第3話 置き配
仕事が終わり疲れがどっときた、奇妙なものを見て宇宙の広さを思い知らされた。
しばらく働かん。
そう決めて、借りた受領端末を返しに来た。
返却窓口の隣に、配送依頼の掲示板があった。
見たのが悪かった。
小包一つ。寄り道はわずか。置き配可。
玄関脇に置き、写真を送れば完了。
「……これ、誰にも会わんでええんか」
『指定の場所に置くだけです』
ワシは依頼票を取った。
「置くだけで金が入る、観光ついでや引き受けるぞ」
『対人スキルに乏しく、怠惰な船長にぴったりな依頼だと思います』
「対人スキルならさっき磨いてきたぞ」
『船長が直近数カ月でまともにコミュニケーションをとったのはAIミミック、リコ、骨のみですが』
「……」
リコが横から覗き込んだ。
「一回きりって言ってた」
「今回は置いてサッと帰るだけや」
「そ、簡単なおしごとならビスケット2枚ね」
「なら出発初日に食い尽くしたビスケット100枚から差し引いて今回のお前の給料は0や」
*
宛先は、小さな月にある薬草農園やった。
着岸場から気密扉を抜けると、巨大なドームの内側に畑が広がっていた。紫の葉。黄色い花。人の指みたいな実。
最後のは見んかったことにした。
頭上には、輪のある惑星が浮かんどる。
風はぬるく、土の匂いがした。
ええところや。
家さえあれば。
「ミミック。住所」
『一致しています』
目の前には四つのくぼみがあった。
その間に、踏み潰された植木鉢が一つ。
「解体済みか?」
「船長」
リコがワシの袖を引いた。
畑の向こうを、家が歩いとった。
赤い屋根。白い壁。煙突からは細い煙。
その下に鉄の脚が四本生えていて、がしゃん、がしゃんと土を踏んでいる。
物干し竿の靴下が、歩調に合わせて揺れた。
「……不動産は動いたらあかんやろ」
『お届け先を確認しました』
*
近づいてみると、意外に速かった。
ワシが歩けば遠ざかる。走れば追いつく。
ちょうど腹立つ速さや。
小包を抱えて玄関の階段へ寄る。置こうとした瞬間、家が一歩進んだ。
手には小包が残った。
もう一度追いつく。
今度は家が曲がった。階段の角が、ワシの脛をかすめた。
「おいこら、置き配させろ!」
『2m、3m……。お届け先との距離が増えています』
「わかっとる!」
リコは少し後ろを楽しそうに走っていた。
ワシは階段の手すりを掴み、呼び鈴を連打した。
台所らしい窓が開いた。
大きな尖り帽子を被った女が顔を出す。頬に土がついていた。
「配達? よかった、待ってたの!」
「待ってたって言えんのかこれ!」
家が曲がった。
ワシは手を離した。植え込みへ片足を突っ込み、どうにか踏みとどまる。
「ブレーキの部品でしょう? 昨日から止まれなくて!」
窓から女が叫んだ。
ワシは小包の伝票を見た。
歩行住宅用制動弁。
受け取るときに読むべきやった。
「止まらん家の玄関に置けって、正気か!」
「いつも置き配にしてるから!」
この時点で観光は諦めた。
*
「炉を落とせ!」
家の横を追いかけながら言った。
女は窓枠に肘を載せとる。こっちは汗だくやちゅうねん。
「この家、脚を支えるのも同じ炉なの。止めると全部畳まれちゃう!」
「欠陥住宅か……」
ワシは足を止めた。
膝に手をつき、息を吐く。汗が顎から落ちた。
家は構わず進んでいく。
「おーい! 修理屋は呼んだんか!」
女が窓から身を乗り出し、こっちを振り返った。
「動く家の修理は、止めてから頼んでくれって!」
「宅配も止めてから頼め!」
女が何か言い返した。
脚の音にかき消されて、もう聞こえん。
ワシは追わんかった。
話したければ、お前が帰ってこい。
「六周だよ」
横からリコの声がした。
いつの間にか、分かれ道の石に座っていた。
「何がや」
「あの家。さっきから、ここに戻ってくる」
ワシは家の進む先を見た。
畑に沿って曲がった道が、ぐるっとこちらへ続いとる。
ミミックが耳元で鳴った。
『周回経路を計算します』
「もっと早よ言え」
『肥満体型で運動不足な船長の運動を止めることは合理的ではないと判断しました』
「ええからはよしろ」
一旦落ち着こう、疲れた。
リコがワシの座れる場所を空けた。
その親切があるなら、気づいた時に教えてくれ。
しばらくすると、家の足音がまた近づいてきた。
ワシは座ったまま、窓へ声を張った。
「おーい! その部品、自分で替えられるんか!」
「説明書はあるわ!」
「読んだか!」
「図がいっぱいだった!」
「おっけー読んでへんな」
家が目の前を通っていく。
ワシはその床下へ目をやった。
脚が持ち上がるたび、腹の下で大きな軸が回る。
その脇から、一定の間隔で白い蒸気が噴いていた。
音がおかしい。
圧が抜けるべきところで、抜けてへん。
工具袋へ手をやりかけて、止めた。
「取り付けは別料金やぞ!」
女が窓枠を掴んだ。
「直せるの!?」
「止めて、中見てからや!」
「お願い!」
返事を残して、また家が遠ざかっていった。
*
次に家が戻ってきたとき、ワシは小包をリコに預け、工具だけ持って待っとった。
平らな道。
家が曲がる手前で、一度だけ歩調が鈍る。
ミミックに教えられたその場所で、階段へ乗り移った。
手すりに腰のベルトを掛け、脇の点検蓋を開く。
油の匂いが鼻を突いた。
制動弁の根元に、赤い手動レバーがある。
握って押す。
動かん。
留め金の一本が曲がり、レバーの下へ噛み込んどった。
「おばはん。最近、何か踏んだか!」
「植木鉢を少し……」
かき消されそうな声、動揺した感じ、心当たりありそうやな。
「少しでこうはならんぞ!」
「物置も……少し」
魔女が窓から目を逸らした。
曲がった留め金を外す。
歩くたびに軸が回り、油のついた歯車が顔の前を通る。
止めるだけならできる。
問題は止める瞬間や。
「ミミック。脚が三本ついとるところで合図せえ」
『了解しました』
「リコ。曲がり角が近づいたら言え。そこではやらん」
下から返事が来た。
「まだまっすぐ!」
ワシはレバーに長いレンチを掛けた。
窓から魔女が心配そうに覗く。
「大丈夫?」
「落ちたらぐちゃぐちゃやな!」
「家が?」
「ワシがや」
この期に及んで家の心配しとる。
がしゃん。
脚が上がる。
『次です』
握り直す。
『今』
体重を掛けた。
レバーが下がり、太い音を立てて蒸気が噴いた。
家が前につんのめる。
ベルトが腰へ食い込み、台所で皿が割れた。
それきり、脚が動かなくなった。
土の上でリコが両手を上げた。
「止まった!」
ワシは手すりに額をつけ、息を吐いた。
「……キアヌ・リーブスになった気分や」
『船長はどちらかというと『スピード2』のジェイソン・パトリックですね』
「お前詳しいな」
*
制動弁の交換は、家を止めるより楽やった。
リコが小包を持って階段を上がってきた。
魔女も玄関から出てきて、ようやく同じ高さで顔を合わせた。
「この家、どこで買うたんや」
包みを開けながら聞く。
「中古なの。日当たりに合わせて家を動かせるのがよくて」
聞けば、ここで薬草を育てて暮らしているらしかった。
朝は畑の東側へ、昼は木陰へ。景色にも飽きないのだという。
ワシは古い弁を外した。
歪んだ継ぎ目を直し、新しい弁を収める。
最後に、手動レバーへ噛み込まんよう留め金の向きを変えた。
魔女が工具を覗き込んできた。
「それも直してくれるの?」
「同じ壊れ方されたら、今の仕事がアホみたいやろ」
動作を確かめる。
一歩進めて、止める。もう一歩進めて、止める。
止まるたびに、魔女が拍手した。
住宅に求める水準が低すぎる。
ワシは玄関へ戻り、小包の空箱を脇に置いた。
「ほれ。指定の場所や」
写真を撮る。
ようやく配達が終わった。
「本当に助かったわ。お茶でも飲んでいかない?」
「いらん。金をくれ」
魔女は素直に修理代を払った。
これなら最初から修理だけ請けたほうがよかった。
リコが家を見上げる。
「また動かすの?」
「もちろん。夕方は向こうの景色が綺麗なのよ」
ワシは工具をしまった。
「次は物置避けろ」
「気をつけるわ」
「植木鉢もや」
「それは、まあ」
この住所は覚えとこう、ブラックリスト入りや。
*
船へ戻り、操縦席に座った。
脛が痛い。腰も痛い。
玄関に荷物を置いただけで、こんなことになるか。
リコが窓へ張りついた。
「船長、家が手ぇ振ってる」
見れば、魔女が窓から手を振っていた。
《穴熊号》を離陸させる。
農園のドームが小さくなったところで、ミミックが告げた。
『お客様から評価が届きました』
「おう」
『修理には大変満足。ただし、到着が遅かったとのことです』
「あ? あのクソアマそっちが逃げ回ってたせいやろが、ミミック超ブラックリストに登録しとけ」




