閑話-白光の先に
【ローガン団長視点】
(なぜ……来てしまった……!)
恩猫様の姿を捉えた瞬間、胸の奥が強く軋んだ。
ここは、来てはいけない場所だ。
「……恩猫様!? なぜここに!来てはいけない!!」
思わず叫ぶ。
だが――その一瞬の隙。
ヴェイルガストの風刃が、私とレオンハルト様を襲った。
反応が遅れる。
防げない。
身体が吹き飛ばされる――
だが。
衝撃は来なかった。
柔らかな何かが身体を受け止める。
視界の端で、植物がうねるのが見えた。
さらに、追撃を防ぐ光の障壁。
……恩猫様だ。
すぐに駆け寄り、必死に治癒を施そうとする。
「今、助けますから……!」
人の言葉で。
焦りを滲ませながら。
……だが、不思議と違和感はなかった。
“恩猫様だから”
それだけで、納得してしまう自分がいた。
こんな状況だというのに、思わず小さく笑みが漏れる。
そんな私に、叱るような声を上げながらも、懸命に治療を続けるその姿。
――ああ、この方は。
いつもそうだ。
見返りも求めず、ただ我々を助けようとしてくださる。
だからこそ。
「……お逃げください」
言わずにはいられなかった。
「あなた、だけでも……」
この戦いは、もう詰んでいる。
我々も、この街も。
助からないだろう。
ならば、せめて――
恩猫様だけでも。
だが。
その願いは、拒まれた。
震えながらも、真っ直ぐに前を見据え。
「……いやです」
はっきりと、そう言い切った。
「守りたい」と。
「家族だ」と。
その瞳には、諦めなど一切なかった。
……愚かだ。
そう思うはずだった。
なのに。
その目に――
私は、希望を見てしまった。
(もし……)
(もし、この方なら――)
叶うはずのない願いが、胸をよぎる。
その瞬間だった。
眩い光が、視界を覆った。
一瞬。
本当に、一瞬だった。
だが。
次に見えた光景は――
それまでの常識を、すべて覆していた。
恩猫様がいた場所に。
一人の少女が、立っていた。
長い黒髪。
白のワンピース。
そして、金色に輝く瞳。
神々しさと儚さを併せ持つその姿に、言葉を失う。
少女は、静かに手を掲げる。
迫り来る風刃。
それを――
触れもせず、消し去った。
音もなく。
ただ、当然のように。
続く猛攻も、同様に。
すべて、消える。
……あり得ない。
あの災厄の攻撃を、いとも容易く。
そして。
街へ向かおうとしたヴェイルガストを、鎖で拘束する。
地へ叩き落とす。
……圧倒的だった。
我々が総力を尽くしてなお届かなかった相手を。
この少女は、ただ一人で、制している。
(……この方は、一体……)
思考が追いつかない。
だが、少女は構わず一歩踏み出し――
静かに、告げた。
「――因果遡行」
――その声に、息が止まった。
聞き間違えるはずがない。
先ほどまで、必死に我々を救おうとしていた――
恩猫様の、声。
その言葉と同時に。
世界が、光に包まれた。
優しく。
暖かな光。
荒れ果てた大地が、戻る。
砕かれた森が、再生する。
倒れていた者たちが、息を吹き返す。
……そして。
あのヴェイルガストでさえ。
その姿を保てず、穢れへと還り――
消えた。
完全に。
何もかもが、元に戻っていた。
静寂。
ただ、それだけが残る。
「……」
言葉が出ない。
ただ、立ち尽くす。
やがて、我に返り。
少女へと歩み寄る。
確かめるように、その姿を見る。
――間違いない。
「……恩猫様、ですよね」
問いかける。
少女は、こちらを見る。
その瞳。
その空気。
確信する。
それでも――問わずにはいられなかった。
「あなたは……一体、何者なのですか」
疑いでも、恐れでもない。
ただの、純粋な疑問。
少女は、わずかに目を細め――
どこか楽しげに、微笑んだ。
「――私は、『志乃鈴』」
風が、ふわりと吹く。
黒髪が揺れる。
金の瞳が、静かにこちらを見つめる。
「ただの、猫です」
――その言葉に。
私は、ただ目を細めることしかできなかった。
眩しさを覚えたのは――
きっと、風のせいだろう。




