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第7話 お前そっち側か


「今日は働かん」


 ワシは操縦席で宣言した。


 金はある。飯もある。酒も買った。


 昨日ちゃんと稼いだんやから、今日は何もせんでええ。そういう暮らしをするために、ワシは宇宙に出てきたんや。


「どこ行くの?」


 隣でリコが聞いた。


「どこも行かん。今日はここでのんびりする」


『船長のいる場所には、大抵あとから仕事が発生します』


「縁起でもないこと言うな」


 ワシは足を伸ばした。


 背もたれを倒す。少しだけ。


 全部倒すと戻らん。


 目を閉じたところで、警告音が鳴った。


『右後方から接近する船があります』


「休みや言うたやろ」


『相手にも伝えますか』


「伝えろ」


 通信がつながった。


『そこの貨物船。推進機を止めろ。抵抗すれば撃つ』


 ワシは背もたれを起こした。


「……仕事してた方がましやったか?」


     *


 横へ並んだ船には、白い髑髏が描かれていた。


 ご丁寧に、下で骨が交差しとる。


「海賊って、ほんまにあれ描くんやな」


『所属を示す意匠としては、非常に分かりやすいですね』


「捕まえる側も助かるやろな」


 砲口がこっちを向いた。


 ワシは両手を上げた。


 窓越しに見えとるか知らんが、抵抗する気がないことだけは伝わってほしい。


「止める! 撃つな! あんなもん撃たれたら風穴あいてまうわ!」


『現在の補修材では対応できない大きさですね』


「分かっとる!」


 推進機が止まる。


 向こうの船から伸びた接続管が、《穴熊号》の乗船口へ噛みついた。


『救難信号を送信しました。巡視艇から応答。こちらへ向かっています』


 ミミックが操縦席の小さなスピーカーだけで言った。


「どれくらいかかる?」


『到着時刻はまだ確定していません』


「そうか……」


 ワシはもう一度、窓の外の砲口を見た。


 立派なもんや。あれ一発で、ワシの船は修理する場所もなくなるやろう。


 できれば来るまで何も起こらんでほしい。


 ワシはリコを振り返った。


「お前はここにおれ。鍵かけて、ワシが呼ぶまで開けんな」


「船長は?」


「ちょっと話つけてくる」


「大丈夫?」


「大丈夫や。取られて困るもんも、そうないしな」


『船長の工具一式は、それなりの市場価値があります』


「……そういうことは今言わんでええ」


     *


 乗船口の内扉を開けると、接続管の向こうから二人の男が入ってきた。


 一人は細身で、短い銃を持っとる。


 もう一人はでかい。髭もでかい。腰には長い剣を差しとった。


「船長はどいつだ」


 髭のでかい方が言った。


「ワシや」


「ほかの乗員は?」


「船載AIがおる」


『はじめまして。ミミックです』


 男は天井のスピーカーを見上げた。


『船内の金目の物については、あまり期待なさらないでください』


「……お前、余計なこと言わんでええから」


 男は貨物室を見回した。


 空の荷台。補修材。油缶。ワシの工具棚。


 金になりそうなもんがないのは、まあ事実や。


「積み荷は?」


「今日は休みや。何も積んどらん」


「金はあるだろう」


「貯金するタイプに見えるか?」


 男の眉が動いた。


 まずい。


 右手が腰の剣へ伸びる。


「待て待て。話ぐらい――」


 銀色の刃が鞘から抜かれた。


「我が勇者よ! ついに迎えに来たか!」


 ワシは口を閉じた。


 磨かれて丸うなった鍔の模様。


 聞き覚えしかない、よう通る声。


「……お前、何してんねん」


「やはり、我らの運命は途切れてはおらなんだな!」


 ワシは剣を見た。


 それから、剣を握っとる海賊を見た。


「……お前そっち側か」


     *


「知り合いか?」


 海賊が剣を見た。


「知り合いちゃう。前に運んだ荷物や」


「我をこの者らの手から解放しに来たのであろう!」


「どう見てもワシが襲われとるやろ」


 刃こぼれはなくなっとった。


 柄巻きも新しい。


 ちゃんと直してもろたらしい。


 喋る方は、相変わらず手つかずや。


「お前、工房はどうしたんや」


「修復を終え、次なる勇者を待っていたところでな」


「武器屋で盗んだんだよ、これ」


 銃の男が教えてくれた。


「言い方というものがあろう。我は敵の懐へ潜り込み――」


「毎朝、船長に魔王倒しに行こうって言ってたじゃねえか」


「うむ。だが、まだ返事をもらえておらぬ」


 ワシは髭の男を見た。


 髭の男もワシを見た。


「……お前も選ばれたんか」


「俺は、そんなものには興味ねえ」


「ワシもや」


 そこだけ意見が合った。


「この者には、まだ更生の余地があると思ったのだ」


 聖剣が言った。


「海賊やぞ?」


「人は誰しも、己の道を選び直すことができる」


「ほうか」


 ずいぶん立派なことを言う。


 ワシも別に、海賊が一生海賊でなければならんとは思わん。


 ただ、その更生を今ここで始めるのだけは勘弁してほしい。


「なあ、あんた」


 ワシは海賊に言った。


「この剣、魔王倒しに行けって言うやろ」


「ああ」


「金は出んけど、民の厚意で食わせてもらえるらしいで」


「そんなもん、奪えば済むだろうが」


「まあ、そうなるわな」


「ガルムよ! そのような言葉に惑わされてはならぬ!」


「ワシに言うな」


 海賊の顔が険しくなった。


「いい加減にしろ。金を出せ」


 刃先がワシの鼻へ近づいた。


 冷たい銀色の光が、目の前で止まる。


 ワシはゆっくり両手を上げた。


「……分かった。分かったから、剣を下げてくれ」


     *


 ワシは両手を上げたまま、工具棚の前まで下がった。


 銃の男が棚を覗く。


「船長。工具なら売れそうですぜ」


「おい、それはやめとけ」


「なんだ?」


「仕事で使うもんや。持っていかれたら困る」


「休みなんだろ?」


「明日以降もあるんや、ワシの人生には」


 男は構わず棚へ手を伸ばした。


 ワシは思わず、その手首を掴んだ。


「触んな言うとるやろ」


「放せ」


 背後で金属の擦れる音がした。


 海賊の船長が剣を持ち上げたんや。


「ガルムよ。右へ避けよ」


 聖剣が言った。


「は?」


「来るぞ」


 ワシは手首を放して、右へ飛びのいた。


 刃が左肩のあった場所を通り、工具棚の縁を削った。


 がりっ、と嫌な音がする。


「あっ、お前!」


「次は横薙ぎだ。屈め!」


 考えるより先にしゃがんだ。


 頭の上を剣が抜けていく。


 怖っ。


 髭ちょっと持っていかれたぞ。


「左足を引いた。突きが来る!」


「お前、誰の味方だ!」


 海賊が怒鳴った。


「我は正義の剣だ」


「俺が持ってんだぞ!」


「振るう者の行いまで、我が決められるわけではない」


 そうらしい。


 ワシとしては、振るわれる前に止めてもらえた方がありがたいんやけどな。


 海賊が剣を構え直す。


 その後ろで銃の男が武器を上げた。


「船長、どいて! 射線が!」


「うるせえ!」


 どいてほしいのはワシも同じや。


 このままやと、どっちかに撃たれるか斬られる。


 ワシは低い姿勢のまま、棚の横へ回った。


 手を伸ばし、壁との隙間にある留め金を外す。


 この工具棚は、床にレールを敷いてある。


 奥の配管を直すとき、棚ごと手前へ動かせるようにしたんや。


「ミミック。床の固定具も外せ」


『はい』


 かちりと音がした。


「逃げんじゃねえ!」


 海賊が回り込もうとする。


 ワシは棚の取っ手を両手で掴み、力いっぱい押し出した。


「ぐおっ!」


 角が男の腹に入った。


 でかい身体が後ろへよろけ、銃の男も巻き込んだ。


 二人まとめて床に倒れる。


 工具ががちゃがちゃと鳴った。


 嫌な音や。


 あの棚、部品も細かいもんが多いんやぞ。


「見事! 武器に頼らず敵を制するとは!」


「お前がまともに使えたらこんなことせんで済んどるわ!」


「うむ。やはり我らには、まだ互いを知る時間が必要なようだ」


「そういう意味ちゃう!」


     *


 ワシは棚の陰に身を隠した。


 海賊の船長が腹を押さえ、立ち上がろうとしとった。


 まだ剣を握っとる。


 あいつも丈夫なやつやな。


 銃の男の耳元で、通信機が鳴った。


『船長! 巡視艇が来る! 戻ってくれ!』


 向こうの船の声や。


 助かった。


 ワシは棚の陰から言った。


「もうええやろ。さっさと帰ってくれ」


「てめえ、通報しやがったな」


「そらするやろ」


 海賊が舌打ちした。


 銃の男が、先に乗船口へ退いた。


 銃口はこっちを向いたままや。ワシも棚から頭は出さん。


「ガルムよ!」


 聖剣の声が響いた。


「今こそ我を取り、悪を討つのだ!」


「もう帰る言うとるやろ。ほっとけ」


「今を逃せば、再び罪なき人々が苦しむやもしれぬ!」


「そんなん巡視艇に任せたらええ!」


「恐れるな! 我が力は、正しき者と共にある!」


「ほな、まずお前がこっち来い」


「我は剣だ。自ら歩くことはできぬ」


「知っとるわ!」


 海賊の船長が、剣を見下ろした。


 何か考えとるようやった。


 それから、接続管へ向かって剣を放り投げた。


 かあん、と高い音がした。


「名剣だと思って持ってたら、口ばっかりうるせえ!」


「何をする! 我を手放すというのか!」


「お前のせいで一人も斬れなかったんだよ!」


「罪なき者を斬るために、我が力を貸すと思うたか!」


「俺の剣だろうが!」


「我は誰の所有物でもない。正義のために存在するのだ!」


 海賊はもう返事をせんかった。


 銃の男と一緒に乗船口を抜け、剣を跨いで向こうの船へ走っていく。


「待て! まだ我が話は終わっておらぬ!」


 ワシは棚の陰から顔を出した。


 接続管の床で、聖剣が横たわっとる。


「ガルムよ! 我を取れ!」


「いや、もうええわ」


「何故だ! 今こそ我らが――」


「ミミック、閉めろ!」


 内扉が閉まり、声が途切れた。


 続いて、乗船口の外扉も閉鎖される。


 ワシはしばらく、その場で待った。


 海賊が戻ってこんか確かめるためや。


 小さな覗き窓の向こうで、海賊船側の扉が閉まるのが見えた。


 間に残った接続管。


 その床に、一本の剣。


 ごん、と船体が揺れた。


 海賊船が接続管を引き剥がしたんや。


 狭い管に残っとった空気が一気に噴き出し、その中のもんを外へ押し流した。


 銀色の剣が、接続管の端から飛び出した。


     *


 操縦席へ戻ると、リコが窓に顔を寄せていた。


「船長、あれ」


「ん?」


 ワシも覗いた。


 星空の手前を、銀色の剣が回っとる。


 柄。刃。柄。刃。


 妙にゆっくり見えた。


 実際には結構な速さで遠ざかっとるんやろう。


 何か言うとる気がする。


 たぶん、絶対に言うとる。


 だが、声は届かん。


「……静かやな」


『船外ですので』


 海賊船はすでに船首を巡らせ、噴射炎を伸ばしとった。


 反対側の遠くには、巡視艇の青い灯りが見える。


「船長、あの剣どうなるの?」


 リコが聞いた。


「さあなあ」


「宇宙にずっといるの?」


「誰かに拾われるかもしれんし、そのままどっかの星に落ちるかもしれんな」


 リコは剣を目で追っていた。


「次の勇者、見つかるかな」


「……見つかるとええな」


 ワシはもう一度、窓の外を見た。


 あいつはきっと、今も勇者を呼んどるんやろう。


 誰もおらん宇宙の真ん中で。


 一度だけ、刃が光った。


 それきり、ほかの星との見分けがつかんようになった。


     *


 巡視艇との通信を終え、《穴熊号》も航路へ戻った。


 ワシは操縦席に座り直した。


 床の固定具はあとで見よう。


 棚の傷もあとや。


 工具は散らばっとるが、取られたもんは何もない。


 それに、誰も怪我せんかった。


 まあ、十分やろ。


 ワシは背もたれを倒した。


 少しだけ。


 目を閉じる。


『船長』


「……なんや」


『巡視艇から被害状況の報告書が届いています』


「明日でええやろ」


『本日中の提出を求められています。記入欄は十二ページです』


 ワシは目を開けた。


 端末には、細かい文字がずらりと並んどる。


 目撃した人数。


 武器の種類。


 犯人との関係。


「知り合いって書く?」


 リコが聞いた。


「剣は武器の欄でええ」

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