第9話 まだ誰も知らない歌
本作に登場するVtuber・事務所・団体は、すべて架空のものです。
翌日の昼。
俺とユイは、大学の学食で唐揚げ定食をつついていた。
「やっぱりここの唐揚げ、うまいな」
「でしょ? ハル、ちゃんとご飯食べないとダメだよ。最近バイト入れすぎ」
「妹にも同じこと言われた」
「ミオちゃんにも? ふふ、家族公認だね」
ユイは楽しそうに笑って、自分の唐揚げをひとつ、俺の皿に移した。
「はい、ひとつあげる」
「いいのか?」
「いいの。ハルが食べてるとこ見るの、好きだから」
「……変わった趣味だな」
「そ、そういう意味じゃなくて!」
ユイは慌ててお味噌汁をすすり、むせた。
「ごほっ、げほっ……」
「おい、大丈夫か」
「だ、大丈夫……」
最近、うちの周りではお味噌汁でむせるのが流行っているらしい。
◇
食べ終わってトレイを返しに行く途中。
ユイが、小さく鼻歌を歌っていた。
――ふふん、ふん、ふーん……。
聞いたことのない、きれいなメロディだった。
切なくて、でも、どこか温かい。
「それ、何の曲?」
「えっ」
ユイが、びくりと肩を跳ねさせた。
「な、なんでもない! 適当! 適当に歌ってただけ!」
「適当にしては、すごくいい曲だったけど」
「ほんとに適当なの! 忘れて!」
ユイは真っ赤な顔で、トレイを返却口に叩き込むように置いた。
ガシャン、と派手な音がして、食堂のおばちゃんに怒られていた。
……なんだったんだ、今の。
◇
その夜。
俺は、月島うたの配信の待機画面を開いていた。
今日の配信タイトルは――
『【初披露】オリジナル曲、はじめて歌います』。
SNSでも、数日前から告知されていた。
うたちゃんにとって、初めてのオリジナル曲だ。
『こんばんは、月島うたです』
配信が始まった。
いつもより、少しだけ声が硬い。緊張しているのが、画面越しにも伝わってくる。
『今日は、ずっと準備してきたオリジナル曲を、初めて歌います。作詞も、ちょっとだけ作曲も、自分でやりました。……まだ、誰にも聴かせてない歌です』
『楽しみ!』
『うたちゃん頑張れ!』
『待ってた』
『この歌は……ある人のことを想って、作りました。本当は、その人に一番に聴いてほしかったんだけど……恥ずかしいから、ここで歌います』
『Aくんのことでしょ』
『Aくんへのラブソングきた』
『ひ、秘密! じゃあ、歌います。聴いてください――「あと五分だけ」』
ピアノの前奏が流れ出す。
そして、うたちゃんの歌声が重なった。
――ふふん、ふん、ふーん……。
俺は、息をのんだ。
知っている。
このメロディを、俺は知っている。
今日の昼、学食で。
トレイを返しに行く途中で、ユイが口ずさんでいたメロディだ。
まだ、誰にも聴かせてない歌。
世界でまだ誰も知らないはずの歌を――ユイは、知っていた。
「……嘘だろ」
俺は、窓の外に目をやった。
俺の部屋の窓からは、隣のユイの家が見える。
ユイの部屋の窓には、カーテン越しに、ぼんやりと明かりが灯っていた。
俺はイヤホンを外して、そっと窓を開けた。
夜風と一緒に――かすかに、歌声が流れ込んでくる。
イヤホンから聞こえていたのと、まったく同じ歌声が。
窓の向こうから、少しだけ遅れて。
――ユイの家には、防音室がない。
だからユイは、毎晩こっそり、布団をかぶって歌っていたのかもしれない。
「幼なじみも……かよ……」
俺は、窓枠に額を押しつけた。
妹に続いて、幼なじみまで。
俺の推しは、どうしてこうも身近にいるんだ。
◇
歌が終わると、コメント欄が拍手の絵文字で埋め尽くされた。
『泣いた』
『神曲』
『Aくん、これ聴いてるかな』
『……聴いてたら、いいな』
小さく呟いたうたちゃんの声が、窓の向こうの声と重なった。
――聴いてます。
窓からも、イヤホンからも、ダブルで聴いてます。
俺は混乱した頭で、冷静に状況を整理しようとした。
月島うたは、ユイだ。
それは、もう間違いない。
じゃあ、うたちゃんの配信によく出てくる「幼なじみのAくん」は――
毎朝、起こしに行っている。
合鍵を預かっている。
推しの歌い手の「一生懸命なところ」が好き。
今日、学食で一緒に唐揚げ定食を食べた。
そして。
――A。相沢の、A。
「……俺じゃん」
Aくんは、俺だった。
お読みいただき、ありがとうございます!
ついにAくんの正体に気づいたハル。
……気づいた、はずなのですが。
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