嬢
田豫……公孫瓚に仕官した若者。流浪の英雄、劉備の志に魅かれ、憧れを抱く。
老母……田豫の母。田豫の活躍に期待し、他界する。
衛沈……北の辺境を往来する医の徒。
公孫瓚……幽州の将軍。幽州の牧(長官)の劉虞を討つ。
劉備……公孫瓚の学友。徐州の牧。
劉虞……幽州の牧。漢の太尉(国防長官)であり、皇族。公孫瓚に討たれる。
閻柔……北方異民族に慕われる陰の指導者。漢人。報仇軍を挙げた鮮于輔に加担する。
鮮于輔……劉虞に仕える重臣。公孫瓚を仇敵とした兵を挙げる。
袁紹……冀州の牧。名門の出身で、公孫瓚の仇敵。
楽何当……幽州の絹商人。
李移子……幽州の布商人。
劉緯台……幽州の占い師。
張飛……劉備の義兄弟で股肱の臣。
廉正……田豫の志に共鳴する腹心。実直な性質の槍遣い。
王門……公孫瓚に仕える将校。劣勢の公孫瓚を見限り、袁紹に寝返る。
公孫琳……公孫瓚の四女。燃え盛る易京城から救出される。
田豫は、再び訝しげな面貌を廉正と衛沈に見せた。語り出した娘の次なる言葉を待った。
泪をぬぐいながら、娘は朱唇を顫わせた。
「見渡す限りの大軍勢が……押し寄せて参りました。父上は、将士たちに抗戦を下知しました。ですが……どれも臆し……あれよという間に、逃散してしまった……」
ひとしきり泪をぬぐった娘は、赤いまなこで田豫を瞶めた。
「城壁を打ち砕く轟音が響き始め……絶望に打ちひしがれた父上が……狂気を発したのです……」
「狂気……?」
眉間に皺を寄せた田豫は、娘に注目した。
再び白面を両手で覆った娘は、めそめそと泣きながら続けた。
「剣を抜き放った父上が……次々と母上たちを斬ったのです。そして……私も刺された……」
三人の男どもの相貌が、愁眉に染まった。
「部屋は……血の海。火を放った父上は……自ら首を突き、果てました。私は……燃え上がる部屋から、必死で逃れようとしました。動けたのは、私だけでした。皆……果てていた。避難用の坑道を伝い……なんとか城の外へ出たのです。それから先のことは……覚えておりませぬ……」
「で、田豫、この娘、まさか――」
廉正は、驚愕の表情を田豫にさらした。
「嬢よ、お主の名は、何と申す?」
沈痛の面持となった衛沈が、娘に質した。
泪をふいた娘は、潤んだ双瞳で、頭を寄せ合った男どもを見回した。
「琳――。公孫瓚の四女、琳と申します」
「公孫琳だと――⁉」
目を剥いた田豫と廉正の声振が重なった。
その折――。
草庵の戸を叩く者があった。
驚きが冷めやらぬまま、座を立った廉正が戸口へと向かった。戸は、勝手に開かれた。
立っていたのは、二人だった。重鎧をまとった強面の兵だった。
「ここに、田豫という者はおるか?」
己の名が耳に入った田豫は、立ち上がって戸口に足を運んだ。
――迅い。この草庵に公孫瓚どのの娘がいることを嗅ぎつけた?
心拍数の上がった田豫は、壁のように仁王立つ廉正の体をどかして、その身を露わにした。
「田豫は、私だ。こんな夜分に訪うとは、礼儀を知らぬと見える」
田豫は、緊張をおくびにも出さず、二人の兵を睨んだ。公孫琳の存在を悟られまいと、強気に出ていた。
ぎらついた双眼を、田豫に這わせた二兵卒は、顔色ひとつ変えることなく、淡々と告げた。
「鮮于輔さまが、貴様をご所望だ。今より、我らに同道してもらう。さっさと仕度しろ。違えば、命はない」
慮外の申し出に、田豫は、息を呑んだ。
その田豫に侍る廉正からは、心配の眼眸が注がれていた。
――拾ったは、公孫瓚の娘。招くは劉虞の旧臣。これも宿命か。
戸口の会話に耳を澄ました衛沈は、固く目蓋を閉じた。
何かが、動き出そうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございます。明日、19時更新の第24話より、田豫の運命が大きく動き出し、飛躍の邂逅を迎えます。現代こそ顧みるべき男たちの生き様を、どうぞお楽しみに!




