第11話 閑話:月島うたは気づいてほしい
今回は、幼なじみ・ユイ視点の閑話です。
本作に登場するVtuber・事務所・団体は、すべて架空のものです。
――side ユイ
配信を終えて、私はヘッドセットを外した。
そのまま、ベッドに倒れ込む。
「……はぁぁぁ」
枕に顔を埋めて、足をばたばたさせた。
ハルが。
あのハルが、七時半に起きて、私を迎えに来た。
小学一年生のときから、ずっと私が起こしに行っていた。
十四年間。一度も、ハルが先に起きていたことなんてなかったのに。
「しかも、私の鼻歌、好きって……」
あの曲は、ハルのことを想って書いた歌だ。
毎朝「あと五分」と言うハルの寝顔を見ながら、ずっと考えていたことを、全部詰め込んだ。
――あと五分だけ このままでいさせて
――目を覚ましたら また幼なじみに戻るから
その歌を、ハルは「好きだ」と言った。
「……気づいてない、よね?」
気づいてない。絶対に気づいてない。
ハルは、そういう人だ。
◇
私がハルを好きになったのは、いつだったんだろう。
たぶん、小学二年生のとき。
音楽の授業で、ひとりずつ歌うテストがあった。緊張して声が裏返った私を、クラスの男子たちが笑った。
そのとき、ハルだけが言ってくれたのだ。
『ユイの歌、俺は好きだけどな』
それだけ。
ハルは覚えていないと思う。でも、私にとっては、それが全部の始まりだった。
それから、ずっと歌が好きになった。
ずっと、ハルのことが好きだった。
でも、言えなかった。
幼なじみという距離は、近すぎた。
告白して、もしダメだったら、毎朝起こしに行くことも、一緒に学校に行くことも、全部なくなってしまう。
だから、歌にした。
画面の向こうの、顔も知らない誰かに向けてなら、言える。
「幼なじみのAくんが好き」って。
――月島うたは、そうやって生まれた。
◇
ひとつだけ、困っていることがある。
ハルが、最近「推し」の話をするようになった。
『最近ハマってる歌い手の子がいてさ。月島うたっていうんだけど』
初めてそれを聞いたとき、心臓が止まるかと思った。
ハルが、私の配信を見ている。
私が毎晩「Aくん」の話をしているのを、本人が聞いている。
……でも、ハルは何も言わない。
いつも通り、「あと五分」と言って、唐揚げをおいしそうに食べている。
つまり、ハルは気づいていないのだ。
月島うたが私だということにも、Aくんが自分だということにも。
「……鈍すぎるよ、ハル」
ほっとしたような、がっかりしたような。
気づいてほしいような、絶対にバレたくないような。
この気持ちに、名前をつけるのは難しい。
◇
そういえば、ひとつ気になっていることがある。
ハルの家族は、みんなとても優しい。
おばさんは私の分まで朝ごはんを作ってくれるし、おじさんは無口だけど、いつも「……ユイちゃんも、よく来たな」と声をかけてくれる。カナさんはお姉ちゃんみたいだし、ミオちゃんは妹みたいだし、トメおばあちゃんはいつもお菓子をくれる。
ただ――夜八時になると、なぜか家じゅうの電気が一斉に消えるのだ。
私の部屋の窓からは、ハルの家がよく見える。
夜八時を過ぎると、リビングの明かりが消えて、ハルの部屋以外の窓が全部、真っ暗になる。
みんな、早寝なのかな。
健康的な家族だなぁ、と思う。
……防音室の窓は外から見えないから、と気づくのは、まだずっと先の話だ。
◇
ベッドから起き上がって、パソコンの画面をもう一度見た。
今日の配信のアーカイブ。
コメント欄をゆっくり遡っていく。
『Aくんの鈍さを信じろ』
「……信じたくないけど、信じちゃうなぁ」
苦笑して、さらにスクロールする。
すると、ひとつのコメントが目に留まった。
『オリ曲、すごくよかったです。一生懸命なところが、ちゃんと伝わってきました』
送り主の名前は――「通りすがりの苦学生」。
「この人、初配信のころから、ずっといてくれる人だ……」
――「一生懸命なところ」。
ハルが、朝に言っていたのと同じ言葉。
なんだか、胸のあたりが温かくなる。
「……あれ?」
ふと、首をかしげた。
この「通りすがりの苦学生」という名前。
どこか、別の場所でも見たことがある気がする。
たしか、最近ミオちゃんが――いや、ミオちゃんは関係ないか。
前にネットで話題になっていた、お嬢様Vtuberの切り抜き動画。そこで、真っ赤なスーパーチャットを投げていた人の名前が、たしか――
「……まさか、ね」
同じ名前の人なんて、きっとたくさんいる。
私は小さく首を振って、パソコンを閉じた。
明日も、七時半にハルを起こしに行かなきゃいけない。
――明日は、ハルが先に起きていませんように。
でも、ちょっとだけ、起きていてくれたらいいな。
そんな矛盾したことを考えながら、私は布団をかぶった。
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