18-恩猫様、捕獲される
その日は一度屋敷へ戻り、翌日、改めて国王陛下との私的な場での謁見が行われることになった。
――とはいえ、「お茶をするだけだ」と説明されたところで、緊張が和らぐはずもない。
再び訪れた王城で、案の定がちがちに固まっている私を見て、レオンハルト様たちは苦笑していた。
案内されたのは、美しい花々が咲き誇る庭園の一角だった。
柔らかな陽光の差し込むその場所で、国王陛下はすでに席について待っている。
……あれ?
よく見ると、国王陛下だけではない。
その隣には、一人の美しい女性が座っていた。
「来たか、レオン。そして恩猫様よ。昨日は実にとんでもないものを見せてくれたな」
「国王陛下、ご機嫌麗しゅうございます。
昨日に引き続き、本日はこのような場をご用意いただき――」
「よい。ここは公式の場ではない。いつも通り話せ」
そう言って国王陛下は肩を竦める。
「それに、レオン。お前の堅苦しい敬語は聞き慣れん」
昨日とは打って変わった砕けた態度に、思わず目を瞬かせる。
「なかなか酷い言われようだな……。
まぁ、いつも通りでいいなら助かるが」
レオンハルト様も苦笑しながら返した。
そのやり取りから、二人がかなり親しい間柄であることが窺える。
「それで、エレノア様までいるのは何故だ?
アベルが投げ出した公務のせいで忙しいはずだろう」
「レオン、お前は許可した途端に遠慮がなくなるな……。
これでも公務はちゃんとこなしている方だぞ」
呆れたように返しながらも、国王陛下はどこか楽しげだ。
「まぁ、それはさておき――」
そう言って隣へ視線を向ける。
「私の妻が、どうしても恩猫様に会いたいと言ってな。
普段そのような我儘を言う者ではないから、連れてきたのだ。
……恩猫様も、問題なかっただろうか?」
やはり、王妃様だったらしい。
国王夫妻が並ぶ姿は、それだけで絵画のように美しい。
揺れる白銀の長髪を見るたび、ふとルミナリア様の姿が脳裏を過る。
「はい。むしろ、私などに興味を持っていただけて光栄です」
そう答えると、王妃様がふわりと微笑んだ。
「ありがとう。
改めて、私はエレノア・ルミエルです。よろしくお願いしますね、恩猫様」
柔らかで上品な声音。
「そんなに固くならなくても大丈夫よ。
……まぁ、実は私も少し緊張しているのだけれど」
「……緊張?」
思わず首を傾げると、国王陛下が可笑しそうに笑った。
「昨日の謁見以降、城中が恩猫様の話題で持ち切りでな」
「『ルミナリア神の眷属たる黒き猫』。
『神秘の力を操る、美しき恩猫様』……などと、大層騒がれている」
……なんだかものすごく神聖視されている。
神様たちから色々聞かされたとはいえ、中身は普通の成人女性なのだけれど……。
恥ずかしいやら困惑するやらで、思わず苦笑してしまう。
「だが、それだけではない」
国王陛下はニヤリと笑う。
「『艶やかな黒の毛並み』、『神秘的な金の瞳』、『耳先と足先に混じる白が愛らしい』……などという話も広まっていてな」
……えっ。
「そんなところまで!?」
思わず声が漏れた。
辺境伯領でも触りたがる人は多かったけれど、そこまで言われていた覚えはない。
「あー……恩猫様、うちの使用人や騎士、領民まで軒並み魅了しているからな。
親衛隊が出来そうなくらいには人気だぞ」
「!?」
なにそれ聞いてない!!
思わずレオンハルト様を凝視すると、彼は気まずそうに目を逸らした。
……あとで詳しく聞かなければ。
「やはりか。こちらでも似たようなものだ」
国王陛下が肩を震わせる。
「そして、ここにも魅了された者が一人――というわけだ」
そう言って、王妃様へ視線を向ける。
途端、場がしんと静まり返った。
……そういえば、まだきちんと挨拶をしていなかった。
そう思い至り、慌てて口を開く。
「お、お初にお目にかかります、王妃様。
私は世間で『恩猫』などと呼ばれている者で――」
「……天使……?」
……ん?
今、何か聞こえたような。
王妃様が、すっと立ち上がる。
そして真っ直ぐこちらへ歩み寄ってきた。
「恩猫様」
真顔のまま、静かに問いかけてくる。
「……お身体に触れても、よろしいでしょうか?」
「は、はい。どうぞ……?」
迫力に押され、反射的に頷いてしまう。
王妃様は恐る恐るといった様子で手を伸ばし、そっと私の毛並みに触れた。
そして撫で始めた瞬間――。
「……ふわふわだわ……」
表情が、みるみる蕩けていく。
どうやら、本当に触ってみたかったらしい。
忙しい立場だろうし、動物と触れ合う機会も少ないのだろう。
そう思うと、その遠慮がちな様子が少し可愛らしく思えてきて。
私はそっと、自分からその手へ擦り寄った。
ぴたり、と王妃様の動きが止まる。
……あれ、まずかっただろうか。
不安になって見上げた、その瞬間。
「……なんですの、この愛らしい生き物は……」
王妃様が震える声で呟く。
「この世の全てを魅了するような可愛らしさで、しかもルミナリア神の眷属……。
やはり天使では……?」
次の瞬間、ぎゅっと抱き上げられた。
「わっ――!?」
そのまま抱き込まれ、存分に撫で回される。
「……すまんな、恩猫様」
国王陛下が遠い目をした。
「エレノアは昔から、可愛いものに目がなくてな……」
「今も変わってないんだな……エレノア様のそれ……」
レオンハルト様も苦笑している。
結局私は、王妃様が満足されるまでたっぷり撫で回された。
解放された頃には、使用人の方々に毛並みを整えられながら、摩耗した心を静かに落ち着かせることになるのだった。




