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愛を知らない男

何となくだが昨日のことであの公園が気になった。また今日もあの家族がいるわけではない。むしろあの家族と遭遇することを俺は望んではいない。それにも関わらず、俺は公園へと足を向けた。

 今日は俺は昨日とは違い、Tシャツにジーンズというとてもラフな格好をしている。片手にはコンビにで買ったおにぎりを下げて、まるで休日の父親のようだ。違う点と言えば、俺に妻子がいないことぐらいだろうか。

 俺はボーっと昨日と同じベンチに腰を下ろしていた。おにぎりでも食べようかと考えていた時、入り口から楽しそうな女性の声が聞こえてきた。声のする方に目を向ければ、制服を着たカップルが公園に入ろうとしていた。女の方は男にべったりとくっついており、何やら楽しそうに話している。

 俺はただ楽しそうなカップルには興味を向けず、おにぎりを頬張り続けていた。耳には女性の甲高い声と、ブランコを漕ぐぎしぎしとした音が聞こえてきた。少しばかり耳が痛くなるのを感じ、食べ終わったおにぎりをゴミ箱に捨てると、カップルの方を見つめた。

 見るとブランコを揺らしながら楽しそうな声を上げているのは女だけで、男は何処を見つめているのか、とてもつまらなさそうな顔をしている。女はそんな男に気づいているのかいないのか、口を閉じようとはしない。

 俺はふと昨日の親子のやり取りを思い出し、少しだけ女が惨めに見えた。もしかしたら男がこういう態度を取ることを知っていて、知らないふりをしているのかもしれない。この二人がカップルだというのは単なる俺の想像だから二人の本当の関係はわからない。だが二人の関係がどうであれ男の態度は許せない。

「ねえねえ、ブランコ押してよ」

 女はうきうきした様子で男に頼む。男は何も言わずにブランコを押すと、相変わらず女の楽しそうな声だけが聞こえてきた。距離が離れているだけかもしれないが、先ほどから一度も男の声を聞いていない。

 俺はそれでも二人がどうにも楽しそうに見えて、俺の考え過ぎなのかもしれないと考えた。昨日ろくでもない母親を見たから思考が麻痺しているのかもしれない。

俺は自分の納得する結論を見出すと、すっかりカップルに興味をなくしてしまった。水を飲みながら、誰とも知らない赤の他人を見て推察している自分が一番おかしいのではないかと思った。ただ座っているだけだから何も思われないだろうが、不審者極まりない行為をしている。

もうこんなことは止めようと、ベンチから腰を上げようとした時だった。向こう側から初めて男の声が聞こえてきた。何だ、やっぱり仲の良いカップルじゃないか。そう思って向こうを見ると、何と男は片手で面倒そうにブランコを押しながら誰かと電話していたのだ。しかも、先ほどまでとは比べ物にならない位に楽しそうに笑い声を上げ、声を荒げている。女はそんな男を横目で悲しそうに見つめていた。先ほどまでのように男に声をかけることはなく、ただ静かに見つめていた。ここからじゃ人の表情などわかるはずがないのに、俺は女が今にも泣きそうな顔をしているように見えた。

やがて男の電話が終わると、女はブランコから降りた。俺はそれからの女に目を離すことができなかった。

「ねえ」

 女は男に寄り添った。男はそんな女を黙って抱き寄せていた。この男は不器用なだけで、本当は女のことを思っているのだろうか。俺は男の表情に着目した。女を抱き寄せる男の手には力はこもっていなかった。女を見つめる男の目には何も映してはいなかった。これは俺の勝手な考えだが、普通抱きしめている時には迸るような瞳を向けるものではないだろうか。そう思うとやはり男には愛を感じられなかった。

「あたしのこと好き?」

 女は先ほどまでとは違い自信をなくしたように呟くと、男に懇願するような目で見つめた。きっと自分の望む言葉をかけられても女はそれが嘘であることを知っているのだろう。

 男は女に何も言うことなくそのままの状態で口づけを交わした。その時の男の目にも何も映していなかった。女は潤んだ瞳を男に向けていた。男はそんな女の髪を撫でると、肩を抱き寄せたまま公園を出て行った。これから起こることを想像すると、本当に女が哀れで仕方なかった。二人の付き合った経緯など俺が知るゆわれはない。それでもやはりカップルというのは心を通わせ合うものだと俺は思う。最も俺とて、そんな恋愛をした試しはないのだが、それでも、いやだからこそ俺はあの女の気持ちが伝わってきたのかもしれない。

 俺はこのまま帰るには忍びなかったので、繁華街へと向かった。俺は何を求めているのだろうか。あの女も何を求めていたのだろうか。自分のこともわからない俺が、他人のことがわかるはずがないだろう。

 もう俺はきっとこの公園に足を運ぶことはないだろう。


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