21-この世界を知るために
「……さて、話に戻ろうか」
しばらく王妃様に撫でられ続けていると、国王陛下が静かに口を開いた。
その言葉に、王妃様が名残惜しそうに手を止める。
「さて、恩猫様――いや、リン様、とお呼びしてよいのだったかな」
「はい」
「あなたが人の姿を取れることは理解した。
確認したいことは山ほどあるが……ひとまず、オルデンヴァルト家の養子となること自体に問題はない」
その言葉に、胸の奥から安堵が込み上げる。
恩猫様という存在は、本来なら国に保護され、管理されてもおかしくない立場だ。
そんな中で自由を許されているだけでも十分特別なのに、さらに人として辺境伯家の養子になりたいなど――身勝手だと却下される可能性も考えていた。
「ただ、確認したいことがある」
国王陛下の視線が、真っ直ぐこちらへ向けられる。
「リン様は、その人の姿で何を成そうとしているのか」
……それはつまり。
この世界に対し、私がどんな影響を与える存在になるのか――そういう意味なのだろう。
きっと求められているのは、“恩猫様”としての崇高な使命。
けれど、私は――。
「……私は、女神様から『役目を果たせ』と言われました」
静かに言葉を紡ぐ。
「ですが、その役目が何なのか、まだ理解できていません」
『何を成すのか』と問われても、今の私には答えられない。
自分自身のことも、この世界のことも、まだ何ひとつ知らないのだから。
だからこそ――。
「……まずは、この世界を知りたいのです。
人として、この世界で生きる人々を知りたい」
「まだ、何を成すかまでは分かりません。
ですが、知ることから始めていきたいと考えています」
そう答えると、国王陛下は少し目を見開き――やがて、ふっと柔らかく微笑んだ。
「……そうか」
「どうやら私は、あなたを少し神聖視しすぎていたようだ」
穏やかな声音が響く。
「ヴェイルガストの件もあった。
だから私は、あなたがこの世界に対して強い使命感を抱き、行動しているのだと思っていた」
「だが、リン様もまた、悩み、迷いながら歩む一人の人間なのだな」
その言葉に、胸がじんわりと熱を帯びる。
国王陛下は一度息をつき、改めてこちらを見据えた。
「ならば、私はそれを支援しよう」
「あなたが何を成し、何を見つけるのか――今後を見届けてみたい」
……認めてもらえた。
立派な理想でも、大義でもない。
ただ“知りたい”という曖昧で未熟な想い。
それでも国王陛下は、それを否定せず受け止めてくださった。
なんて寛大な方なのだろう。
改めて、この方が王である理由を理解した気がした。
「まぁ、支援するにあたっては、我々の養子になってくれると非常に助かるのだがなぁ」
「おい。それはお前がリン様を娘にしたいだけだろうが」
「……バレたか」
「隠す気もなかっただろう」
レオンハルト様の呆れた声に、国王陛下が楽しそうに笑う。
先ほどまでの威厳ある王の姿とは違う。
どこか少年のような、親しみやすいやり取りだった。
周囲に控える使用人たちも、その光景を微笑ましそうに見守っている。
……きっと、この方は。
偉大な王であるだけでなく、人に愛される王なのだろう。
前の世界では、“王”という存在に実感などなかった。
けれど――。
この人が王ならば、この国はきっと良い国なのだと思えた。
この国のこと。
この世界のこと。
もっと知りたい。
私は改めて、そう強く思った。




