56-守るために捨てる
【主人公視点】
眩い白に、思わず目を閉じた。
チリン…と音が聞こえた。
――次に目を開けた時。
そこに広がっていたのは、何もない白い空間だった。
さっきまでの戦場の気配は一切なく、ただ静寂だけが満ちている。
「……皆は!? 竜は!?」
慌てて見渡す。
だが、どこにも姿はない。
「大丈夫だよ。彼らは無事だ」
低く落ち着いた声が、どこからともなく響いた。
「……誰?」
声の主を探す。
けれど視界にあるのは、どこまでも続く白だけ。
「ここは、仮初の神域空間。時間と空間を切り抜いて作った場所だ」
「現実は、あの瞬間で止まっている」
……あの時、こちらの世界に来た時に聞いた声とは違う。
けれど、不思議と懐かしさを感じた。
「あなたは、一体……?」
「……お前の前の世界で、家を守っていた存在だ」
「祀っていただろう? 黒猫を」
「……っ」
思わず息を呑む。
前の世界で、私の家は代々、黒猫を大切にしていた。
幸運をもたらす存在として――神の化身のように。
「まあ、今は力を使いすぎてな。姿は見せられんが」
軽く笑うような気配。
……でも、どうして。
そんな存在が、ここに?
「私はな、お前を気に入っていた」
「加護を与えるくらいには、大切に思っていた」
「……え?」
言葉を失う。
私はずっと、“無能”だと思っていた。
神にも見放されているのだと。
なのに――
「……信じられないか」
「だが、今はそれを話している時間はない」
その一言で、はっとする。
そうだ。
時間は止まっているとはいえ、現実では――皆が、戦っている。
「……皆を、守らなきゃ……」
けれど、どうすればいいのか分からない。
そんな私に、声が告げる。
「私の加護を使いなさい」
「……え?」
「お前の強い願いに反応して、加護は変質しようとしている」
「望めば、形を変える」
そんなことが……?
「ただし」
一瞬、声の調子が変わる。
「この世界の神から与えられた力――『変身』『治癒』『鑑定』」
「それらを代償に、新たな力を生み出すことになる」
「より強力になるが、負荷も大きい」
「……それでも、構わんか?」
問われる。
――迷いは、なかった。
「……お願いします」
一度、息を整える。
「私の力を、作り変えてください」
「……今の姿も、失うことになるぞ」
「人の姿に戻れば、“恩猫様”としての立場も失うかもしれん」
「……それでも?」
一瞬だけ、目を伏せる。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
それでも。
「……構いません」
顔を上げる。
「それで、皆を……家族を救えるなら」
静かな間。
やがて、くすりと笑う気配。
「強くなったな」
「無能だと諦めていた頃とは、まるで違う」
その声音は、どこか優しかった。
「では――制限を解こう」
「加護と、お前自身の力を融合させる」
「望め。どんな力が欲しいか」
「加護は、お前の願いに応える」
「……私の、望む力……」
――守りたい。
そのために、何が必要?
防御?
治癒?
……違う。
それだけじゃ、足りない。
守るのは、人だけじゃない。
この森も、土地も、水も。
壊れたものすべて。
そして――自分自身も。
何にも縛られず、すべてを変えられる力が。
「……欲しい」
強く願う。
その瞬間――
身体が、光に包まれた。
熱が満ちる。
風が巻き上がる。
けれど、不思議と苦しさはなかった。
穏やかな感覚の中で、自分が変わっていくのを感じる。
猫の身体がほどけるように消え、
手足は、人の形へと戻っていく。
身に着けていたものも、元の姿へと変わっていく。
――少しだけ、寂しい。
けれど。
ゆっくりと、目を閉じる。
やがて、光が収まった。
「……終わったな」
「これで、お前は望んだ力を手に入れた」
告げられる能力。
それを聞いた瞬間――
空間が、歪み始めた。
「……時間だな」
「最後に、手土産だ」
何かが、ふわりと手の中に落ちてくる。
見下ろす。
「……これって……!」
見覚えのあるそれに、息を呑む。
「さあ、時間だ」
「――いっておいで」
空間が崩れていく。
消える直前、私は叫ぶ。
「待って! あなたは――!」
「また、会えますか!?」
一瞬の静寂。
そして――
「我が愛し子よ」
「いずれまた会いに行こう」
「約束だ」
チリン…と再び音が鳴り、白が、消えた。
――次の瞬間。
視界が、現実へと引き戻される。
目の前には、迫り来る竜の一撃。
私は、一歩踏み出し――
その攻撃に向かって、手を突き出した。
「――すべてを、変えるために。」




