第15話 関係者用サンプル
本作に登場するVtuber・事務所・団体は、すべて架空のものです。
土曜日の午後。
家にいたのは、俺ひとりだった。
父さんは「散歩」、母さんは「お友達とランチ」、ミオは「友達と勉強会」、ばあちゃんは「ゲートボール」。
姉ちゃんは、休日出勤だ。
――ピンポーン。
「宅配便でーす。相沢カナさん宛てのお荷物です」
玄関を開けると、配達員さんが大きめの段ボールを抱えていた。
「あ、姉宛てですね。受け取ります」
サインをして、段ボールを受け取る。
ずしりと重い。
うちの家族は、とにかく宅配便が多い。
ほぼ毎日、誰かしら宛てに何かが届く。中身を聞くと、全員が「最近、通販にハマってて」と答える。
家族そろって通販好きとは、平和な家庭だ。
段ボールをリビングに運ぼうとして――俺は、足を止めた。
段ボールの角が、配送中にぶつけたのか、大きく破れていた。
そして、その破れ目から、中身が少しだけ見えている。
透明なアクリル板。
その中に、銀の鎧と蒼いマントの――
「……団長?」
見間違えるはずがない。
騎士団長シルヴィアの、アクリルスタンドだった。
思わず、送り状を確認する。
差出人――『ルミナス・ライブ株式会社 グッズ制作部』。
品名――『3Dライブ記念グッズ 関係者用サンプル』。
「……関係者用、サンプル」
俺は、段ボールを抱えたまま、廊下に立ち尽くした。
ルミナス・ライブから。
姉ちゃん宛てに。
団長の、関係者用サンプルが。
――ガチャッ。
そのとき、玄関のドアが勢いよく開いた。
「ハル!? それ、私宛ての荷物!?」
息を切らした姉ちゃんが、飛び込んできた。
休日出勤のはずなのに、なぜかいつもより早い。というか、配送状況の通知を見て、飛んで帰ってきたとしか思えない速さだ。
「あ、ああ。今届いたけど。箱、破れてて……」
「見た!?」
「え?」
「中、見た!?」
姉ちゃんの目が、完全に据わっていた。
これは、答えを間違えると命が危ない目だ。
「……いや。見てない。破れてたから、中身が大丈夫か心配で」
「そ、そう! ならいいの!」
姉ちゃんは段ボールをひったくるように受け取ると、破れ目を手で必死に押さえた。
「こ、これね、会社の、その、取引先の荷物なの!」
「取引先?」
「そう! うちの商社、ルミナス・ライブさんと取引があってね! そこのグッズの……えっと、流通? 物流? そういうのを担当してて! それで、サンプルを確認する仕事があるの!」
「へえ、そうなんだ」
「そうなの! 仕事なの! 仕事だから!」
姉ちゃんは「仕事」を三回言った。
「ルミナスって、Vtuberの事務所だよな。姉ちゃん、Vtuberとか知ってるの?」
「し、知らない! 全然知らない! 仕事で扱ってるだけで、中身とかよく知らない!」
知らない人の反応速度ではなかった。
「じゃ、じゃあ私、部屋で確認作業するから!」
姉ちゃんは段ボールを抱えて、ものすごい勢いで階段を駆け上がっていった。
そして、自分の部屋ではなく――防音室のドアを開けて、中に消えた。
バタン。
俺は、ひとり玄関に取り残された。
「……確認作業を、防音室で?」
◇
その夜、九時。
俺は、震える指で団長の配信を開いた。
『騎士団諸君。今宵も集ってくれたこと、心から感謝する』
いつもの、凛々しい挨拶。
でも、今日は少しだけ声に疲れがにじんでいた。
『……今日は、少々肝を冷やす出来事があってな』
『どうしたの団長?』
『何があった?』
『3Dライブのグッズのサンプルが、実家に届いたのだが……箱が破れていて、危うく、我が弟に見られるところだったのだ』
『え』
『弟に見られたらバレる!?』
『団長、家族に隠してるの!?』
『う、うむ。我が騎士団長であることは、家族には秘密なのだ。特に、弟にはな』
コメント欄が、ざわつく。
『なんで隠すの?』
『弟くんに知られたら困ることでも?』
『……家での我の姿を、弟は知っているからな。その姿を知る者に、この姿を見られるのは……その、騎士として、たいへん恥ずかしいのだ』
『家でどんな姿なんだよw』
『ジャージでポテチとか?』
『団長の私生活気になる』
『ジ、ジャージなど着ておらぬ! 我は家でも鎧を着ておる!』
『嘘つけwww』
『家で鎧は重いだろ』
『……とにかく、弟は中身を見ていないと言っていた。弟は優しいから、嘘はつかぬ。だから、我の秘密はまだ守られている』
――見ました。
ばっちり、見ました。
『弟は「中身が大丈夫か心配で」と言ってくれてな……あやつは、本当によくできた弟なのだ』
俺は、ベッドに倒れ込んで、天井を見上げた。
グレーのジャージ。
ぼさぼさの髪。
ポテチと缶ビール。
そして、銀の鎧と、蒼いマント。
ふたつの姿が、頭の中でゆっくりと重なっていく。
「姉ちゃんが……二百万人の、騎士団長……」
妹、幼なじみに続いて、三人目。
しかも、今回はスケールが違う。業界トップクラスの企業勢だ。
「なんで……誰も……気づかないんだよ……」
いや、待て。
俺だって、今日まで気づかなかったんだ。毎日ビールを渡していたのに。
――そして、ふと思った。
姉ちゃんが団長なら、さっき廊下ですれ違ったときに言われた言葉も、意味が変わってくる。
『ハル、今日はありがとね。……ほんとに、いい弟だよ』
姉ちゃんは、俺が嘘をついたことに気づいていない。
俺が「見てない」と言ったのを、そのまま信じている。
「……いい弟、か」
なら、いい弟でいよう。
姉ちゃんの秘密は、俺が守る。
俺は、静かにそう決めた。
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