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第4話 勇者は募集してへん


「……あかん。届かん」


 翌朝、ワシは靴下を前に敗北していた。

 腰を曲げると痛い。膝を上げても痛い。


「何にやられたの?」


 リコが聞いた。


「住宅」


 そいつは昨日の家を思い出したらしく、笑いながら靴下を拾った。

 笑わんと履かせろ。


     *


 次の補給所では、積み下ろし付きの依頼を選んだ。


 工具を買い足しに寄る予定の工業衛星。その修理工房まで、金属製品を一つ。

 送り主が船へ積み、受取人が降ろす。ワシは座って運ぶだけや。


 今度は備考まで読んだ。


《呼びかけに応じないでください》


「……どういう意味や?」

『配送中の対応は不要、ということでしょう。そもそも船長にまともなコミュニケーションがとれるとは思えませんが』


「二話連続でコミュ障いじりか、芸がないな」


 結構。

 客の相手までせんでええなら、願ったり叶ったりや。


 細長い木箱が貨物室へ運び込まれた。

 作業員は固定ベルトを締めると、足早に帰っていった。


 ワシも操縦席に戻り、出発した。


     *


 航路へ入って、足を台に載せたところやった。


「我を抜け。選ばれし者よ」


 廊下の向こうから、低い声がした。


 ワシは目を閉じた。


「我を抜け」


 閉じたままにした。


「……聞こえておろう」


「……」


「ついに応えたか」


「おい、勝手に話進めんな」


 言うてから、備考を思い出した。


 あ。


 声が弾んだ。


「フハハハハ、かかったな。この手にかかった勇者は数知れず」


「数知れんほど勇者っておるんか」


 嫌な予感しかせん。


 リコが貨物室から顔を出した。


「船長。荷物が喋ってる」

「ミミック。防音材、余っとったか」

『前回の補修で使い切りました』

「耳栓は」

『それもありません』

「ほな捨てるか、気持ち悪いし」


 ワシは腰を押さえながら立った。


     *


 木箱は、積まれたときと同じ場所にあった。

 ベルトも外れてへん。

 こんなに動かん荷物で、なんで面倒が起きるんや。


「我は聖剣。幾千年もの時を越え、幾度となく世界を救ってきた者である」


「品名は骨董品(金属製)になっとるぞ」

「仮の姿よ」


 リコが箱の横にしゃがんだ。


「何回救ったの?」

「もはや数えきれぬ」

「三回くらい?」

「数えきれぬと言ったであろう」

「四回?」


 子どもに刻まれとる。


「大陸が裂け、海が煮えたぎった時代にも、我は勇者とともに立ち向かった」

「どこの世界や」

「今は名すら失われた世界だ」


 ミミックが天井から口を挟んだ。


『検証に必要な情報が不足しています』

「歴史とは、すべてが記録に残るものではない」

「ワシも昨日暴走する家から畑救ったぞ」


「やはり、我の目に狂いはない」


     *


「名を聞こう」

「配送伝票に書いとる」

「ガルムだよ」


 リコが教えた。

 お前はどっち側や。


「ガルム。お前は何を求め、旅をしている」


 ワシは貨物室の折り畳み椅子へ腰を下ろした。

 立って相手をするほどの話やない。


「誰もおらんところで、静かに寝たい。それだけや」

「地位も名誉も求めぬと?」

「いらん。ていうか、お前の功績も忘れられてるっぽいぞ」

「世俗の欲に惑わされぬ心。見どころがある」


『酒と睡眠には頻繁に惑わされています』

「弱さを知ることもまた、勇者への第一歩だ」


 どう言えば落ちるんや、この面接。


「では、他者のために身を危険へさらす覚悟はあるか」

「ない」

「ふむ! 素晴らしい!!」

「なんでやねん」


 リコが手を上げた。


「昨日、動いてる家に飛び乗ってたよ」

「取り付け料をもろたからや」


『なお、レビューは星2つでした』


 聖剣がしばし黙った。


 ワシは待った。

 ちゃんと失望せえ。


「星の力をやどしているのか!?」

「出る作品間違えてへんかこいつ」


     *


 話は終わらんかった。


 ワシが目を閉じれば瞑想。

 ため息をつけば、世界の行く末を憂えている。

 椅子から立とうとすれば、ついに決意したかと声がでかくなる。


 座り直した。

 腰も痛い。


「お前には、まだ自覚しておらぬ使命がある」

「ワシの使命はお前を届けることや」

「それは出会いの口実にすぎぬ。我らが巡り合ったのは運命だ」

「あーそうなん」


 リコは飽きたらしく、箱の留め金を指で弾いていた。


「再び、世界に危機が迫っている」


 聖剣の声が低くなった。


「闇は今も力を蓄えている。ガルムよ。我を携え、ともに魔王を討つ旅へ出るのだ」


 ワシは天井を見た。


 剣と魔法の星を出てきたのに、なんで向こうの仕事が追いかけてくるんや。


「どこにおるん、魔王」

「それを探すところから、旅は始まる」

「魔王ならそこにおるぞ。ワシの食糧庫を脅かす、今も胃袋にビスケットを蓄えとる」


 口の周りを粉まみれにしてリコが顔を上げた。


「勇者って、お給料あるの?」

「金では買えぬ栄誉が得られる」

「なんだ、お給料はないんだ」


 ワシも聞いた。


「燃料代は」

「道中、力を貸す者も現れよう」

「飯代」

「民の厚意が」

「宿代」

「……お前の勇気について、もう少し語りたい」

「経費の話から逃げんな」


 箱の中で、金属がかちりと鳴った。


「我が選ぶ者は、富や名声に釣られる者ではない」

「実際の勇者って結構みすぼらしいんかな」


 ワシは立ち上がり、箱に掛かっとった輸送用の毛布を引き上げた。


「待て。何をする」

「養生や」

「運命を布で覆うことはできぬぞ」

「割とできそうやぞ」


 頭まで――どっちが頭か知らんが、とにかく全部覆った。


 毛布の下から、くぐもった声がした。


「我は決めたぞ、ガルム。お前こそ我が勇者にふさわしい」


「福利厚生もっとしっかりしてたら考えたるわ」


     *


 工業衛星へ着くころには、ワシは魔王を一体倒すより疲れていた。

 倒したことはないが、たぶんそうや。


 工房のドックへ船をつける。

 台車を押してきた職人は、貨物室の毛布の塊を見るなり耳栓を入れた。


「用意ええな」

「運んだことがあるんで」


 それなら一組貸してほしかった。


 箱を工房へ移し、職人が蓋を開けた。


 中には、油布に包まれた剣があった。

 銀色の刃。擦り切れた柄巻き。鍔には、長いこと磨かれて角の丸くなった模様がある。


 派手な宝石も、炎も出ん。

 刃の半ばに、小さな欠けが一つあった。


「これが聖剣か」

「いかにも」

「口ほどには光っとらんな」

「光ればよいというものではない」

「そこは気が合うな」


 職人が剣を持ち上げると、柄がわずかに鳴った。


「刃こぼれと、ここのがたつき。依頼はこれだね」

「喋るほうは直さんのか」

「それは故障じゃないから」

「ほな壊した方がええぞ、それ」


 工具を選びに奥へ行く職人を待つ間、ワシは腰の工具袋をずらした。ベルトの食い込んだところが、まだ痛む。

 袋から小槌の柄が覗いた。


「その柄、自分で削ったな」


 剣が言った。


「あ?」

「握るところを少し扁平にしてある。見ずとも槌の向きが分かるように」


 ワシは工具袋へ目を落とした。


「……暗いとこで使うからな」

「うむ。よい道具だ」


 そこで一度、会話が切れた。


 職人が戻ってきて、作業台へ布を広げる。

 ワシは小槌を袋の奥へ押し込んだ。


「何千年やったか」

「数えるのもやめて久しい」

「その間、ずっとその調子なんか」

「三つの王朝が滅びる間も、我の志は変わらなかった」

「それお前が滅ぼした可能性ない?」


 職人が小さく笑った。


「今回も選ばれた?」

「今回も?」

「持ち主がいなくなってから、運ぶ人を片っ端からね」


 ワシは剣を見た。


「お前、誰でもええんか。ヤリマンやん。性なる槍に名前変えろ」

「誰でもよければ、これほど長く探してはおらぬ」


 もっともらしいことだけは、よう言いよる。


「ではガルムよ。修復が済み次第、我らの旅を」

「ワシらの旅はここまでや」


 受領端末を出す。


「忘れるな。お前は己の使命から逃れることはできぬ!」


 ワシは職人の前へ端末を滑らせた。


「せやから、その使命を完了させたいんや。ここにサインくれ」

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