17-神々の寵愛
目を開くと、視界に映ったのは猫姿の自分の前足だった。
ゆっくり顔を上げれば、そこには神殿に祀られたルミナリア様の像。
――戻ってきたんだ。
ぼんやりとそう思っていると、後方から慌ただしい足音が近づいてきた。
「恩猫様! ご無事でしたか!?」
振り返ると、焦った表情のレオンハルト様が立っていた。
「大丈夫です。驚かせてしまい、すみません」
そう答えると、レオンハルト様はほっと息を吐く。
「少し肝が冷えました。
これほどの光を見たのは、ヴェイルガストとの戦い以来でしたから……何かあったのかと」
安堵したようなその表情に、胸がじんわりと温かくなる。
心配をかけてしまった申し訳なさと、
それでも、自分を案じてもらえた嬉しさが入り混じった。
「ご心配をおかけしました。
ルミナリア様と少しお話をしていただけなので、無事ですよ」
安心させるように微笑みながら答える。
――その瞬間。
レオンハルト様の表情が固まった。
周囲も大きくざわめき始める。
「……今、ルミナリア様と話したと言ったか?」
低く響いた声に視線を向けると、
そこには国王陛下が驚愕した面持ちで立っていた。
「は、はい。
色々とお話をさせていただきました」
「とてもお美しくて……でも、優しく気さくな方でした」
そう答えた途端、周囲のざわめきはさらに大きくなる。
……どうしてそんな反応を?
首を傾げていると、神殿の奥から切迫した声が響いた。
「……なんと、全属性に適性あり!?
魔力量は測定不能……!」
「そ、それだけではありません!
身体能力、精神耐性、各能力値も常人を大きく超えております!」
神官達が騒然とする中、
神殿長が震える声で続ける。
「そして……恩猫様は、ルミナリア神の眷属……」
「さらに、“寵愛”まで授かっておられる……!」
――寵愛?
聞き慣れない単語に耳がぴくりと動く。
神殿長の前には透明な板のようなものが浮かび上がっていた。
恐らく、私の能力を映し出しているのだろう。
気になって近寄ると、
見たこともない文字が並んでいる。
けれど、不思議なことに、その意味は自然と頭へ流れ込んできた。
そして、その中に問題の文字を見つける。
『神々の寵愛』
思わず、世界眼を発動させる。
――『神々の寵愛』
神より一定以上の関心を寄せられた者へ与えられる、加護より上位の称号。
効果:
全能力値上昇。
運気上昇。
自己治癒力向上。
現在、ルミナリア神、テラ神、猫神より強い加護対象として認識されている。
……ルミナリア様。
これ、聞いてないのですが。
そう思った瞬間。
『あら、忘れてたわ。ごめんなさいね?』
と、おどけたルミナリア様の姿が脳裏をよぎる。
……まあ、あの時は私も情報量が多すぎて余裕がなかったし。
半ば無理やり納得しつつ、改めて自分の能力を見つめ直す。
ルミナリア様は言っていた。
――今の私は、チートなのだと。
『創造』は本来、神しか扱えない力。
そして、この“寵愛”。
……ここまで力を与えられているのには、何か理由があるのだろうか。
最後に言われた、
『あなたの役目を果たすのです』
という言葉も気になる。
あれは、一体どういう意味だったのだろう。
「ルミナリア様の眷属であり、“寵愛”を受ける者」
国王陛下の声に、思考が引き戻される。
「それ即ち、恩猫様は神に次ぐ存在ということだ」
その言葉に、周囲の空気が一層張り詰めた。
そうだ。
これは私の力と存在を確認するための場だった。
国王陛下を見上げると、陛下は穏やかに微笑む。
「これで、恩猫様がこの国にとって極めて重要な存在であると証明された」
「本来であれば、神殿か王城にて厳重に保護すべきなのだが――」
そう言って、陛下は静かにこちらを見る。
その意図を察し、私は迷わず答えた。
「……私は、オルデンヴァルト辺境伯家の一員です」
「レオンハルト様達と……家族と、離れたくありません」
その言葉に、国王陛下はくすりと笑う。
「……そうか。ならば仕方あるまい」
「無理に引き離し、嫌われてしまっては意味がないからな。
なぁ、神殿長?」
急に話を振られた神殿長は、苦笑しながら肩をすくめた。
「本音を言えば、ぜひ神殿へお迎えしたかったのですがなぁ……」
「ですが、恩猫様ご自身がお決めになったこと。
無理強いしては、ルミナリア様にも顔向けできません」
……思っていたより、ずっとあっさりしている。
もっと揉めるかと思っていたのだけれど。
そう考えていると、不意に後ろで衣擦れの音がした。
振り返れば、レオンハルト様が私の隣へしゃがみ込んでいる。
「では、我がオルデンヴァルト家が恩猫様をお預かりすることで、よろしいでしょうか」
真っ直ぐ国王陛下を見据えるレオンハルト様。
国王陛下もまた、静かに頷いた。
「ああ、許可しよう」
「ただし――恩猫様の力を、お主らの都合で使わせることは許さん」
「オルデンヴァルト家の名にかけて、お約束いたします」
その言葉を聞いて、胸の奥がじんわりと熱くなる。
――これで私は、この国に存在を認められた。
けれど。
認められたのは、あくまで“恩猫様”として。
……では、人の姿の私は。
志乃鈴としての私は、
これからどうなるのだろうか。




