岩盤
エレベーターが進んでいる間も俺は注意していたが、誰も襲ってくることはなかった。黒スーツの魔法使いはもう数がないのか、それともトゥイグというエルフの男と『岩盤』がそのまま待ち構えているのか、どちらにしても――俺のすることは一つだった。
エレベーターが止まる。扉が開くと、広い廊下が広がっていた。どうやらこの階には幾つかの部屋があるようだが、扉と扉の感覚が広い。きっとそれぞれが大きな部屋なのだろう、と俺は思った。
どの部屋にジルダがいるかどうかは、俺の胸の中にいるあいつが教えてくれる。
俺はその扉の前に立つと、呼吸を整えた。
この先に『岩盤』がいる。今度は勝たなくてはいけない。そう思うと、緊張のあまり膝が笑い出した。だが、それでも俺はこの先に行かないといけない。そう思いながらドアノブに手をかけた時に異変を感じて、その場から飛ぶように離れた。
扉ごと、廊下へと飛び出たからだ。破壊されたのだ。周りの壁ごと扉の根本から外された。だが、その鉄の扉自体はそのまま形が残っていた。
コンクリートの煙が舞う。
そんな中から現れたのが、『岩盤』だった。
「――誰だ?」
そんな『岩盤』の問いに答えること無く、俺は全力で『世端』を振るって元いた部屋まで押し戻した。
「――ジルダ、そこにいるんだろう?」
俺は彼女がいるであろう部屋に足を踏み入れた。
「全く、人の部屋に勝手に入るとは、どんな教育を受けている猿なんだ――」
そんな俺を待ち受けていたのが、広いリビングのソファーでワインを飲んでいるトゥイグだった。
余裕そうな笑みを浮かべながら大口のワイングラスを片手で回している。ガラスのテーブルの上には赤ワインのボトルも置かれており、きっと高いものなのだろう、と俺は思ってしまった。
「――トゥイグ様、すぐに狼藉者を排除致します」
トゥイグの直ぐ側に移動した『岩盤』は、まるで俺から守るように前へと出ていた。
「そうだな。だが、『岩盤』殺すなよ? ちょうどいいと思っていたんだ。そいつにご執心のようだから、教育に使えるかもしれん――」
トゥイグは俺のことを見ずに、赤い雫がグラスの中で回るのをゆっくりと見つめている。まるで俺に興味がないようだった。もしくは、見下しているのか。以前に会った時と印象は変わらなかった。
「――おい、お前、さっさとジルダを返せよ」
俺はそんなトゥイグへ、『世端』で指さしながら言った。
この部屋にいるのは分かっている。
いや、少し奥だろうか。俺はジルダを閉じこめているそこを真っ直ぐに睨んだ。
「お前?」
トゥイグの声が低くなった。
まるで俺に見下されたことに怒っているようだった。
「トゥイグ様――」
「『岩盤』、少し変更だ。そいつは俺の部屋に無断で入り、更には身分も弁えていない猿以下の男だ。存分に痛めつけろ――」
「承知しました」
「……いや、待て。その“木の棒”には気をつけろ。俺の故郷のみに存在する世界樹だ」
トゥイグは、俺の持っている『世端』を睨んでいる。
どうやらこれが“世界樹”だと知っているようだ。少しだけ俺のアドバンテージが消えた。『世端』って見た目がただの木の棒だから、人相手だとあまり警戒されなかったんだよね。
「――承知しました」
そう言った『岩盤』ではなく、トゥイグへと向かって俺は飛びかかった。
だが、その一撃は『岩盤』の太い腕に防がれる。その腕は既に岩となっており、以前のように力強く、俺の攻撃ではびくともしなかった。
もう一方の腕で『岩盤』は俺を殴ろうとするが、すぐに防がれた腕を足蹴にして、その場から大きく距離を取った。
先程までいた壊された部屋の入口に俺は着地した。
『岩盤』の大ぶりの腕が、空を鋭く切った。
「前は負けたが、今回は“こいつ”があるんだ。以前までの俺と一緒だと思うなよ!」
「“一般魔法使い”らしい言葉だな――」
俺の威勢に、トゥイグは見下しながら言った。
そんなトゥイグの言葉に同意するように微かに頷いた『岩盤』は、俺へと真っ直ぐ突っ込んできた。その道中にあった一人用のソファーも踏み潰しながら。
俺へと拳を振るった。軽いジャブだ。それを後ろへと下がりながら『世端』で受けたが、その威力はジャブではない。先程の黒服や俺の全力の一撃でも、中々出ないだろう。
俺は後ろに大きく吹っ飛んで、コンクリートの壁を破壊しながら別の部屋へと到着した。
そんな俺に『岩盤』は間髪入れず距離を詰めてきた。
拳を振り上げてから、上から下へと単純なテレフォンパンチ。俺はそれを後ろに下がって避けるが、どうやら狙いは俺ではなかったようだ。床だ。大きな神童とともに、その部屋全ての床が割れて崩れた。
俺達は共に下のフロアへと落ちる。コンクリートの瓦礫と共に俺は下の客室へと着いた。そんな俺を上から狙うように両手を握って拳を振り下げる。大きなハンマーのようだ。流石に『世端』であってもそれには勝てないと悟ったため、後ろへ下がってから着地した『岩盤』へと『世端』を振り下ろす。
今度の『岩盤』は防ぎもせずに頭で受けた。岩となった頭ならダメージがないと思ったのだろう。
「しっ――」
だが、俺は『世端』により強く魔力を込めた。『世端』の魔力と、俺の、魔力が絡み合い、相乗効果を生む。俺の一撃は、『岩盤』の頭を下にずらした。
「ぬっ――」
信じられない一撃を食らった『岩盤』は、驚いたように声を漏らした。
そのまま『世端』で払うかのように横に振るうが、それは盾のように腕で防がれれた。更に丁寧にも、もう一方の手を添えて決して力負けしないようにしている。
「ちっ――」
「――今、この瞬間、少年を私の敵だと認めよう」
『岩盤』の雰囲気が変わった。




