6-王の眼
数日後――ついに、私は王城へやって来ていた。
豪奢な装飾が施された一室。
現在、私はそこで待機している。
……けれど、落ち着くどころではなかった。
心臓がうるさいほど鳴っている。
猫の姿にも関わらず、緊張で身体が小刻みに震えていた。
「……大丈夫か?」
隣から、レオンハルト様が小さく声をかけてくださる。
「だ、大丈夫です……まだ猫の姿ですから……」
そう。
今回は“恩猫様”として呼ばれているため、猫姿での参上となっていた。
けれど、そのせいか。
王城へ入ってからずっと、周囲の視線を感じている。
――あれが恩猫様か。
――本当に言葉を話すのか?
――ヴェイルガストを退けたという……。
噂は既に、王都中へ広がっているらしかった。
しばらくして、ついに謁見の間へ呼ばれる。
レオンハルト様を先頭に、私。
その後ろには、第1騎士団の皆さんが控えてくれていた。
重厚な扉の前で足を止める。
「辺境伯レオンハルト・オルデンヴァルト様ご一行、参上いたしました」
厳かな声が響き、扉がゆっくりと開かれた。
広々とした謁見の間。
中央こそ空けられているものの、その周囲には多くの貴族たちが並んでいる。
無数の視線が、一斉にこちらへ向けられた。
……緊張で、胃が痛い。
前へ進み、中央で立ち止まる。
「辺境伯レオンハルト・オルデンヴァルト、只今参上いたしました」
レオンハルト様に合わせ、私も静かに頭を下げた。
「面を上げよ」
低く、よく通る声が謁見の間へ響く。
ゆっくりと顔を上げる。
その先にいたのは――
白銀の長髪に、琥珀色の瞳を持つ男性。
静かな威厳と風格を纏った、この国の王。
国王陛下だった。
「此度は遠方より、ご苦労であった」
「ヴェイルガストの件は報告で聞いておる」
「よくぞ無事であった。お主らが討伐できていなければ、王都にも甚大な被害が及んでいただろう」
「お主たちの功績は大きい」
「はっ……ありがたきお言葉」
レオンハルト様が深く頭を垂れる。
「ですが、此度の件は私だけではありません」
「恩猫様のお力によるところが非常に大きかったのです」
その言葉に、国王陛下がわずかに目を細めた。
「ほう……では、あの噂は真であったか」
そして、ゆっくりと私へ視線を向ける。
「して、そちらの黒猫が“恩猫様”か?」
「……はい」
喉が強張る。
それでも、なんとか声を絞り出した。
「私が、“恩猫”と呼ばれている者です」
瞬間、周囲がざわめく。
「報告にはあったが……実際に見ると、実に不思議なものだな」
「言葉を話す猫とは」
国王陛下は感嘆したように呟き、続ける。
「勇敢で賢き黒猫よ」
「そなたには国の危機を救ってもらった恩義がある」
「名誉、あるいは褒美を与えたいと思うが――」
「お待ちください、国王陛下」
不意に、一人の男が進み出た。
「……ローゼンフェルト伯爵か。申してみよ」
銀灰色の短髪。
黄緑がかった琥珀の瞳。
柔和な笑みを浮かべているはずなのに、その眼差しだけは鋭く冷たい。
思わず、一歩後ずさりそうになる。
「確かに、その猫は珍しい存在なのでしょう」
「ですが――私には、その小さき存在が、先ほど語られた偉業を成した者には見えません」
静かな声。
けれど、空気が張り詰める。
国王陛下は小さく頷いた。
「……確かにな」
「現状、その力の詳細は不明だ」
「本来であれば、後ほど神殿にて確認する予定であったが……」
琥珀色の瞳が、真っ直ぐ私を見据える。
「畏き黒猫よ」
「そなたの力を、今この場で見せてもらうことはできるか?」
穏やかな声音。
だが、その奥にある鋭さを感じた。
――試されている。
レオンハルト様が、こちらを気遣うように視線を向ける。
恐らく、この展開は予想外だったのだろう。
けれど、国王陛下の判断も理解できた。
もし、私の力が国へ牙を剥けば。
“創造”の力は、この国を容易く壊しかねない。
だからこそ。
国王としては、見極めなければならないのだ。
私は安全か。
あるいは、脅威かを。
きっと、ローゼンフェルト伯爵の発言すら、そのための一手。
そして――それを、国王陛下も利用している。
「……かしこまりました」
私はゆっくり息を吸う。
「ご納得いただけるものかは分かりませんが、お見せいたします」
そう告げて。
私は、“王の眼”を真っ直ぐ見返した。




