第5話 それワシの船や
「……船は?」
ワシは買い物袋を提げたまま、立ち止まった。
工業衛星の共同ドック。
白い線で囲まれた区画に、何もない。
さっきまで、ここに二十七メートルの鉄の塊があった。
買ってきたパッキンより、だいぶでかいものがなくなっとる。
「ここだったよね」
リコが床を指した。
「油こぼしてたところ」
「そんな覚え方せんでもええやろ」
区画番号を確かめる。合っとる。
隣の船も、その隣の船もおる。
ワシのだけ、おらん。
「ミミック」
耳の通信機を叩いた。
『ようやくつながりました』
「お前どこおる」
『船内です』
「船はどこや」
『大型金属廃棄物として搬送中です』
ワシは床の油を見た。
「……もう一回言え」
『大型金属廃棄物として』
「聞こえとるわ」
*
地下の部品倉庫は、電波が入らんかったらしい。
ワシが中古のレンチを値切っとる間に、隣の工房へ来た自動回収車が《穴熊号》まで持っていったという。
「なんでワシのまで回収しとんねん」
『外装の腐食、継ぎはぎ、不規則な配管などから、廃船と判断された模様です』
「見た目で決めんなや」
『外観に基づく判断としては、理解できます』
「お前も中におるんやぞ」
リコがワシの服を引いた。
「盗まれたんじゃないの?」
「もっと腹立つ。捨てられた」
ワシらは案内板へ走った。
資源回収棟。矢印は、長い連絡通路の奥を指していた。
「抵抗せんかったんか」
『外部スピーカーから返還を要求しました』
「ほんで」
『音声装置は再利用可能、と記録されました』
機械同士で話つけとけや。
「エンジン動かせ」
『船体を固定されています。ここで噴射すると、回収車と建物が燃えます』
「……ほな最後の手段やな」
『最後まで使わない方向でお願いします』
走るたびに工具が袋の中で鳴った。
腰も痛い。
たかが買い物で、なんでこうなる。
*
回収棟の受付には、眼鏡の職員が一人おった。
机の上に湯呑み。壁には、笑顔の作業員が親指を立てたポスター。
《限りある資源を、次の世代へ》
爽やかな笑顔に、もっともらしい文言。
やっとることは窃盗や。
「船返せ」
職員が顔を上げた。
「お持ち込みですか?」
「持っていかれたんや。勝手に」
ミミックから送られてきた回収番号を伝える。
職員が端末を操作すると、《穴熊号》の写真が出た。
「こちらですね」
「せや」
「処分の取り消しで」
「最初から頼んでへん」
職員は画面とワシを交互に見た。
「これ、飛ぶんですか?」
ワシは机に手をついた。
「飛んできたから、ここにおるんやろが」
職員の顔から、ようやくのんびりした色が消えた。
「すみません、現場へ確認します」
受話器を取り、番号を押す。
呼び出し音が続く間に、壁の向こうで重いものが動く音がした。
『船長。解体レーンへ入りました』
「確認より先に止めろ」
「こちらからは操作できないので、制御室に……」
『右舷側に切断装置を確認』
「どっから行く!」
職員が奥の扉を指した。
ワシは買い物袋をリコに渡し、そっちへ走った。
「停止の連絡、続けとけ!」
*
扉を抜けると、天井の高い作業場へ出た。
左右に積まれた金属。
潰れた車体。外された扉。やたら綺麗な便器。
その奥で、ワシの船が台車に載せられていた。
太い金具で腹を抱えられ、床のレールに沿ってゆっくり進んどる。
「あった!」
リコが追いついてきた。
ワシは駆け寄りかけて、柵に阻まれた。
船まで五メートルほど。
その先には黄色い門があり、内側から刃のついた腕が伸びてきていた。
「おい、止まれ! それワシの船や!」
船体のランプが点滅した。
『所有者からの返還要求を継続しています』
天井の機械が、平たい声で答えた。
《音声装置・稼働品》
「こいつは捨ててええから、船を返せ!」
『船長?』
リコが柵越しに、隣の白い船体を見た。
「あっちのほうが綺麗だね」
「ほなあっち住め」
「いいの?」
「あかん。来い。そこから離れろ」
ワシはリコを柵から離れさせた。
船の鼻先が、黄色い門をくぐる。
「ミミック。刃は」
『船体右側へ接近中。接触まで、およそ二十秒』
操作盤は柵の内側やった。
回り込んで扉を探す時間はない。
ワシは支柱の根元へ目を落とした。
埃の積もった細いワイヤーが、レーン沿いに張ってある。先は、赤い小箱へつながっとった。
古い鉱山の搬送機にもあった。
巻き込まれた作業員が、どこからでも引ける停止索や。
「リコ。袋から一番長いレンチ出せ」
「うん」
リコが袋を下ろし、レンチを引っ張り出した。
受け取って、柵の隙間へ差し込む。
ワイヤーを引っ掛けた。
刃が傾く。
刃に取り付けられた照明が、黒い外板をなぞった。
ワシは息を止め、レンチを引いた。
ぐん、とワイヤーがたわむ。
赤い箱の中で、何かが外れた。
警報が鳴った。
台車が止まる。
刃が止まる。
頭上のクレーンも、隣のレーンも、その向こうの運搬車まで止まった。
急に静かになった作業場で、警報だけがうるさかった。
リコが作業場を見回した。
「いっぱい止まっちゃったね」
「気にしてる場合かっ」
ワシは柵へもたれた。
膝が笑っとる。
『切断装置の停止を確認。船体への接触はありません』
よし。
……いや、何がよしや。
ここ最近走ってばっかや。
*
受付の職員と、作業服の男が走ってきた。
「緊急停止を引いたのは」
「ワシや」
「全ライン止まってます」
「ワシの船なくなるとこやったんや。バカタレ」
作業服の男は《穴熊号》を見た。
それから受付の職員を見た。
「これ、現役?」
ワシはレンチを握り直した。
「お前は現役引退したいんか?」
男は口を閉じ、台車の固定具を一つずつ外した。
誤回収の記録を確認した職員が、何度も頭を下げる。
「回収区画の隣まで、廃材として認識してしまったようです。申し訳ありません」
「先に持ち主へ聞けや。喋っとったやろ」
「今後は確認手順を」
「手順もくそもなんも確認しとらんやろ」
職員がまた頭を下げた。
船を脇の作業スペースへ戻してもらい、ワシは腹の下へ潜った。
継ぎ板を撫でる。固定具の当たっとったところを、指で確かめる。
新しい凹みはない。
「ミミック。中は」
『配管、炉心、航行盤ともに異常なし』
「寝床」
『無事です』
ワシは船腹を二度叩き、立ち上がった。
足元に、小さな油の染みができとる。
「おい。これ、運んだ時に漏れたんちゃうか」
「穴熊ちゃんはいつもお漏らししてるよ?」
リコが言った。
ワシはそいつを見た。
そいつは買い物袋を差し出した。
黙って受け取った。
*
最後に、職員が何枚か紙を持ってきた。
返還確認と、取り消した回収記録。その中に査定票が混じっとる。
ワシは船体の欄を見た。
安い。
全長二十七メートル。
ワシが地面の下でこつこつ組み上げた船が、この値段か。
「これ、ちゃんと見てつけたんか」
「回収時の自動査定ですので、概算ですが」
「見る目ないわ。あの継ぎ目とか、相当手間かかっとるぞ」
職員が困った顔をした。
「加工の手間は、資源としての価格には……」
「分かっとるわ」
紙を返しかけて、下の欄が目に入った。
炉心。
ワシは指で桁をなぞった。
船体の欄へ戻る。
もう一度、炉心を見る。
「……こっちは?」
「再利用部品としての仮査定です。詳しく調べてからになりますが」
ほう。
ミミックが耳元で鳴った。
『船長。見る目がないのでは?』
「中身はちゃんと見とるな」
リコが背伸びして覗いた。
「売るの?」
「売らん」
ワシは査定票を折って、ポケットへ入れた。
工具の袋を持ち直す。
それから、声を落とした。
「ミミック。炉だけ売ったら、どれくらい遊んで暮らせる?」
『しばらくは暮らせます。売ったお金で状態の良い小型シップを買うこともできますが、私を稼働させるにはエネルギーが足りません』
「お前そんな電力食うてたんか」




