42-差し出された力
そこからは、怒涛のような動きだった。
情報屋ギルドには、魔物の異常行動と暗雲の調査を依頼。
商人ギルドには、武器や装備、消耗品の大量発注。
そして冒険者ギルドには、魔物討伐の緊急依頼が出された。
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後日。
住民へ向けて、スタンピード発生の可能性が正式に発表された。
三日以内に、協会や街の中心広場へ避難するよう通達が出る。
本来であれば、街の外へ避難させる予定だったらしい。
だが――
「街の外を確認したところ、魔物が二、三匹単位で周辺を徘徊しているのを確認しました」
「この状況で一般人を外へ出せば、確実に魔物の餌食になるでしょう」
護衛をどれだけつけても、足りるとは思えない。
そう語っていた情報屋ギルドの面々と、ローガン団長の渋い表情が脳裏に浮かぶ。
さらに、情報屋ギルドからは次の報告も上がっていた。
『多数の魔物が、暗雲の周辺で静かに佇んでいる』
『本来感じられるはずの穢れが、その一帯にはほとんど存在しない』
『代わりに、穢れはすべて雲へと集束している』
今すぐ魔物が襲ってくる様子はない。
だが――何が起こるか分からない、極めて危険な状況であることに変わりはなかった。
盤面を整えた上で、五日後。
騎士団と冒険者による森への出動が決定された。
⸻
―――
「……予想はしていたが、魔術師の派遣は無理だったか」
レオンハルト様が手紙に目を落としたまま、低く呟く。
どうやら以前からスタンピードを予見し、王都へ魔術師の派遣要請を出していたらしい。
だが、そのすべてが却下されたという。
「貴族のしがらみは面倒ですわね……私たちが倒れれば、王都にも被害が及ぶというのに」
呆れたようにセラフィーネ様が言う。
――現在、私は執務室にいる。
そしてなぜか、セラフィーネ様の膝の上で撫でられていた。
……どうしてこうなったのだろう。
内心で首を傾げながらも、会話に意識を戻す。
「王と親しい我々をよく思わん連中もいる。それに――」
レオンハルト様はわずかに肩をすくめる。
「辺境で泥にまみれて戦うなど、貴族には耐え難いのだろう」
なるほど、と納得する。
魔術師はほとんどが貴族。
理由は単純で、魔法を扱うための魔力量と適性を持つ者が、ほぼ貴族に限られているからだ。
平民にも稀に存在するが、数は少ない。
仮に魔力量があっても、適性に恵まれないことも多いらしい。
「……基本、戦うのは嫌がりますからね」
セラフィーネ様がため息混じりに言い、私の背を撫でる。
「……お前が万全なら前線に出したかったがな。体術まで扱える魔術師など、他に知らん」
「あら、珍しく褒めてくださるのね。嬉しいですわ」
穏やかなやり取り。
――だが、内容はとんでもない。
セラフィーネ様、そんなに強い人だったんだ……。
「……まあ、その代わりに王から物資は引き出せている。どうにかなるだろう」
レオンハルト様は小さく息を吐く。
――戦力は、万全ではない。
私は戦えない。
――なら、せめて。
何か、役に立てるものは――。
その時、ふと思い出す。
……あの魔法石なら。
収納にしっぽを差し入れ、目的のものを取り出す。
風魔法でふわりと浮かせ、机の上へ。
レオンハルト様の視線が落ちる。
「……恩猫様、これは?」
机の上には、虹色に輝く球体。
「……魔法石、か?いや……ただのものではないな」
レオンハルト様の表情が変わる。
「単色ではない……全属性付与か。しかも、この魔力量……」
わずかに息を呑む。
「……国宝級だ」
「……これを、我々に?」
こくりと頷く。
森で魔法石を作っていたとき、思いつきで水晶の欠片を集めて凝縮し――
そこに様々な魔法を流し込んだ。
気づけば、これが出来上がっていた。
ただ――出力が強すぎる。
広範囲攻撃にしか使えない、扱いづらい代物。
だから、しまい込んでいた。
でも――
これで、誰かを守れるなら。
じっと、レオンハルト様を見つめる。
「……あなたは、いつもそうだな」
静かな声。
「我々に、手を差し伸べてくれる」
そして――
「……ありがとう。恩に着る」
そう言って浮かべたのは、穏やかな微笑み。
――だがその奥には、確かな決意が宿っていた。




