に引き結んだ田豫は、力強く頷首した。
背を向けた方角から朝陽が昇っていた。
冀州魏郡黎陽県の黄河沿い――。
そこは、場所からして、袁紹の領土だった。
わずか五騎での移動だった。曹操が指定したところに向かったのは、鮮于輔、閻柔、烏倫、廉正、そして、田豫だった。
五人は、薊県城の留守を斉周に預ける形で出立していた。
「無礼を働き、くれぐれも対手を怒らせるようなことはするなよ」
出立の折、苦笑を浮かべた斉周が放った言葉だった。
そして、今や指定の刻限が迫っていた。
「本当に現れるんだろうな?」
馬上で欠伸をさらした閻柔が、西の河沿いに目を凝らした。
一方、緊張の面持で、めっきり口数が減っていたのは、廉正だった。
「おい、田豫。対手は、あの曹操なのだろう? 本当に大丈夫なのか? どんな卑劣漢かわからぬぞ?」
何か言葉を発したと思えば、そればかりだった。陶謙の兵だけではなく、民草、犬や鶏までも累々と斃れ伏した徐州での光景が、脳裡に焼きついているようだった。
ふっと、笑った田豫は、厳つい面貌をこわばらせた廉正を諭した。
「これから主君と仰ぐことになろうお方だぞ。例え、化け物のような姿でも、慣れねばなるまい」
「……化け物……なのか……?」
馬上の廉正は、眉間に皺を寄せてうつむいた。
翡翠の耳飾りが、風に揺れている。田豫と廉正の遣り取りを見ていた烏倫に、爽やかな微笑が刷かれた。
戦袍の裾を風になびかせた馬上の鮮于輔は、西方を注視しながら、ゆっくりと駒を前に進めた。
「来たぞ」




