第2話 受取人は死んでいます
「ビスケット三枚」
リコが指を立てた。
「なんの話や」
「お手伝いのお給料」
「先に食うた分を働け」
「あれ、お給料だったの?」
「厳密には横領やな」
ワシは買ったばかりのパンを齧った。
前払いの報酬は、食料と燃料に消えた。残り半分を受け取れば、しばらくは働かずに済む。
そのために働いとる。非常に腹立たしい。
操縦席の脇で、古びた丸時計がかちかち鳴っていた。
安い木枠に、黄ばんだ文字盤。数字の八だけ、下の丸がやたらでかい。
「これ運ぶだけでええんやな」
『はい。受領確認後、残額が送金されます』
「よし。置いて帰る」
『対面での引き渡しが指定されています』
「面倒くさ。置き配にしとけや。昨今の物流業界は深刻な人手不足なんやぞ」
『宇宙空間での置き配は、投棄と区別がつきません』
*
配達先は、岩の塊にへばりついた一軒家やった。
小さな透明のドーム。その中に家と畑と、どう見ても墓石が一つ。
着岸用の通路を渡ると、玄関脇に「猛犬注意」の札があった。
「ワンちゃんどこ?」
「猛犬やぞ、噛まれても知らんで」
庭の犬小屋から、骨だけの犬が出てきた。
「……噛むとこだけ残っとるな」
そいつはワシの靴を嗅ごうとして、鼻のあった場所を押しつけた。
何が分かるんや。
呼び鈴を押す。
奥で足音がして、扉が開いた。
骨がおった。
人間の骨格標本が、毛糸の上着と室内履きを身につけとる。片方の袖から、編み針が突き出していた。
「おや。配達の人?」
「家主は」
「私だよ」
「生きとるほうの」
「今は飼ってないねえ」
後ろでリコが吹き出した。
ワシは振り返った。すでに真顔に戻っていた。腹立つ。
「……丸時計のお届けや」
「ああ、やっと戻ってきた。上がって、上がって」
骨の爺さんは扉を大きく開けた。
台所には鍋。窓辺には鉢植え。椅子の背には編みかけの毛糸が掛かっていた。
壁に一か所だけ、丸く色の薄いところがある。
ワシは箱を机に置き、ステーションで借りた受領端末を出した。
「ここに手ぇ置いてくれ。それで終わりや」
爺さんが骨の手を載せる。
端末が鳴った。
《生命反応を確認できません》
爺さんは手を裏返した。
《生命反応を確認できません》
「どっちも死んどるわ」
爺さんは困ったように顎をかいた。かりかりと音がした。
「前の配達人も、それで持って帰っちゃってねえ」
「先に言えや」
耳元でミミックが告げた。
『受領未確認。残額の送金は保留されています』
ワシは端末を見た。
爺さんを見た。
もう一度、端末を見た。
「こいつに渡したらええんやろ」
『受取人は一致しています』
「なら払えや」
『生命反応が必要です』
「死体にも物欲はあるやろが」
爺さんが深く頷いた。
「あるねえ」
そこだけ参加すな。
*
「死霊術を研究していてね。死んだあとも、まあ、続けていたんだよ」
爺さんは茶を淹れながら言った。
「気づけば八十年だ」
「気づけ。節目いくらでもあったやろ」
「どうりで膝が痛まなくなったと思って」
「膝の肉ごとなくなっとるからな」
目の前に湯呑みが置かれた。
茶は普通やった。リコはもう飲んどる。毒見役の才能がある。
『指定された代理人による受け取りは可能です』
「それを早よ言え」
「じゃあ、あんたに頼もうか」
爺さんがワシを指した。
『配送担当者本人による代理受取は認められません』
「なんでや」
『荷物を届けず、自分で受領を確定する不正を防ぐためです』
ワシは口を閉じた。
できるなら次からそうしようと思ったところやった。
「近所に生きとるやつおらんのか」
「三つ隣の小惑星に」
「遠いわ」
「去年まではいたんだけど」
「死んどるんかい」
リコが湯呑みを置いた。
「わたしは?」
ワシと爺さんがそっちを向く。
「わたし、荷物を受け取れる?」
『可能です。配送担当者としての登録はありません』
「……ほう」
『船長が船員として認めていませんので』
初めて、こいつを乗せた意味が生まれた。
「よし、リコ。手ぇ出せ」
リコは両手を背中へ回した。
「ビスケット三枚」
「一枚や」
「じゃあ、次の生きてる人を探そう」
「二枚」
「三枚」
爺さんが、静かに茶をすすった。
顎の下から全部こぼれた。
「……三枚や」
リコが手を出した。
端末に手のひらを当て、名前を入れる。爺さんが指定代理人の欄に署名した。
《受領を確認しました》
『残額の入金を確認』
聞きたかった音が、ようやく聞けた。
ワシは端末をしまい、リコに時計の箱を渡した。
リコがそれを爺さんへ渡す。
「お届け物です」
「はい。どうもありがとう」
半歩ぶんの距離に、ビスケットが三枚も取られた。
*
爺さんは梱包を解き、時計を持ち上げた。
かち、かち、と小さく鳴る。
裏蓋には、交換した歯車の入った袋と修理票が貼られていた。
「直したんか、それ」
「止まってしまってね」
「新品買うたほうが安いやろ。送料もかかるし」
爺さんは、文字盤の大きな八を指でなぞった。
「この字、娘が書いたんだよ。私の誕生日に」
よく見れば、数字の間隔もばらばらやった。
六の下に薄く線が残っとる。七を書く場所がなくなって、消して詰めたんやろう。
「針まで作ると言ってね。厚紙で」
「そら曲がるわ」
「うん。三時になるたびに引っかかった」
爺さんが笑った。
骨でも笑うんやな、とワシは思った。見た目はずっと同じやのに、そう聞こえた。
爺さんは壁に時計を掛けた。丸い跡へ、ぴたりと収まった。
少し離れて見上げ、右へ傾け、また戻す。
「よし」
ワシは空いた箱に、梱包材を押し込んだ。
爺さんはまだ、時計を見とった。
「ほな、ワシらはこれで」
玄関へ向かうと、爺さんが追ってきた。
「また何かあったら頼んでもいいかい」
「これ一回きりや」
「お茶だけでも」
「茶、飲めてへんかったやろ」
「淹れるのは好きなんだよ」
ワシは返事に詰まって、靴を履き直した。
リコが先に扉を開けた。
骨の犬が待っとった。尻尾を振るたび、犬小屋の壁にこつこつ当たる。
「爺さん。犬、尻尾折れるで」
「ああ、またか」
またなんか。
*
船に戻るなり、リコが手を出した。
ワシはビスケットを三枚、載せた。
リコはちゃんと三枚あるか数え、一枚を口に入れ、残りを布で包む。
「割に合わん仕事やった」
『収支は黒字です』
「精神の収支が赤字や」
《穴熊号》がドックを離れる。
家の前で、爺さんが手を振っていた。リコも窓に手を上げた。
「次も、死んでる人の家がいいね」
『葬儀業者として登録しますか』
「死者を配達する気はないぞ」




