35-奇跡のあと、街は騒ぐ
久しぶりに街へ来た。
別に出たくなくて避けていたわけではない。
ただ――以前、あの冒険者ギルドで騒ぎを起こしてしまった手前、どうにも気まずくて、足が遠のいていたのだ。
「前に来たのは、物資を配り歩いた時だったよな?」
前を歩くブラムさんが振り返り、声をかけてくる。
「あぁ……あの時以降ですね。
全て買い取ることもできず、騎士団の在庫にも回していただきましたが……あれは相当な量でした」
隣を歩くマティアスさんが、当時を思い出すように目を細める。
今日はマティアスさんが護衛。
そして非番のブラムさんも、付き添いとして来てくれていた。
「ギルドばっかで、街はまともに見てなかったんじゃねぇか?」
その言葉に、小さく頷く。
あの時は物資の対応に追われ、街の案内も駆け足だった。
テオドールやカイさんには、少し申し訳ないことをしたと思う。
「今日はゆっくり見て回りましょう」
マティアスさんの落ち着いた声に、少し肩の力が抜けた。
――そうだ。今日は、気分転換のための街歩きなのだから。
気持ちを切り替え、歩みを進める。
ーー
やがて、市場のような場所へ出た。
活気に満ちた声と、人の熱気。
その賑やかさに、自然と心が弾む。
「いらっしゃい!串焼き安くしとくよ!食べていかないかい!」
きょろきょろと見回していると、威勢のいい声が飛んできた。
声の方へ視線を向けると、恰幅の良い女性がこちらを見ている。
「って、ブラムじゃないかい!」
ブラムさんに気づいた途端、親しげな笑顔に変わった。
「おうよ。今日も美味そうなの出してんじゃねぇか」
「今日は鮮度のいい魔力持ちの肉が入ってね!端材だけど味は保証するよ!」
どうやら顔なじみらしく、会話が弾む。
「そっちの子もどうだい――あら?」
不意に、女性の視線が私に向いた。
「あら……猫ちゃん?」
「あー、こいつはうちで保護した猫で――」
ブラムさんが言いかけた、その瞬間。
女性が、はっとした顔で声を上げた。
「ああ!この子、ギルドで奇跡を起こしたっていう猫じゃないかい!?」
その声は、周囲に十分すぎるほど響いた。
一斉に、視線が集まる。
……え。
ブラムさんとマティアスさんが、同時に「あちゃー」とでも言いたげな顔をする。
「黒と白の珍しい毛並みだって聞いてたけど……なんだい、こんなに可愛い子じゃないか!」
しゃがみ込み、目線を合わせてくる女性。
どう反応すればいいのか分からず、ただ固まる。
「ブラム!連れてくるなら言っときな!もっといい肉仕入れといたのに!」
そう言って、女性は屋台へ戻っていく。
「今、串焼いてくるから待ってな!」
「おい、代金は――」
「いらないよ!街を助けてくれた子から金なんて取れるかい!」
威勢よく言い放ち、火に向き直る女性。
――そんなに、噂になっていたの……?
戸惑う間にも、周囲のざわめきは大きくなっていく。
「あれが……?」
「奇跡を起こした猫って……」
「なんか神々しいって聞いてたけど……」
次第に、距離が縮まってくる。
少し怖くなって後ずさると――
一人の幼い女の子が、そっと近づいてきた。
「ねぇ、猫さん」
隣に座り、こちらを見上げる。
「すごい猫さんなの?」
――すごい猫?
あまりにも曖昧な言い方に、思わず小首を傾げてしまう。
「撫でちゃ、ダメ?」
その無邪気な問いに、少し戸惑いながらも頷いた。
小さな手が、そっと頭に触れる。
「……かわいいねぇ」
その一言に――
気づけば、周囲はしんと静まり返っていた。
「……いいな」
誰かが、ぽつりと呟く。
「触っても平気なのか……?」
「ご利益とか、あったりするのか?」
その一言をきっかけに、空気が一気に動いた。
「猫様!私にも!」
「うちの魚持っていきな!絶対美味いよ!」
「ちょっと待て、落ち着け!」
「お待ちください!順番に――!」
ブラムさんとマティアスさんが前に出て、必死に制止する。
けれど、押し寄せる勢いは止まらない。
……こわい。
思わず身を縮めた、その時。
「あんた達!いい加減にしな!」
鋭い声が場を切り裂いた。
串焼きの女性が、腕を組んで立っている。
「猫様怖がらせてどうするんだい!」
ぴたり、と空気が止まる。
「触りたいならまた今度!贈り物は屋敷に送るか、店に来てもらいな!」
その一喝で、ようやく人々が我に返る。
「……悪かったな」
「つい、な……」
少しずつ人が引いていく。
張り詰めていた空気が、ゆっくりとほどけていった。
「……じゃあ、あとでうちにも来てくれよな!」
「その時なら触らせてもらえるかもね!」
そんな声を残しながら、人々は散っていく。
完全ではないが、先程よりは落ち着いた。
「……出だしから、とんだお祭り騒ぎだな」
ブラムさんの呟きに――
心の中で、深く同意した。




