↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/19

大人(たいじん)

〈漢《かん》〉

公孫瓚《こうそんさん》……幽州の将軍。騎射に優れた者を厳選した精鋭騎馬軍、白馬義従を率いる。

田豫《でんよ》……公孫瓚に仕官した若者。劉備の志に魅かれ、憧れを抱く。

劉虞《りゅうぐ》……幽州の牧《ぼく》(長官)。漢の太尉(国防長官)であり、皇族。

袁紹《えんしょう》……冀《き》州の牧。名門の出身で、公孫瓚の仇敵。

王門《おうもん》……公孫瓚に仕える将校。

趙雲《ちょううん》……常山郡から公孫瓚の許に駈けつけた義勇軍の長。無双の槍の名手。

劉備《りゅうび》……公孫瓚の学友。公孫瓚の許に身を寄せる流浪の軍の長。陶謙に徐州を譲渡され、州牧となる。

関羽《かんう》……劉備の義弟。長髯を備える。青龍偃月刀を操る豪傑。

張飛《ちょうひ》……劉備と関羽の義弟。虎髭の主。蛇矛が得物の猛者。

田楷《でんかい》……公孫瓚が任命した青州刺史《せいしゅうしし》(監察官)。

廉正《れんせい》……公孫瓚が派遣した援軍の歩兵長。

曹操《そうそう》……兗《えん》・豫《よ》の二州に蟠踞《ばんきょ》する群雄。

陶謙《とうけん》……徐州の牧。次代の希望を劉備に懸け、病により世を去る。

鮮于輔《せんうほ》……劉虞に仕える重臣。

閻柔《えんじゅう》……北方異民族に慕われる陰の指導者。漢人。


〈鮮卑《せんぴ》〉

軻比能《カヒノウ》……頭角を現してきた大人《たいじん》。口許から右の耳朶《じだ》にかけて傷痕がある。

卑弥《ヒビ》……軻比能に仕える若き側近。


 閻柔《えんじゅう》を瞶《みつ》めていた鮮于輔《せんうほ》が、にいっと、笑った。

「烏丸司馬《うがんしば》(軍政や軍務を司る役職)の位を与える。大将は、お前だ、閻柔」

 鮮于輔は、胸の前で手を重ね、慇懃《いんぎん》に一揖《いちゆう》した。

「塞外での暮らしにも膿んでいたところだ。この辺で、塞内に戻るのも悪くねえ」

 閻柔は、北辺を横断する長城を境に、北を塞外、南を塞内と呼んでいた。北は北方民族が暮らす土地、南は漢土を指している。

 斯《か》くして、打倒、公孫瓚《こうそんさん》の軍は成った。

 閻柔が、烏丸《うがん》、鮮卑《せんぴ》の兵を糾合するのに、時は要さなかった。

「こんなものでどうだ、鮮于輔」

 毛皮の外套《がいとう》を風に翻し、馬上でほくそ笑んだのは、閻柔だった。

 切れ長の目は、澄んでいた。右の耳朶《じだ》から翡翠《ひすい》の耳飾りを垂らしている。胡服をまとい、閻柔から片時も離れず従騎していたのは、十歳にも満たない少年だった。巧みに馬を駈っていた。

「上出来だ、閻柔。我らが集めたのは、わずか一万の兵に過ぎないが、この漢民族と北方民族の混成軍ならば、公孫瓚の首を獲れる」

 閻柔と轡《くつわ》を並べ、意気をみなぎらせたのは、軽鎧に身を包んだ鮮于輔だった。

 閻柔と鮮于輔が率いた大軍勢が、原野を疾駈していた。

 その中に――。

「軽々しくも、閻柔どのに与《くみ》してよかったのですか、軻比能《カヒノウ》さま?」

 風になびく胡服の裾は黒かった。冷然とした目つきで微笑を浮かべた若者は、前を駈ける大きな背に訊いた。

 手綱を握らず、腕組みしている。腿と足だけで馬を操っているようだった。漆黒の胡服を身にまとい、若者から訊ねられた偉丈夫は、口許から右の耳朶にかけて傷痕があった。軻比能――。鮮卑で頭角を現してきた大人《たいじん》だった。その傷痕が、別の生き物のように動いた。

「公孫瓚をくじくんだとよ。いい加減、わずらわしかったからな。ここで閻柔の奴に恩を売っておくのもいいだろう」

 軻比能は、皮肉に笑って続けた。

「こんなくだらねえ戦で、兵を損耗させるな、卑弥《ヒビ》。適当に戦(や)れ」

「はい。わかっております」

 側近の若者、卑弥は、軻比能の背に向けた笑みを濃くした。

「長城の周辺は、まだまだ荒れる」

 傷痕が奇妙に動いた。乾いた風を頬に受け、小さな声で独語した軻比能に浮いたのは、下卑た笑みだった。

 乾風が、巻き上がる砂塵を吹き流している。

 公孫瓚の拠点を目指し、怒濤の如く疾駈していたのは、五万にも上る狼虎の軍だった。


 劉備《りゅうび》から、その志を耳にするに至った陶謙《とうけん》は、心を揺さぶられた。朝廷に豫州刺史《よしゅうしし》として劉備を推挙すると、間もなくして認められた。

 兵を引き連れた劉備は、豫州《よしゅう》沛国沛県《はいこくはいけん》の小さな城郭《まち》に入った。

 しかし、である。

 収束の見えない乱世に希望を見出した陶謙は、患っていた病が篤くなると、日に日に衰え、病褥《びょうじょく》の人となった。陶謙は、枕元に古参の重臣たちを呼びつけた。

「劉備だ……。劉備でなければ……戦禍の絶えぬ徐《じょ》州を統治できぬ。この徐州を劉備に……託す。劉備を……州牧《しゅうぼく》として、迎えよ」

 陶謙は、そう言い遺して世を去った。

「どうか、徐州へ――」

 陶謙の旧臣たちは、代わる代わる劉備の許を訪れ、懇願した。

 ――いい風が吹き始めた。

 劉備に舞い込んだ新風に、田豫《でんよ》は己のことのように心躍った。

 ところが――。

「私には、荷が重すぎます。別のお方を推戴していただきたい」

 劉備は、丁重に拒否したのである。

「劉備さま……?」

 田豫は、劉備を訝しんだ。州牧の地位に就けば、拠る土地を得ることができるのである。それは、飛躍にほかならなかった。

「くれるってんなら、もらってやりゃあいいじゃねえか」

 つまらなそうにした張飛《ちょうひ》が、劉備の傍らでぼやいた。

「二つ返事で肯《がえん》じては、劉備が軽々しく見えよう」

 長髯をなでた関羽《かんう》は、張飛に微笑を向けた。

「州を治めるは、容易ではない……」

 書簡に目を落とす劉備が、唐突に顔を上げて語り出した。関羽と張飛、そして、田豫も注意を引かれた。

「民を統治するに足る政《まつりごと》に長けた者が必要だ。陶謙どのの旧臣にその者は多いが、私を慕っていなければ、統治はままならん。陶謙どのの旧臣たち、その真意を測りたい」

 劉備は、再び手許の書簡に目を走らせた。

 関羽と張飛が、顔を見合わせた。関羽が肩をすぼめた。

「そんなもんかねえ」

 興味をなくしたような張飛が、欠伸《あくび》を晒した。

 陶謙の旧臣たちは、次々に劉備の許を訪れると、熱心に劉備を口説いた。旧臣の面々全てが、劉備を頼り終えた頃――。

「あいわかった。この劉備、非力ながら徐州の統治に尽力しよう」

 遂に、劉備は、諾《うべな》った。

 郯《たん》城に入った劉備は、陶謙の旧臣たちはおろか、民草にまで歓迎された。これまで、各地で施してきた劉備の善行が、風評となって徐州の地にまで届いていたのである。

 ――間違いない。劉備さまは、きっと、乱世を平らげる!

 田豫には、確信のようなものがあった。偉大な志を掲げる主、劉備に仕えていることが誇らしかった。

 だが――。

 それは、田豫が、劉備と共に乱世を駈け抜ける決意を新たにしたばかりの折だった。

「廉正《れんせい》と申す。田豫どのに、危急の報せが――」

 幽《ゆう》州より、早馬で駈けつけたのは、廉正という大兵だった。着込んだ戦袍が、砂塵にまみれている。休息もまともに取らず、駈け続けてきたのだろう。

 母、危篤――。

 その大兵、廉正が田豫にもたらした報せだった。

 田豫は、目を剥いた。一挙に、全身は焦燥《あせり》に包まれた。齢二十四のことだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。