14-救われたのは
「猫は死後、その信仰によって神となりました。
――それ以降、あなた達一族を見守り続けていたのです」
テラ様が静かに締め括る。
前の世界では、黒猫は“不幸の象徴”として嫌われることも多かった。
けれど、私の家だけは違った。
黒猫の像を祀り、
黒猫を飼い、
代々、“黒猫は幸福の象徴”だと言い伝えてきた。
もっとも、それも既に形骸化していたけれど。
ただの風習。
昔から続く習慣。
誰も、本当に神がいるなんて思っていなかった。
……でも。
「私が……気に入られていた理由が、分かりません」
震える声で問いかける。
祖先が、猫神様に愛されたのは分かる。
優しく、清らかな人だったのだろう。
でも、私は違う。
家族の中で一番出来が悪く、
誰の役にも立てない。
そんな人間だった。
なのに、どうして――。
「……猫神は、既にかつての力を失っていました」
再び、テラ様が静かに語り始める。
「あなたの一族は、代を重ねるごとに変質していった。
欲に塗れ、傲慢になり、醜くなっていったのです」
「かつて猫神が惹かれた“美しい心”は、もう残ってはいなかった」
その言葉に胸が痛む。
「欲に穢れた信仰を受け続けた結果、猫神自身もまた、穢れに蝕まれていきました」
「――だから、完全に穢れへ堕ちる前に、自らの力を分け、分身を作り出したのです」
そこで、テラ様の視線が私へ向けられる。
「……覚えがあるでしょう?
あなたが拾った、一匹の子猫を」
「……っ」
息を呑む。
耳先と足先だけが白い黒猫。
道端で弱っていたあの子を、
私は見捨てられなかった。
連れ帰って、
祖父母や使用人達に助けてもらいながら、
大切に育てた。
……あの子が。
猫神様の、分身……?
衝撃に、言葉を失う。
「猫神は、穢れに堕ちかけていました。
ですが――そうはならなかった」
「あなたに救われたからです」
静かな声音が、真っ直ぐ胸へ届く。
「志乃鈴。
あなたは幼い頃から、祖父母の家に預けられることが多かったでしょう?」
「……はい」
両親にとって私は、
兄姉より手のかかる子だった。
成長も遅く、
理解も遅く、
煩わしかったのだろう。
だから私は、よく祖父母の家に預けられていた。
「あなたの祖父母は、かつて猫神を救った祖先と同じく、清らかな心を持っていました」
「その二人に愛され育ったあなたもまた、同じ心を持っていたのです」
「あなたが分身を拾ったことは、猫神にとっても予想外でした。
ですが――あなただったからこそ、救われた」
「あなたの愛情と献身によって、猫神は浄化され、再び力を取り戻したのです」
「そんな……」
私がしたことなんて、
ただ放っておけなかっただけだ。
弱っているあの子が、
まるで一人ぼっちの自分みたいに見えてしまって。
だから、連れ帰っただけ。
助かったのだって、
祖父母や、使用人さん達が支えてくれたからで――。
「それでも、あなたは救ったのです」
テラ様は穏やかに言い切った。
「命を拾うというのは、簡単なことではありません」
「責任も、覚悟も必要になる」
「それをあなたは、迷うことなく選んだ」
静かな言葉が、
少しずつ胸に沁み込んでいく。
「志乃鈴。
あなたは、自分を低く見積もり過ぎています」
「あなたは、自分で思っている以上に――優しく、清らかで、素晴らしい人間なのですよ」
その言葉に、胸が熱くなる。
……そんな風に言われたこと、
今まで、一度もなかった。
私なんかが、
そんな風に思われていいのだろうか。
「あなたは自己評価が低過ぎるのです」
どこか困ったようにテラ様が笑う。
「ですが、そんなあなただからこそ、猫神は惹かれたのでしょう」
「分身を通して感じるあなたの傍は、とても心地良かったようです」
「だから、あの分身が寿命を迎えるその時まで、共にいることを望んでいた」
そして。
「……あの事件が起こるまでは」
その瞬間。
空気が変わった。
穏やかだったテラ様の声音が、
静かに、冷たく沈んでいく。




