↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/9

第8話 手ぇ貸してくれ


 荷物を固定して、ベルトを引っ張る。


 がちゃん、と金具が鳴った。


「よし」


 ワシはもう一度、箱を揺すった。


 動かん。これなら大丈夫やろ。


「船長、これ何?」


 リコが金属製の箱を指差した。


「電池や」


「こんな大きいの?」


「灯台を光らせる電池やからな。そら大きいわ」


『正確には高密度蓄電モジュールです。重量三十四キログラム』


 ミミックが言った。


「電池でええやろ」


 今回の仕事は、第六航路標識への交換用電源の配送や。


 危険物指定なし。特別な取り扱いもなし。


 依頼書には、設置作業不要と書いてある。


 運んで、渡して、帰る。


 昨日は海賊に襲われてえらい目に遭ったが、こういう仕事ばっかりやったら宇宙も悪ない。


「灯台って、海にあるやつ?」


 リコが聞いた。


「宇宙にもあるんや。船に道を教えるための光やな」


『正確には、位置情報や航行警報なども発信しています』


「そら便利やな」


『はい。小惑星帯付近では、特に重要な設備です』


「ほな、壊れんよう運んだらな」


 ワシは荷台を離れ、操縦席へ向かった。


 途中、工具棚の横を通る。


 昨日、海賊を追い払うのに使った棚や。


 角が少しへこんどる。


 レールも一か所、動きが悪い。


 修理せなあかんな。


 まあ、帰ってからでええやろ。


     *


 第六航路標識は、小惑星帯の外れに浮かんどった。


 細長い鉄骨の先に、丸い灯火装置が付いとる。


 古い設備や。


 塗装はあちこち剥がれ、外壁には細かい傷が走っとる。


 その先端で、白い光が弱々しく点滅していた。


「なんや、元気ないな」


『電力不足でしょうね』


「ちょうどええところに来たわけや」


 ワシは船を標識の横へ寄せた。


「こちら貨物船《穴熊号》。交換用電源を持ってきた。受け取り頼むわ」


 少し間があった。


『こちら、第六航路標識です。配送を確認しました』


 若い男の声が返ってきた。


『お待ちしておりました。受取口を開放します』


 標識の側面から、低いモーター音が聞こえた。


 うぃん。


 ごん。


 止まった。


「……ん?」


『受取口を開放します』


 うぃん。


 ごん。


 また止まった。


 ワシは窓の外を見た。


 小さな扉が、ほんの少し浮いたまま動かん。


「なあ、開いてへんぞ」


『はい。現在、開放を試みています』


 うぃん。


 ごん。


「もうええ。一回止めろ」


 音が止まった。


『申し訳ありません。受取口の開閉装置に必要な電力が不足しています』


「電力?」


『はい』


「……それを直す電池を持ってきたんやけど」


『存じております。到着をお待ちしておりました』


 ワシはしばらく黙った。


「どうやって受け取るつもりやったんや?」


『通常であれば、受取口が自動で開放されます』


「通常やないから聞いとるんや」


『想定より早く電力が低下してしまいまして』


 なるほどな。


 電池を交換せな扉が開かん。


 扉が開かんから電池を交換できん。


 困ったもんや。


「そっちに作業員はおらんのか?」


『当標識は無人施設です』


「お前だけ?」


『はい』


「手動で開けられへんのか?」


『非常用の開閉機構がございます』


「ほな、それ使おうや」


『外部からの操作が必要です』


「……お前にはできんのか?」


『申し訳ありません。私には手がありません』


 ワシは窓の外を見た。


 まあ、見れば分かる。


 あいつには手どころか、身体らしい身体もない。


「管理局には連絡したんか?」


『はい。保守作業員の派遣を申請しております』


「いつ来る?」


『明日の午後を予定しています』


「それまで電池持つんか?」


『いいえ。現在の出力では、四時間以内に標識機能を停止する見込みです』


「……間に合わんやないか」


『はい』


 ワシは頭を掻いた。


     *


「置いて帰れないの?」


 リコが聞いた。


「どこにや?」


「あそこ」


 窓の外を指差す。


「外に置いたら飛んでいってまうやろ」


「紐で結んどけば?」


「……それもどうなんやろな」


『外部への一時保管は、配送規定上認められていません』


 ミミックが言った。


「ほらな」


 ワシは座席に腰を下ろした。


 こっちは配達に来ただけや。


 受け取りできんのは向こうの事情であって、ワシの責任やない。


 管理局へ持ち帰って、再配達の料金を請求すればええ。


 そう思って航路図を開いた。


 第六航路標識の周辺には、小惑星が密集しとる。


 その間を細い航路が通っとった。


「これ、灯り消えたらどうなるんや?」


『付近を通過する船舶の航行に支障が出る可能性があります』


「ほかの標識では代わりにならんのか?」


『この区間を十分に補完できる標識はありません』


 ワシは画面を拡大した。


 狭いな。


 大きな船なら高性能な航行装置も積んどるやろうが、小型船には厄介な場所や。


 《穴熊号》も人のことは言えん。


「……ミミック。管理局に緊急保全の申請を出せるか調べてくれ」


『確認します』


「あと、作業費の相場もな」


『船長が修理されるのですか?』


「まだ決めとらん」


 ワシはもう一度、弱々しく点滅する灯りを見た。


 昨日は十二ページも報告書を書かされた。


 今日は電池一個届けるだけのはずやった。


 なかなか思い通りにいかんもんや。


『船長。緊急保全作業として、別途費用を請求できる可能性があります。ただし、管理局の承認が必要です』


「ふうん」


 ワシは少し考えた。


 ここまで来て荷物を持って帰るのも面倒や。


 それに、受取口の手動操作ぐらいなら大した仕事でもない。


「……六号、聞こえるか?」


『はい』


「非常用の扉、ワシが開けたるわ。それで電池交換できるんやな?」


『はい。作業手順をご案内できます』


「ほな、それでいこう」


『よろしいのですか?』


「ただし、追加作業の分は請求するで。管理局にもそう伝えといてくれ」


『承知しました』


「ミミック、作業時間の記録も頼むわ」


『はい。なお、交換作業手順書は全四十七項目です』


「……そんなにあるんか?」


『安全確認の手順も含まれています』


「まあ、そういうのは大事やからな」


 ワシは立ち上がった。


「リコ、ちょっと外出てくるわ」


「お仕事?」


「そうや。配達の続きや」


     *


 船外作業服を着て、腰に工具をぶら下げた。


 安全索を《穴熊号》に固定する。


 工具箱の中身を確認してから、外へ出た。


 足元には何もない。


 遠くに小惑星が浮かんどる。


 慣れたもんやけど、こういう景色はいつ見ても落ち着かんな。


 標識の外壁に取り付き、手すりを掴んだ。


「非常用の開閉装置はどこや?」


『正面の点検パネルを開けた内側です』


 目の前には四角い鉄板があった。


 六本のボルトで固定されとる。


「これか」


 工具を取り出して一本目を回す。


 少し固いが、問題ない。


 二本目も回った。


 三本目。


 固い。


「……おい」


 もう少し力を込める。


 動かん。


 無理に回すと頭を潰しかねん。


「これ、最後に開けたんいつや?」


『六年前です』


「六年?」


『はい』


「もうちょい点検した方がええぞ」


『管理局には定期的に報告しています』


「返事は?」


『受理されています』


「……受理だけか」


 ワシは工具を持ち替えた。


 ボルトの頭を傷めんよう、慎重に力をかける。


 かきん。


 ようやく回った。


「よし」


 残りも外して、パネルを開く。


 中には古い配線と、赤い取っ手が一本。


「これ引いたらええんやな?」


『はい。ただし、先に内部電源の遮断と残留電力の確認をお願いします』


「分かっとる。順番に教えてくれ」


 指示に従って遮断器を切り、表示を確認した。


 残留電力がなくなるまで待つ。


 それから安全ロックを外し、赤い取っ手を引いた。


 ぐぐ、と重い感触があった。


 扉が少しずつ開いていく。


「……よし、開いた」


『ありがとうございます』


「まだ礼言うのは早いで」


 ワシは扉の奥を覗いた。


 古い電源モジュールが、がっちり固定されとる。


 これも長いこと触られとらんのやろう。


「六号、古い方の電池も回収するんやな?」


『はい。管理局への返却をお願いします』


「了解や」


 固定金具を外し、配線を抜く。


 作りは単純や。


 ただ、あちこち固着しとる。


 こりゃ思ったより時間がかかりそうやな。


     *


「六号、お前何年ここにおるんや?」


 ワシは作業しながら聞いた。


『稼働開始から四十二年になります』


「四十二年か。長いなあ」


『はい』


「ずっと一人か?」


『はい。当標識は無人施設ですので』


「退屈せんのか?」


『退屈という機能は備わっておりません』


「そら便利やな」


 ワシは古いモジュールを引き抜いた。


 重さは感じんが、三十キロ以上の塊や。


 動き出したら簡単には止まらん。


 慎重に安全索を通して固定する。


『本日、こちらを通過された船舶は三隻です』


 六号が言った。


「ん?」


『昨日は十二隻でした』


「結構通るんやな」


『はい。貨物船が八隻、旅客船が二隻、個人所有の小型船が二隻です』


「よう覚えとるな」


『記録しておりますので』


「そらそうか」


 ワシは新しいモジュールを取り出した。


 取り付け位置を確認し、ゆっくり差し込む。


『昨日の十二隻は、すべて無事に航路を通過されました』


「ほう」


『本日の三隻も、問題なく通過されています』


「それはよかったな」


『はい』


 ワシは配線を接続しながら、ふと思った。


 こいつは四十二年間、ずっとここにおるんやな。


 毎日船が通るのを見て、行き先を記録して。


 故障したら管理局に知らせて、修理が来るのを待つ。


 それだけの仕事や。


「……お前、通る船と話したりするんか?」


『必要に応じて、航行情報をお伝えしています』


「そういうんやなくて、世間話とかや」


『世間話ですか?』


「ああ」


『そのような通信を行うことは、ほとんどありません』


「ふうん」


『本日は久しぶりに、長い通信を行っています』


「そうか」


 ワシは端子の接続を確認した。


 間違いない。


 固定金具もきっちり締めた。


「六号、電源入れるぞ」


『はい。お願いします』


 新しいモジュールのスイッチを入れた。


 かちり。


 奥で低い音がした。


 止まっとった冷却ファンが回り始める。


『電力供給を確認しました』


「どうや?」


『起動処理を開始します』


 かちり、かちりと継電器の音が続いた。


『……起動完了』


 次の瞬間、頭上で白い光が弾けた。


「うおっ!」


 思わず顔を背けた。


 灯火装置が勢いよく回り始める。


 真っ白な光が、ワシの足元を通り過ぎ、小惑星の間へ伸びていった。


『標識機能、正常に復旧しました』


「……眩しいわ!」


『申し訳ありません』


「いや、ええ。ちゃんと動いとるんやったら」


 ワシは目を細めながら灯りを見上げた。


 さっきまでの弱々しい光が嘘みたいや。


「よう光っとるな」


『ありがとうございます』


 ワシは開いたパネルを見た。


 こっちもちゃんと閉めなあかん。


 まだ仕事は終わっとらん。


     *


 古い電池を回収し、点検パネルを閉じた。


 外したボルトも全部締め直す。


 念のため二回確認した。


 あとで緩んで飛んでいっても困るからな。


「よし、終わりや」


『ありがとうございました』


「礼はええから、受領処理してくれ」


『承知しました』


 少し間があった。


『……申し訳ありません』


「なんや?」


『交換用電源の受領確認が完了しておりません』


「は?」


『荷物が受取口を通過した記録がありません』


「そらワシが直接入れたからな」


『はい』


「今その電池で動いとるやろ?」


『はい』


「ほな受け取ったやろ」


『おっしゃる通りです』


「せやったら、それでええやないか」


『通常の受領手順とは異なりますので、例外処理を行います』


「……頼むわ」


 しばらく待つ。


 ぴこん、と端末が鳴った。


『受領が完了しました』


「よし」


『ご協力ありがとうございました』


「ほな、ワシは帰るで」


『はい。ガルム様も、どうかお気をつけて』


「おう」


 ワシは安全索を確認し、船へ戻ろうとした。


『あの』


「ん?」


『一点、よろしいでしょうか』


「まだ何かあるんか?」


『お名前を伺ってもよろしいでしょうか』


「名前?」


『はい。正式な記録には配送業者名のみ登録されておりますので』


「ガルムや」


『ガルム様ですね』


「ああ」


『ありがとうございます。作業記録に追記いたします』


「……そうか」


 ワシは手すりを離した。


「ほな、達者でな。六号」


『はい。ありがとうございました、ガルム様』


     *


 《穴熊号》へ戻ると、リコが窓に張り付いとった。


「船長、光った!」


「見たら分かるわ」


「すごいね」


「電池替えただけやで」


 ワシは作業服を脱ぎ、操縦席へ腰を下ろした。


 疲れた。


 工具も汚れた。


 予定よりずいぶん時間を使ってしもた。


 まあ、作業自体は難しいもんやなかったけどな。


『船長。追加作業費の申請を送信しました』


「いくらになった?」


『作業時間と緊急対応費を含め、通常の配送報酬を上回る金額です』


「おお、ええやん」


『ただし、管理局による審査がございます』


「……ちゃんと通るんやろな?」


『現時点では保証できません』


「まあ、そうやろな」


 ワシは背もたれに身体を預けた。


 悪い仕事やなかった。


 ちゃんと直ったし、荷物も渡せた。


 あとは金さえ払ってもらえれば文句はない。


『船長、第六号からメッセージが届いています』


「なんや?」


『本日は誠にありがとうございました。おかげさまで、本日も航路を照らすことができます』


「……律儀なやつやな」


 ワシは窓の外を見た。


 白い光が、ゆっくり宇宙を横切っとる。


 遠くでは小さな貨物船が一隻、灯りの向こうを通り過ぎていった。


「船長」


「ん?」


「灯台さん、寂しくないのかな」


「さあなあ。本人は退屈せん言うとったけど」


 リコは窓の外を見たままや。


「でも、船が通ったら嬉しいのかもね」


「……かもしれんな」


 ワシも灯りを見た。


 四十二年間、ああやって船の行き来を見守っとるんや。


 毎日毎日、同じ場所で。


 よう飽きんもんやと思うが、それがあいつの仕事なんやろう。


「……まあ、立派な仕事や」


『船長、もう一件メッセージが届いています』


 ミミックが言った。


「なんや?」


『第六号からです』


「まだ何かあるんか?」


『次回の電源交換時にも、ぜひガルム様にお願いしたいとのことです』


「……次はいつや?」


『標準交換周期では五年後です』


「五年後?」


『はい』


 ワシは窓の外を見た。


 白い灯りが、変わらずゆっくり回っとる。


「……まあ、五年後もこの辺飛んどったらな」


『そのように返信しますか?』


「いや、予約は受けんぞ。五年後なんか何しとるか分からんからな」


『承知しました』


 ワシは背もたれを倒した。


 少しだけ。


 今度はちゃんと休めそうや。


『船長』


「……なんや」


『第六号から返信です』


「早いな」


『五年後もお待ちしております、とのことです』


「……あいつ、人の話聞いとるんか?」


 窓の外では、今日も灯台が光っとった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。