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母親に愛されたい少女

俺はスーツ姿のまま低い太陽に照らされている公園へ足を向けた。

前に公園に来たのはもう随分と昔の話だ。俺は近くにあったベンチに腰を下ろした。その時初めて砂場で遊ぶ親子がいることに気づき、俺はしばらくその親子を見つめていた。

「お母さん、私お砂のお城作れるんだよ」

 子供は笑顔を浮かべておりとても楽しそうだ。それに対する母親も一緒になってスコップで砂をすくい上げていた。どこにでも見る普通の親子を見ているだけで、何だか心が癒されていく。

 静かな公園で子供の嬉しそうな上ずった声は大きく心に響いた。母親の声はあまり聞こえてはこなかったが、子供の様子から楽しそうなことは十分に覗えた。

 俺は目線を親子から逸らし、空を見上げた。太陽は先ほどよりも低くなっており、向こう側に微かに夕焼けが見えた。公園での夕焼けと言えば小学生の頃を思い出す。小学生の頃毎日のように友達と公園で遊んでいた。学校が終わったら家にランドセルだけを放り投げて外に飛び出していた。夕焼けが皆の下校の合図で、サッカーをしていても、鬼ごっこをしていても、眩しくなったら家に帰って行った。友達の中には時々母親が迎えに来る者もおり、少しだけ羨ましく思いながら背中を見送っていた。

 誰でも公園にはそれぞれの思い出があるはずだ。今は真面目に仕事をしている者も、裏社会に足を向けて人を困らせている者も、昔は公園で何も考えずに遊んでいた時があったんだ。

 俺は懐かしさに笑みを零すと、もう一度砂場の親子へと目を向けた。先ほどのように子供の声は聞こえてこなかった。見ると子供は真剣に砂を積み上げており、大きな山が積み上げられていた。こちらに背を向ける形となっている母親は、もうスコップを持っている様子はなかった。疲れて子供の姿を見ているのかと思えば、よく見れば母親の所から煙が流れていた。そして角度を変えて見れば右手には携帯が握られていた。どう見ても子供が目の前にいる母親の姿ではなかった。最近は若くして子供を産み、育児放棄をする母親が多い。後ろ姿なので母親の年齢はわからないが、服装や髪型から二十代前半ぐらいに見える。

 子供は尚も砂の山を積み上げており、一生懸命さがこちらにまで伝わってきた。何にそこまで真剣になっているのか俺にはわからない。

「お母さんお砂のお城できたよ」

 子供は母親の姿を見ても尚嬉しそうに言った。母親は携帯から視線を離さないまま、そうね。とか相槌を打つだけで子供に興味を示す様子はなかった。それでも子供は母親にとびきりの笑顔を向けていた。

「お母さん次は綺麗な貝殻いっぱい拾うね」

 子供は母親の顔をじっと見つめながら先ほどと変わらぬ上ずった声で嬉しそうに言うと、母親の返事も待たずスコップを持って貝殻を探し始めた。

 自分は先ほどまでとんでもない誤解をしていることに気づいた。

 最近はあまり取り上げられなくなったが、一時期虐待がよくテレビで取り上げられていた。例えば虐待をされているような子供の状態に気づいたら通報してあげてください。などと言った宣伝である。それでも虐待により子供が殺されるニュースがなくなることはない。今も尚虐待はどこかで行われていて、いくら誰かが呼びかけようと、皆は見て見ぬフリをする。世の中はそういう風に出来てしまっている。昔のように誰かが他人を叱る世の中ではなくなったのだ。

「お母さん、綺麗な貝殻拾ったよ。あげる」

 子供の前髪は汗でへばりついており、笑顔はどこか疲れているように見えた。それでも子供は声を上げることも、笑顔を浮かべることも怠ろうとはしなかった。

「ありがとう。そこ置いといて」

 母親はそんな子供もあしらうと、何本目かになる煙草を踏み潰した。

「うん。帰る時私が持つね」

 子供は嬉しそうに笑顔を浮かべて言った。顔に貼り付けられた笑顔は、まるで仮面を被っているかのようで、俺は思わず顔を逸らしてしまった。

「和夫さん遅かったじゃない」

 向こう側からこちらに叫ぶ女性の声がした。その声はどうやら母親から発せられたもので、母親はこちらに命一杯手を振っている。その先を目で追って行くと、ワックスで髪を立てて、少し近寄り難い雰囲気を纏う背の高い男がいた。

 父親が仕事帰りに迎えに来たのかと思ったが、俺はもうその場をすぐにでも立ち去りたくなった。

「久美子そんなに俺に会いたかったのか」

 二人は子供がいる前にも関わらず、ハグをすると濃厚なキスをし始めた。子供は一度母親達の方を見たが、何も言わずにスコップで作った山を壊していた。山が低くなっていくにつれ、子供が小さくなったような気がした。俺もここにいれば子供になってしまいそうだったので、公園に背を向けた。空を見上げればすっかり太陽は沈んでしまっていた。

 あの子供はこれからも、誰からも気づかれることなく仮面を被り続けて生きていくのだろうか。このまま大きくなってしまえばきっとあの子には心がなくなってしまう。

そうだよ。俺のようにさ。


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