55-"無能"でも
【主人公視点】
森を駆ける。
風魔法で身体を加速させ、猫の姿の軽さを活かして木々の間を縫うように跳ぶ。
速く、速く、速く――!
焦る心を押し殺しながら、皆がいるはずの奥地へと向かう。
森には濃い穢れが漂い、空気が淀んでいた。
……あの防壁を破壊した一撃。
あれが、竜のものだとすれば――
奥地へ向かった彼らは。
「お願い……間に合って……!」
祈るように、さらに速度を上げる。
そして――辿り着いた。
その先にあったのは。
血の匂いだった。
荒れ果てた大地。
激戦の痕。
そして――倒れ、動かない騎士たち。
「……っ」
息が詰まる。
奥に、かろうじて立つ二人の姿。
レオンハルト様と、ローガン団長。
その後ろには――
「……カイ、さん……?
エルリックさん……マティアスさん……ブラムさん……カトレア、さん……」
誰も、動かない。
かろうじて息をしているだけの、虫の息。
「――皆っ!!」
考えるより先に、身体が動いていた。
「……恩猫様!? なぜここに!来てはいけない!!」
ローガン団長の叫び。
レオンハルト様の驚愕の視線。
――その一瞬の隙。
竜が、動いた。
風の刃が、二人へと放たれる。
「――っ!!」
間に合わない。
防げない。
二人の身体が吹き飛ばされる。
「ローガンさん!レオンハルト様!!」
地面に叩きつけられる寸前――植物を伸ばし、受け止める。
さらに、光の障壁を展開し、追撃を防ぐ。
すぐに駆け寄り、鑑定で状態を確認する。
レオンハルト様は重傷。
骨折、深い裂傷、出血過多。
……だが、それ以上に。
「……っ」
ローガン団長は――片腕を失っていた。
「なぜ……来てしまったのですか……恩猫様……」
かすれた声。
それでも、穏やかな表情。
「今、助けますから……!」
治癒を発動する。
だが――
治らない。
回復しない。
「……ついに、お話になられたのですね……」
こんな状況なのに、微笑む。
「薄々、気付いておりました……」
「今は、そんな場合じゃ……!」
魔力を込める。
願う。
強く、強く。
――それでも。
治らない。
「……すみません……恩猫様……」
「折角、頂いた魔法石……腕と一緒に、砕いてしまいました……」
差し出されるのは、砕けた魔法石の破片。
――それを、持っていたせいで。
ローガン団長は、腕を失った。
「……っ」
言葉が、出ない。
胸が、強く締め付けられる。
……でも。
今は――後悔している場合じゃない。
「そんなこと…どうでもいいっ!!」
叫びながら、治癒を重ねる。
お願いだから、治って。
強く願うも、治る気配がない。
――どうして……治らないの……!?
竜の攻撃が激しさを増す。
障壁の維持に魔力を取られ、治癒に集中できない。
焦りが募る。
――助けられない?
やっぱり私は。
「……無能、だから……?」
絶望が、胸を締め付ける。
その時だった。
「……私たちを置いて、お逃げください」
「……え?」
思考が止まる。
「あなた、だけでも……逃げて、ください……」
理解した瞬間、頭が真っ白になる。
「……いや、です」
「あなたは……十分、助けてくださった……もう……」
「いやですっ!!」
叫ぶ。
涙を堪えながら。
その瞬間――
障壁が砕けた。
竜と、視線が合う。
圧倒的な存在。
抗えない恐怖。
それでも――
ここまで来た理由が、胸の奥で燃えていた。
「……いやだ……」
震える声。
それでも、言葉は止まらない。
「この街は……こんな私を、受け入れてくれた……」
「優しく迎えてくれた……家族だって言ってくれた……!」
涙が溢れる。
それでも、前を見る。
「そんな人たちを――置いて行けるわけがない!!」
竜が、力を溜める。
終わりを告げる一撃。
巨大な風の刃が、放たれる。
――逃げる?
無理だ。
――守る?
できるのか?
「……それでも」
歯を食いしばる。
「“無能”でも――!」
拳を握る。
「私は、家族を…!!皆を守る!!」
その瞬間――
世界が、白に染まった。




