岩盤Ⅱ
腕で押し返された俺は、更に力を込めて『世端』を構えた。
『岩盤』の拳が、俺を狙っていたからだ。だが、それは防ぎきれず、顔に『世端』ごと当たり、俺は壁を壊して隣の部屋まで来た。
「……どういうことだよ?」
俺は、立ち上がりながら言った。
「申し訳ないが、私は雑魚相手に本気を出す気はなくてね。大抵の“一般魔法使い”程度なら、魔法を使えばそれだけで勝てるのだよ――」
男の体がより大きく、岩から“岩盤”へと変わっていく。
魔法の層を分厚くしているのだ。
「あの、黒スーツどもなら、ということかよ?」
「そうだ。君でも勝てたような魔法使いさ。どうにも探索者にもなれず、研究者にもなれず、一般魔法を、それも『強化』しか使えない落ちこぼれは、あのように荒事で金を稼ぐようになる。魔法使いの中なら落ちこぼれでも、『強化』を使えれば一般人をはるかに超える力を得られるのは、君も知っているだろう?」
俺は思わず頷きそうになったが、油断せずに『世端』を構える。
犯罪を行う魔法使いについては知っている。現代でもよく問題になっているからだ。俺も感じたことだが、魔力を得ると普通の人間ではない、ということでどうしても全能感を味わってしまうのだ。
それをいい方向ではなく、悪い方向に使う者もいる。
一時期、魔法使いによる強盗などが増えたことがあったのだ。
今では警察内部にも魔法使いがいて、彼らが魔法を使う犯罪者を取り締まることで犯罪者の数は明らかに減った。
だが、それでも魔法を悪用するものはいる。
私利私欲のために使う者も。
その中でも質が低い魔法使いのことを、『岩盤』は揶揄しているのだろう。
「で、俺をそんな魔法使いだと思っていたのか?」
「ああ、そうだ。だが、どうやら君は『強化』しか使えないが、ちゃんと“牙”を研いでいる立派な魔法使いのようだ。だから、私の魔法『『鎧岩』で、全力で潰してやろう――」
『岩盤』の雰囲気が変わった。
鎧が、岩として完成したのだ。彼の体が太くなっている。まるで重戦車だ。そのような雰囲気がある。足を踏みしめるだけで、床が響き、壁まで振動する。
それが奴の魔法なのだろう。
『鎧岩』なのだろう。
奴の殺気が、俺に伝わる。
だからこそ、俺は『世端』を構えた。体の扱い方は知っていても、武器の扱い方は知らないから見様見真似で正眼の構えだけだ。剣道を見て知った。
「潰せるか?」
俺は、気を引き締めた。
瞬間、『岩盤』が突っ込んできた。奴の拳が俺の眼前に迫っていた。俺は反射的に『世端』でまた防ぐが、その威力は防ぎきれなかった。またしても、壁を壊し、別の部屋に行く。だが、たった一つの壁ではなく、二つも壊した。そうして、遠くの部屋まで着たのだ。作りは変わらない広い部屋だ。窓の外に見える青空が、やけに鮮やかに感じた。
「潰せるさ。その先は、外だぞ――」
『岩盤』が、再度突っ込んできた。
だが、俺は避けなかった。『岩盤』の攻撃に真正面から立ち向かうように、もう一度『世端』を正眼に構えた。
そんな俺に同じように『岩盤』は突っ込んできた。することは変わらない。右手を振り上げて、着いてくるだけだ。だが、そのスピードが圧倒的だ。力も当然ながら。そして並の魔法なら、攻撃なら、きっとあの鎧のような『岩盤』の肉体には通じなどしない。
どれだけ魔力を込めた『世端』であっても。俺の攻撃力はたかが知れている。奴の防御力を突破することはできないだろう。
でも、俺も『世端』を振るい、『岩盤』はそんな俺の攻撃に拳を合わせる。
そう突破が――不可能だと俺にも分かっているからこそ、『岩盤』は口元が少しだけ嗤ったのだろう。
「――知っているさ」
こんなにも作戦通り行くなんて、と俺も嗤った。
奴の拳が『世端』に当たったと同時に俺は流した魔力を解放させた。だが、それは『世端』の攻撃力を上げるためではなく、“成長”させるために使う。
俺の『世端』は蛇のように一気に伸びる。それは『岩盤』の右手に絡みつく。
「なっ――」
『岩盤』の焦りが口に漏れた。
俺は『岩盤』の拳の衝撃を殺しきれず足が地面から吹っ飛ばされそうになるが、『世端』が奴の拳に絡みついているので留まることが出来た。そのまま『世端』の成長が止まることはなく、『岩盤』の体全てに絡みついていく。そして伸びるに連れて『世端』は太くなり、一つの大木のように『岩盤』の『鎧岩』ごと埋め尽くした。
「――口は塞いだが、鼻は開けといた。お前なら死ぬことはないと思うぜ」
俺は勝ち誇った顔をする。
そんな俺を見た『岩盤』は必死の形相で口から空気を漏らしながら全身に力を込めるが、『世端』が、世界樹が千切れることなどない。
事前に知っていたことだった。
なにせ、どれだけ『岩盤』の拳を受けても『世端』が折れることがなかったからだ。それだけではなく、レベル6のモンスターであるミノタウロスの攻撃を受けても『世端』が折れることはなかった。きっと生半可は攻撃では、『世端』を折ることは難しいのだろう。
というよりも、俺としては折れる場面を今のところ見たことがなかった。
「ふーっ! ふーっ!」
血走った目の『岩盤』が徐々に膨れ上がっていくが、俺の手から離れた『世端』は未だにその形を保っている。
だが、千切れる可能性もあるため、俺は少し後ろに下がって助走をつける。
「――お前は邪魔だ。飛んどけ」
俺は全力で『岩盤』へと後ろ蹴りを放った。
『岩盤』は窓ガラスを割って、空中に蹴り出された。そのまま自然落下し、大きな音を立てた。
俺は『岩盤』が消えた先にはもう興味がなかったので、ジルダの気配を感じる上を見る。
早く行かないと――。
だが、敵はきっと『岩盤』よりも魔法を使いこうなすであろうエルフだ。
勝って兜の緒を締めるごとく、俺はもう一度小さな枝から木の棒――『世端』を作る。先程『岩盤』を包みこんだ世界樹から、枝を少しだけ取っておいたのだ。
ようやく世界樹の扱いが分かってきた頃だった。
俺が奴に勝つには、この力を使いこなせる以外に手段はない。『強化』は既に頭打ちであり、これ以上鍛えようと思えば、地道な特訓が必要になるだろう。他の一般魔法は使える気がしない。固有魔法を俺は持っていない。
だから、この力の使い道のみが、トゥイグに勝つための秘策だった。
それが上手く行ったことに、俺はどうにもニヤケが止まらなかった。




