↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/9

第2話 受取人は死んでいます


「ビスケット三枚」


 リコが指を立てた。


「なんの話や」

「お手伝いのお給料」

「先に食うた分を働け」

「あれ、お給料だったの?」

「厳密には横領やな」


 ワシは買ったばかりのパンを齧った。

 前払いの報酬は、食料と燃料に消えた。残り半分を受け取れば、しばらくは働かずに済む。

 そのために働いとる。非常に腹立たしい。


 操縦席の脇で、古びた丸時計がかちかち鳴っていた。

 安い木枠に、黄ばんだ文字盤。数字の八だけ、下の丸がやたらでかい。


「これ運ぶだけでええんやな」

『はい。受領確認後、残額が送金されます』

「よし。置いて帰る」

『対面での引き渡しが指定されています』

「面倒くさ。置き配にしとけや。昨今の物流業界は深刻な人手不足なんやぞ」

『宇宙空間での置き配は、投棄と区別がつきません』


     *


 配達先は、岩の塊にへばりついた一軒家やった。


 小さな透明のドーム。その中に家と畑と、どう見ても墓石が一つ。

 着岸用の通路を渡ると、玄関脇に「猛犬注意」の札があった。


「ワンちゃんどこ?」

「猛犬やぞ、噛まれても知らんで」


 庭の犬小屋から、骨だけの犬が出てきた。


「……噛むとこだけ残っとるな」


 そいつはワシの靴を嗅ごうとして、鼻のあった場所を押しつけた。

 何が分かるんや。


 呼び鈴を押す。

 奥で足音がして、扉が開いた。


 骨がおった。


 人間の骨格標本が、毛糸の上着と室内履きを身につけとる。片方の袖から、編み針が突き出していた。


「おや。配達の人?」

「家主は」

「私だよ」

「生きとるほうの」

「今は飼ってないねえ」


 後ろでリコが吹き出した。

 ワシは振り返った。すでに真顔に戻っていた。腹立つ。


「……丸時計のお届けや」

「ああ、やっと戻ってきた。上がって、上がって」


 骨の爺さんは扉を大きく開けた。


 台所には鍋。窓辺には鉢植え。椅子の背には編みかけの毛糸が掛かっていた。

 壁に一か所だけ、丸く色の薄いところがある。


 ワシは箱を机に置き、ステーションで借りた受領端末を出した。


「ここに手ぇ置いてくれ。それで終わりや」


 爺さんが骨の手を載せる。


 端末が鳴った。


《生命反応を確認できません》


 爺さんは手を裏返した。


《生命反応を確認できません》


「どっちも死んどるわ」


 爺さんは困ったように顎をかいた。かりかりと音がした。


「前の配達人も、それで持って帰っちゃってねえ」

「先に言えや」


 耳元でミミックが告げた。


『受領未確認。残額の送金は保留されています』


 ワシは端末を見た。

 爺さんを見た。

 もう一度、端末を見た。


「こいつに渡したらええんやろ」

『受取人は一致しています』

「なら払えや」

『生命反応が必要です』

「死体にも物欲はあるやろが」


 爺さんが深く頷いた。


「あるねえ」


 そこだけ参加すな。


     *


「死霊術を研究していてね。死んだあとも、まあ、続けていたんだよ」


 爺さんは茶を淹れながら言った。


「気づけば八十年だ」

「気づけ。節目いくらでもあったやろ」

「どうりで膝が痛まなくなったと思って」

「膝の肉ごとなくなっとるからな」


 目の前に湯呑みが置かれた。

 茶は普通やった。リコはもう飲んどる。毒見役の才能がある。


『指定された代理人による受け取りは可能です』


「それを早よ言え」

「じゃあ、あんたに頼もうか」


 爺さんがワシを指した。


『配送担当者本人による代理受取は認められません』

「なんでや」

『荷物を届けず、自分で受領を確定する不正を防ぐためです』


 ワシは口を閉じた。

 できるなら次からそうしようと思ったところやった。


「近所に生きとるやつおらんのか」

「三つ隣の小惑星に」

「遠いわ」

「去年まではいたんだけど」

「死んどるんかい」


 リコが湯呑みを置いた。


「わたしは?」


 ワシと爺さんがそっちを向く。


「わたし、荷物を受け取れる?」

『可能です。配送担当者としての登録はありません』

「……ほう」

『船長が船員として認めていませんので』


 初めて、こいつを乗せた意味が生まれた。


「よし、リコ。手ぇ出せ」


 リコは両手を背中へ回した。


「ビスケット三枚」

「一枚や」

「じゃあ、次の生きてる人を探そう」

「二枚」

「三枚」


 爺さんが、静かに茶をすすった。

 顎の下から全部こぼれた。


「……三枚や」


 リコが手を出した。

 端末に手のひらを当て、名前を入れる。爺さんが指定代理人の欄に署名した。


《受領を確認しました》


『残額の入金を確認』


 聞きたかった音が、ようやく聞けた。


 ワシは端末をしまい、リコに時計の箱を渡した。

 リコがそれを爺さんへ渡す。


「お届け物です」

「はい。どうもありがとう」


 半歩ぶんの距離に、ビスケットが三枚も取られた。


     *


 爺さんは梱包を解き、時計を持ち上げた。


 かち、かち、と小さく鳴る。

 裏蓋には、交換した歯車の入った袋と修理票が貼られていた。


「直したんか、それ」

「止まってしまってね」

「新品買うたほうが安いやろ。送料もかかるし」


 爺さんは、文字盤の大きな八を指でなぞった。


「この字、娘が書いたんだよ。私の誕生日に」


 よく見れば、数字の間隔もばらばらやった。

 六の下に薄く線が残っとる。七を書く場所がなくなって、消して詰めたんやろう。


「針まで作ると言ってね。厚紙で」

「そら曲がるわ」

「うん。三時になるたびに引っかかった」


 爺さんが笑った。

 骨でも笑うんやな、とワシは思った。見た目はずっと同じやのに、そう聞こえた。


 爺さんは壁に時計を掛けた。丸い跡へ、ぴたりと収まった。

 少し離れて見上げ、右へ傾け、また戻す。


「よし」


 ワシは空いた箱に、梱包材を押し込んだ。

 爺さんはまだ、時計を見とった。


「ほな、ワシらはこれで」


 玄関へ向かうと、爺さんが追ってきた。


「また何かあったら頼んでもいいかい」

「これ一回きりや」

「お茶だけでも」

「茶、飲めてへんかったやろ」

「淹れるのは好きなんだよ」


 ワシは返事に詰まって、靴を履き直した。


 リコが先に扉を開けた。

 骨の犬が待っとった。尻尾を振るたび、犬小屋の壁にこつこつ当たる。


「爺さん。犬、尻尾折れるで」

「ああ、またか」


 またなんか。


     *


 船に戻るなり、リコが手を出した。


 ワシはビスケットを三枚、載せた。

 リコはちゃんと三枚あるか数え、一枚を口に入れ、残りを布で包む。


「割に合わん仕事やった」

『収支は黒字です』

「精神の収支が赤字や」


 《穴熊号》がドックを離れる。

 家の前で、爺さんが手を振っていた。リコも窓に手を上げた。


「次も、死んでる人の家がいいね」

『葬儀業者として登録しますか』

「死者を配達する気はないぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。