自己紹介
「せっかくなので自己紹介をしましょうか。これから短い間ですが、迷宮内を共にするのです。いわば私たちは一蓮托生。あなたが死んでも私は死なないですが、私が死ねばきっとあなたは殺されます」
「だろうな――」
顔色一つ変えず当然のことを言う片平に、俺は顔を引き攣らせながら頷いた。彼女に見捨てられればすぐにでも俺は死んでしまうほどか弱い命だからだ。
「私は片平弥生と言います。今は神戸魔法学院大学高等学校に通う学生探索者です」
魔法学院大学高等学校のことを俺は当然のように知っていた。
エルフが来て、人の間に魔法が浸透してから作られた魔法を学ぶための教育機関である。基本的に魔力を持つ者は通うことが義務付けられており、日本には全部で三校存在する。
もちろん探索者として技能も学ぶことができるようだ。
もちろん魔法学院大学も存在し、同じ敷地内に存在するが、そちらへの入学は義務付けられていないらしい。
民間人である俺には、あまり情報が入ってこないのだ。
「俺は鵲露だ。普通の学生だ。運悪く迷宮に取り込まれた」
「……アワワ……」
自分の紹介してほしいのか、横に歩いているジルダが俺の裾を引っ張った。
「この子はジルダだな。エルフらしい。さっき知り合った」
俺の知っている情報を伝えるけど、まだ出会ってから小一時間も経っていないので他に伝えられていることなどなかった。
「そのような関係には見えませんが。どうして一緒にいたのですか?」
片平は俺に対して訝しげだった。
まるで誘拐犯を見るような目をしている。
「どう言ったらいいのかな? 門震が起きて皆がパニックになっている時に、群衆にこの子が踏まれそうになっていたんだ。その時に守ったら一緒にダンジョンに吸い込まれた。それからこの有様さ」
俺は両手を上げて、やれやれ、としようとしたが、その片手はジルダに強く握られたままだった。俺達は手を繋いで片平の後を付いているのだ。
「なるほど。あなたの無償の行動がこの子からの信頼を得たということですね。それなら納得です。私から見ても、あなたは“無害そう”ですから」
「それはどうも……」
俺は片平に守られながらも、緊張しながら肩越しに先を見つめるのをやめはしない。そこにモンスターがいる可能性があるからだ。
「それでは鵲さん、この先にゴブリンが現れました。この災害に巻き込まれたあなたに一つ質問があります。あなたは本当に――魔力はないですか?」
刀を抜いている片平の周りに桜が散っていた。桃色の花弁だ。甘い匂いが漂う。幻想的に思えるほど、彼女は桜と似合っていた。
体を半身にして、俺にゴブリンを見せる。
先ほどであったゴブリンと似たような姿をしていたが、少し大きいように感じた。棍棒を肩に担ぎながらこちらをニタニタと見ている。すぐに走り出そうとしているのか、前傾姿勢になっていた。
「あるわけないだろう! 残念ながら無力な一般市民だよ!」
俺はジルダを後ろに隠してから、怯えたように言った。
それしか出来なかったからだ。せめてもの抵抗だ。
「なるほど。本当にそうみたいですね。試して申し訳ありませんでした――」
片平が刀を振るうと、俺達に見せていたゴブリンが桜の花と成って辺りに散らばった。その花弁はまるで霧になったかのように消えていく。まるでこれまで見ていたのが全て夢のように思えた。
「これは――?」
「私の“魔法”です。善良なあなただからこそ見せました。誰にも口外しないと約束してくれますか?」
「いいけど……」
俺は戸惑ったように頷いた。
「私の魔法は『夢幻桜花』です。幻を見せる魔法です。これからモンスターと戦う時、私はこの魔法を使って敵を惑わします。あなたは魔力を持っていないので魔法耐性が全く無いです。騙されないように気をつけて下さい。私にも、そしてモンスターにも――」
片平の厳しい言葉を俺は心に刻みつける。
さらに始めて見た魔法に感動しそうになっていた。
――魔法。現代においては限られた人物しか扱うことの出来ない超常の力であり、誰もが憧れるものだ。
俺もかつてはその力を望み、自分には扱えないことを悟った。
「分かった……」
口の中が乾いているように感じる。
かつては憧れたものだが、今では恐ろしいものだった。
なんせ探索者だけではなく、モンスターですらもこのような魔法を使うのだ。無防備な俺に使われたら、きっとすぐに死んでしまうだろう。先程のゴブリンが魔法を使えなくてよかったほどである。
「反応を見る限りジルダちゃんは――私の魔法を幻だと見抜いていましたね。“見てすらいません”でした」
片平は一般市民の俺よりも、エルフであるジルダの反応を見ていたらしい。
「……」
ジルダの様子は変わらないが、確かに先程はゴブリンを見ていなかったように思える。ずっと片平を注目していたのだ。この子の目には俺の目には見えていない“何か”を感じ取っているようだ。
「……何か見えるのか?」
「……魔法の“起こり”が見えた」
「起こり?」
「……ピンク色」
ジルダの答えに俺は分からない、と両手を上げていた。片平もジルダの言うことはあまり分からないようで、苦笑いのままだった。
それから何度かゴブリンと出会った。
いずれも前にいる片平が空間を埋めるように桜を生み出して、一瞬でゴブリンに距離を詰めてその首を掻っ切っていた。
「で、俺達は出口に向かっているのか?」
そんな戦闘を何度か繰り返してからモンスターがいない時に俺は片平へと質問をぶつける。
「そうですね。本当はその“つもり”でした――」
神妙な面持ちの片平。
「じゃあ今は違うのか?」
「はい。私が入った門は閉じられていました。きっと今はもっと遠くで作られているはずです。迷宮は成長しますから――」
現代に現れた迷宮は攻略さえされなければ、事件経過と共にその規模を増していく。入口は閉じて新しい場所に作られる。そして中はどんどん広くなり、吸収する物体や人も多くなるという。
ダンジョンを止めるためには、攻略するしかない。最奥にあるダンジョンコアを破壊するのだ。そうすることでダンジョンは成長を止めて、やがて崩壊する。その時に中にいた人は外に排出されるようだ。異界に取り残されることはないという。
「じゃあ俺達はどこに向かっているんだ?」
「今も探索者の誰かが攻略を目指して奥に向かっているでしょうから、私たちは新しく作られた入口のために外に向かっています。今も何かを吸い込んでいるでしょうが、探索者なら出ることも可能です」
「なるほど」
「安心して下さい。ここはゴブリンの巣です。ゴブリン程度に負ける探索者はいません。私もゴブリンなら簡単に対処できます。時間はかかりますが……鵲さんも、私が救ってみせます――」
力強く発言する片平に、俺も安心しきっていた。
ああ、これでやっと地上に戻れる、と。
――だが、眼の前に新たなモンスターが現れた。
これまでに見ていたゴブリンよりも大きなモンスターだった。二足歩行だ。筋肉隆々であり体の色まで一緒だが、どうにも様子が違うように思える。なにせ、手には丸太を削り出したような棍棒を持っているのだ。俺よりも太く、俺よりも長いだろう。
巨人、というのにふさわしいモンスターだった。
「……オーク?」
――オーク。
その名を俺も知っている。
ゴブリンよりも強いモンスターだ。
レベル4のモンスターであり、普通の探索者なら負ける可能性すらある敵だ。よくネットにおいても、オークを倒せるかどうかが一流の探索者か二流の探索者を分ける隔たり、と言われている。
現に足元には先程まで戦っていたであろう剣を持った探索者が二人ほど転がっていた。死闘の末に敗れたのだろうか。顔や身体が潰れている。
「勝てるのか!?」
「勝てません! まだ戦う相手では……! ここはゴブリンの巣ではないのですか? こんなモンスターがいるなんて!」
そんな俺達の驚きをよそに、オークはゴブリンと似たようにニタニタと笑っていた。
既に片平は桜を生み出している。だが、オークは桜に惑わされることはないようだ。桜を振り払うように棍棒を振り上げて力いっぱい地面を叩いた。大きなひび割れが生まれて、俺達はダンジョンの崩壊と共に下へと落ちていく。




