3-家族の名
私は人の姿となり、静かに語った。
この世界とは異なる世界から来たこと。
前の世界での暮らし。
そして――兄姉の身代わりとなって死に、もう誰にも迷惑をかけぬよう、森で一人生きると決めたことを。
一通り話し終え、息を吐く。
胸の奥が重い。
沈黙が怖くて、思わず俯いた。
「……幻滅、しましたよね」
震える声でそう零す。
すると、そっと頬に手が添えられた。
顔を上げれば、セラフィーネ様の優しい青い瞳が真っ直ぐこちらを見つめていた。
「幻滅など、するわけないでしょう」
穏やかな声が、静かに胸へ染み込んでいく。
「辛い思いをしてきたはずなのに、あなたは折れずに生きてきた」
「人と関わることを避けていたはずなのに、それでも私たちを助けてくれた」
「そんなあなたを、誰が否定するというの?」
じわりと目頭が熱くなる。
視界が滲んだ。
「もし、あなたを傷付ける者が現れたなら――私たちが全力で守ります」
「前にも言ったでしょう? あなたは、もう家族なのだから」
その言葉に、堪えていたものが一気に溢れた。
「……ありがとう、ございます……」
嗚咽混じりの声。
それでも、今の私に言える精一杯の感謝だった。
セラフィーネ様が優しく抱き締めてくれる。
アンネリーゼも背中をさすってくれていた。
その温もりが嬉しくて、涙はなかなか止まらなかった。
――しばらくして。
ようやく落ち着いた頃、レオンハルト様が口を開く。
「……落ち着いたか?」
「はい……。お見苦しいところを、お見せしました……」
久しぶりに人の姿で泣いたせいか、ひどく気恥ずかしい。
だが、レオンハルト様は気にした様子もなく言った。
「泣くのは悪いことじゃない」
ぶっきらぼうな言い方。
けれど、その奥にある優しさに胸が温かくなる。
すると、カイ副団長が遠慮がちに口を開いた。
「申し訳ありません。ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「その……人の姿の恩猫様を、私たちはどのようにお呼びすれば?」
その瞬間、部屋の空気が静まり返る。
「あー……確か、“シノリ”と言っていたな……」
ローガン団長がぎこちなく私の名前を口にする。
「シノ……リ様……?」
アンネリーゼも難しそうに繰り返していた。
――やっぱり、こちらでは馴染みのない響きなんだ。
皆が呼びづらそうにしている様子に、別の呼び方を考える。
その時。
首元の鈴が、チリン――と小さく鳴った。
「……“リン”は、どうでしょうか」
「リン様、ですか?」
カイ副団長が不思議そうに首を傾げる。
「私の元いた世界では、複数の意味や読みを持つ文字を組み合わせて名前を作るんです」
「“リン”は、私の名前の最後の文字の別の読み方で……」
そう説明すると、皆どこか納得したように頷いた。
「リン、か。良い名ですね」
ローガン団長が穏やかに微笑む。
「では今後、人の姿の恩猫様は“リン様”とお呼びしましょう」
「えっ、いえ、“様”なんて……!」
慌てて否定する。
「猫の時から思っていましたけど、私はそんな立派な存在じゃ――」
「何を仰いますか」
カイ副団長が呆れたようにため息をついた。
「あなたは街を救った救世主なのですよ。もう少し自覚をお持ちください」
「それに――辺境伯家のご令嬢になる方が、そんな調子では困ります」
「……え?」
思考が止まる。
「辺境伯家の、令嬢……?」
「リン。あなたのことよ?」
セラフィーネ様が楽しそうに笑った。
「あなたに“家族”って言ってもらえて、私たち、とても嬉しかったの」
「だから、本当に家族になってもらおうって話になったのだけれど……嫌だったかしら?」
不安そうに揺れる瞳。
そんな顔をされたら、否定なんてできるわけがない。
「リンを正式に迎えるなら、国王陛下への謁見も必要になる」
レオンハルト様が静かに告げる。
「それに、ヴェイルガストの件は既に国中へ広まっている。どのみち、王都へは行かねばならん」
――国王との、謁見。
その言葉に、急激に不安が押し寄せた。
私なんかが粗相をしたら。
迷惑をかけてしまったら。
そんな不安を抱えたまま俯くと、ぽん、と頭に手が置かれる。
「大丈夫だ」
レオンハルト様の低く落ち着いた声。
「国王とは長い付き合いだ。細かいことで責め立てるような方ではない」
「それに、何があっても私たちが傍にいる」
その言葉に、張り詰めていた心が少しずつ解けていく。
――そうだ。
私はもう、一人じゃない。
「……ありがとうございます」
今度は、ちゃんと笑って言えた。
それを見て、レオンハルト様は穏やかに目を細めた。




