第6話 払うまでがお買い物や
「今度は、金のあるやつに届ける」
ワシは依頼票を操縦席の脇へ置いた。
荷物は小箱一つ。
高級貴金属用の磨き布。代金と送料は、受取人からまとめて回収する。
「お金持ちなの?」
「住所が城や」
リコが依頼票を覗き込んだ。
『受取人の種族は竜です』
「竜って買い物するんや、鱗でも磨くんか?」
『船長、しっかり依頼書は確認してから引き受けてください』
「生きた骨に暴れる家、金持ちの竜くらいではもう驚かん」
ワシは出発した。
*
宛先は、小さな衛星を丸ごと囲った居住ドームやった。
中央に城。
塔。庭。噴水。
着岸場から玄関まで、荷物を運ぶためだけの小さな車が迎えに来た。
乗った。
ええ家や。歩かんで済む。
玄関の扉が開くと、奥まで赤い絨毯が続いとった。
柱の間には壺。壁には絵。床には金貨。
床には、金貨が捨てられている。
「拾い物には福があ……」
手を伸ばしかけたその時。
「そこに置いてあるんだ」
奥から声がした。
『残り物には福がある、では?』
金の山の上で、巨大な竜が首を起こした。
深緑の鱗。曲がった角。鼻先だけでワシの胴よりでかい。
そいつは、鼻に掛けた眼鏡を爪で直した。
「配達かな。待っていたよ」
声は穏やかやった。
口を開けるたびに、ワシくらいなら丸呑みにできそうな歯が見えた。
横を見ると、リコが一歩下がっとる。
「流石にびびったか?」
「しっぽ」
ゴンッ
「イデッ」
竜の尻尾が頭にぶつかった。
「……磨き布のお届けや」
「そう、それ。宝石にも傷がつかないらしくてね」
竜は爪の先で、小さな机をこちらへ寄せた。
茶器と菓子の皿。その横には通販のカタログが積まれ、灰色の金属塊で押さえてあった。
ワシは机に箱を置いた。
竜の爪が伸びる。
ワシは箱を手前へ戻した。
「先に代金や」
「ああ。すまないね」
竜は金の山へ目を落とした。
選び放題や。
*
終わらんかった。
竜は爪先で金貨を一枚つまみ、目の前へ持ってきた。
じっと見る。
裏返す。
もう一度見る。
戻す。
別の一枚を取る。
「……ああ、これは」
目を細めた。
「初めて滅ぼした王国の金貨だ、懐かしい……」
「聖剣が言うてた魔王ってこいつか?」
竜は懐かしそうに頷いた。
「まだ角も短くてね」
「生い立ちはええ。支払いに使えるんか、それ」
「これは無理だなあ」
金貨が戻った。
また一枚、取り上げる。
「おう。それで」
「エルネストか」
「誰や」
竜は、金貨に刻まれた王の横顔を撫でた。
「この子の名前だよ」
「王様の?」
「いや。金貨の」
ワシは山を見た。
「……全部ついとるんか」
「もちろん。見分けがつくように」
見分けんでええねん。
同じ額なら同じ働きするようにできとるんや。
リコが床の一枚を指した。
「この子も?」
「それはマルガリータ。その場所を気に入っているんだ」
「金持ちで片付けができない所有物に異様な愛着を持つ竜、だいぶ詰め込んだな今回」
竜はエルネストを山へ戻した。
「もう少し待ってくれるかな」
「おーい、エルネスト元戻すな。……時間かかりそうやなぁ」
*
リコは勧められた菓子を食べ始めた。
最初は端の小さいやつを取っとったが、今は真ん中の砂糖がかかったやつに手を伸ばしとる。
おー、もっと食え。
お前の食欲は聖剣も認めた魔王っぷりや。今日の食費はだいぶ浮きそうやな。
ワシは請求額を表示した端末を、そっと伏せた。
「……そのエルネスト、どこで手に入れたん?」
竜が顔を上げた。
「聞いてくれるのかい? 少し長くなるけど」
「かまへん、じっくり選んでくれ」
『船長。先ほどは生い立ちはいいと』
「これがプロの接客や」
ワシはリコの皿に、菓子をもう一つ載せた。
エルネストの話が終わると、エルネストの家族の紹介が始まった。
竜は機嫌よく喋り、リコは機嫌よく食うた。
*
『船長。滞在時間が一時間を超えました』
リコが最後のひとかけらを口に入れた。
茶を飲み、椅子の背にもたれる。
「お腹いっぱーい」
「よしっ」
ワシは端末を表へ返した。
「ほな、ちゃっちゃと払うもん払うてもらおかぁ」
竜が話を止めた。
「まだマルガリータとの出会いまで話してないよ」
「ほなマルガリータもろてくでー、お別れの挨拶済んだか」
『プロの輩の間違いでは』
ワシは請求額を、竜へ向け直した。
「振り込みでもええぞ」
「口座には残していないんだ。入ったら金貨に換えるから」
全部ここにおるんか。
「名前ついてへんやつは」
「最近来た子が何枚か」
「ほなそれや」
竜の顔が曇った。
「まだ名前も決めていないのに?」
「名前付けたら手放さんやろ」
竜が金貨をかばうように前脚を寄せた。
ワシは口を閉じた。
あかん。
こいつ、払うたびに家族が減るつもりでおる。
ワシは箱を持ち上げた。
「払えへんなら持って帰るぞ」
「待ってくれ。払うよ。ちゃんと選ぶから」
「いつや」
「前は三日で決めた」
リコが顔を上げた。
「泊まるの?」
「泊まらん」
「客室は空いているよ」
「なんで金貰うのに三泊せなあかんねん」
竜は困った顔で、金の山を眺めた。
ワシも困っとる。
こっちは金のないほうの困り方や。
*
箱を机へ戻した拍子に、横のカタログが崩れた。
ワシは反射的に押さえた。
重しの金属塊が転がり、机の上で鈍い音を立てる。
その断面に、細かい縞が見えた。
「……これ、ちょっと見てええか」
「それ? 構わないよ」
煉瓦の半分ほどの大きさやった。
持ち上げると、ずっしり重い。
縁を指でなぞる。
裏返すと、潰れかけた刻印が残っとった。
古い炉に使う耐熱合金。
今は、まとまった塊では滅多に出回らんやつや。
ワシは刻印の埃を拭った。
「これ、どこで手に入れた」
「昔まとめて買った宝物に混じっていてね。磨いても、たいして綺麗にならないんだ」
「せやな」
ワシはもう一度裏返した。
炉の部品に使うには、ちょうどええ厚みや。
切り出せる。削りしろも残る。
ただし、船の材料箱へ入れたら金にはならん。
「ミミック」
声を落とした。
「この刻印、撮るぞ。近くで買う店あるか調べてくれ」
『承知しました』
ワシは竜へ顔を上げた。
「金貨以外で払う気はあるか」
「宝石も、できれば手放したくないね」
「こいつや」
金属塊を机に置いた。
「これをワシが買う。その金から布代と送料を払う」
「それなら、この子たちは減らないな」
竜が、前脚の下の金貨を見た。
「こいつはええんか」
「カタログが飛ばなければ、それでいいんだ」
リコが重しのあった場所を見た。
「名前は?」
「つけていないよ」
顔で選んどるやないか。
*
ミミックが見つけたのは、次の補給所にある炉材の買取店やった。
写真と刻印を送り、重さを伝える。
返事を待つ間にも、竜は二枚つまんでは一枚戻し、最後にはもう一枚も戻した。
払う努力だけは、ずっとしとる。
『返答がありました。現物確認が条件ですが、この見積額です』
端末に数字が出た。
ワシは布代と送料を引いた。
少し余る。
ほう。
「この塊、請求額ぶんで譲ってくれ。うまく売れたら、ワシにも儲けが出る」
「それでいいよ」
「あとから惜しなっても返さんぞ」
「うん。磨き布は使っていいのかな」
「待て。今払う」
ワシは自分の残高から、店へ商品代金を送った。
残高が減るのは、ちょっと嫌やった。
竜は、ようやく渡された箱を開けた。
中から白い布をつまみ上げる。
爪先の金貨を包み、そっと磨く。
「ほら、エルネスト。綺麗になった」
「……エルネストとお取り込み中や。帰るで」
「ばいばいドラゴンさん、おやつありがとう」
「こちらこそありがとう」
「やっぱり……」
ワシは金属塊を抱え直した。
「返さんぞ」
「箱も、もらっていいのかな。小さい金貨を入れたいんだ」
「好きにせえ」
ワシはリコを呼んだ。
そいつは別れの挨拶を済ませたくせに、皿を見たまま動かん。
「まだあるよ」
「それは残せ」
*
次の補給所で、金属塊は見積もりどおりの値段になった。
立て替えた代金が戻り、運賃が残り、その上に少し乗った。
ちゃんと儲かった。
ワシは燃料を補給し、肉と酒を買った。
リコは菓子屋の前で止まった。
「リコお前もう腹減ったんか」
「あれは昼のお菓子」
「もっと食わせたらよかったな」
袋を一つだけ買った。
ワシが肉を食う間、静かにしとってもらうためや。
船へ戻ると、リコは菓子の袋を膝に置いた。
「金貨、全部に名前ついてたね」
「金に名前つけるようになったら終わりやな」
『船長が工具に名前をつけている件は?』
「あれは種類や」
『今朝、レンチを「相棒」と』
ワシは操縦桿を握った。
「今からお前の名前はAIや」




