第10話 片想いソングは誰のため
本作に登場するVtuber・事務所・団体は、すべて架空のものです。
Aくんは、俺だった。
その事実に気づいた俺は、ベッドの上で正座していた。
そして、深く、深く考えた。
月島うたの配信で語られる「Aくん」のエピソードは、全部俺のことだ。
寝坊も、味噌汁も、唐揚げ定食も。
そして、うたちゃんはAくんに片想いをしている――という設定になっている。
「……設定、だよな」
俺は、ひとりで頷いた。
考えてみれば当然だ。
「片想い系歌い手」というのは、Vtuberのキャラ付けとしてよくあるパターンだ。切ないラブソングを歌うなら、想いを寄せる相手がいたほうがリスナーも感情移入しやすい。
そして、その「相手役」のネタ元として、身近にいる手頃な男――つまり俺のエピソードを借りている。
なるほど。
筋が通っている。
「ユイのやつ、俺をネタにしてたのか……」
ミオといい、ユイといい、俺の周りの配信者は、どうしてこうも俺をネタにしたがるんだろう。
俺って、そんなに面白いか?
まあ、いい。
毎朝起こしてもらっている恩もある。ネタくらい、いくらでも提供してやろう。
「それにしても、片想いの演技、うまいよなぁ……」
あの「聴いてたら、いいな」なんて、本当に好きな人に向けて言っているようにしか聞こえなかった。
ユイには、歌だけじゃなくて演技の才能まであったらしい。
――俺は、何も知らなかったことにする。
ミオのときと同じだ。ユイが隠しているなら、俺が暴くわけにはいかない。
◇
ところが、それから数日後。
うたちゃんの配信の空気が、少しおかしくなった。
『Aくんとか作り話だろ』
『妄想乙』
『ラブソングのための設定でしょ。冷めるわ』
オリジナル曲が少しずつ話題になり、配信に新しい人が増えた。
それと一緒に、こういうコメントも増えていった。
『……そう、だよね。作り話だと思われても、しかたないよね』
うたちゃんは笑っていた。
でも、その声が少しだけ震えていたのを、俺は聞き逃さなかった。
『でも、Aくんは本当にいるんだよ。……いるんだけど、なぁ』
小さな、小さな呟き。
俺は、画面の前で拳を握った。
――いや、待て。
Aくんは本当にいる。俺だ。
片想いは設定かもしれないが、Aくんは実在する。
なのに、そのせいで、うたちゃんが嘘つき扱いされている。
コメントで「Aくんは実在します」と書くわけにはいかない。そんなことをしたら、俺がAくん本人だとバレてしまう。
じゃあ、どうする。
俺は、しばらく考えて――目覚まし時計を手に取った。
◇
翌朝、七時。
俺は、生まれて初めて、目覚まし一回で起きた。
顔を洗って、着替えて、玄関で靴を履く。
そして、そのまま隣の家のチャイムを押した。
「はーい……って、ハル!?」
ドアを開けたユイが、目をまん丸にした。
まだパジャマ姿で、髪には寝癖がついている。
「え、なんで? え、今、何時?」
「七時半」
「ハルが、七時半に、起きてる……?」
「たまには、俺が迎えに行こうと思って」
ユイは、しばらく口をぱくぱくさせていた。
それから、みるみる顔が真っ赤になっていく。
「ちょ、ちょっと待って! まだ着替えてない! 髪も! 五分! 五分だけ待って!」
「いつもと逆だな」
「うるさい!」
バタン、とドアが閉まる。
中から、どたばたと走り回る音が聞こえてきた。
五分後。
きっちりポニーテールを結び直したユイが、息を切らして出てきた。
「お、お待たせ」
「おう。行くか」
並んで歩き出す。
いつもの通学路。でも、今日はいつもより少しだけ、ユイとの距離が近い気がした。
「……ねえ、ハル。なんで急に?」
「なんとなく。いつも起こしてもらってばっかりだし」
「ふーん……」
ユイは前を向いたまま、小さく笑った。
「あと、最近ユイがよく口ずさんでる鼻歌。あれ、いい曲だよな」
「っ!?」
「ああいう曲、俺、好きだよ」
ユイが、電柱に激突しかけた。
「あ、危ないぞ」
「だ、誰のせいだと……っ」
ユイは真っ赤な顔で、俺の背中をばしばし叩いてきた。
照れ隠しにしては、けっこう痛い。
◇
その夜。
うたちゃんの配信は、始まってから五分間、ほとんど言葉になっていなかった。
『あのね、聞いて。今朝ね、Aくんが――Aくんが、先に起きてたの!』
『え』
『事件じゃん』
『Aくんが早起き!?』
『しかも、私のこと迎えに来てくれて! 私、パジャマのまま出ちゃって……もう、ほんと最悪……でも最高……』
『最悪で最高は草』
『Aくん成長したな』
『これは作り話じゃないわ』
『こんな具体的な作り話あるかよ』
『それでね、私がいつも鼻歌で歌ってる曲……あの曲、好きだって』
コメント欄が、爆発した。
『Aくん、それはもう告白では?』
『オリ曲聴いてるのでは?』
『いや気づいてないだろ、Aくんだぞ』
『Aくんの鈍さを信じろ』
うたちゃんは、配信の最後まで、ずっと嬉しそうに笑っていた。
昨日までのアンチコメントは、もうどこにも見当たらなかった。
「よし」
俺は、満足して頷いた。
Aくんは実在する。
これで、うたちゃんが嘘つき扱いされることはないだろう。
「それにしても、本当に演技がうまいな、ユイは。あんなに嬉しそうに、片想いの設定を演じきるなんて」
コメント欄の『Aくんの鈍さを信じろ』という一文が、なぜか妙に目に刺さった。
お読みいただき、ありがとうございます!
正体には気づくのに、好意にはまったく気づかない男、相沢ハル。
ユイの苦労は、まだまだ続きそうです。
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