一人ぼっち
私はどうしても、あの温かさが欲しくて、あれから何回も、何十回も、親子に近づこうとしたが、誰もが私が近づくと、その場から離れていった。それはあの親子であっても、他の親子であっても同じだった。
私が出会った全ての親子は、私が欲しいほどの“温かさ”があったのに、誰も私に与えてくれる者はなかった。
後に、その理由を侍女たちが小声で話していたのを聞くことになる。
「あの子、何を求めているのかしら? 友達?」
「そうじゃないの。でも、誰も近づかないでしょ。いつ“あれ”が出てくるか分からないもの。本当に恐ろしいわ」
「私たちだって恐ろしいのに、小さい子を抱える親なら尚更よ。大切な我が子を近づけるわけにはいかないわ。何かの拍子に目覚めたら家の責任にもなっちゃうから」
どうやら親子達が私からすぐに離れるのは、自分の身を守るためのようだった。
どれだけ私は恐ろしい存在なのだろうか。
この時に私は自分の事が“化物”なのだと理解した。少し歯車が狂えば、人どころか世界すらも壊しかねない“化物”を体に宿している。そのせいで、一人ぼっち、なのだと考えた。
それから私は外に出ることすらしなかった。
無駄だと思ったからだ。それだけではなく、外に出たほうが他の者に迷惑がかかると思ったからだ。私に望まれている役割は“これ”を宿したまま、日々平穏に過ごすこと。
何も求めず、何も考えず、氷のように生きることが私の使命だと思った。
それからの日々は、とても平穏だった。
決まった時間に侍女やソフィーが来て食事を持ってくる。あとは書物を読むか、一日をぼーっとして過ごすのだ。以前と同じに戻っただけだ。時には窓から見える外を眺めながら、様々なことを考えるだけだ。
でも、その中で考えることは、私自身のことであった。
もしも――もしも私に父と母がいればどうなったのだろうか、ということだ。
私が何度も見た親子のように私を温かく見守ってくれたのだろうか。一緒に花の冠を作ってくれたのだろうか。そんな未来があったのだろうか。
だが、私には分からなかった。
父と母が、私に“これ”を継がせたからだ。
どうして父と母は私に“これ”を宿したのだろうか。何か意味があったのだろうか。もしかして父と母は私が嫌いで、このようなことをしたのだろうか。そんな考えが頭の中で堂々巡りしてしまうのだ。
どうしても嫌な方ばかりに考えが寄ってしまう。
そんなことを考えていると、余計に私の心は冷えていった。
だけど、私が知らない父と母の願いに答えるしか、それに縋るしか私にはなかったのだ。
だから私はより心を冷たくして、氷のように“これ”を抱えることになった。より平坦な日々を過ごすことによって、心に平穏を保とうとしたのである。
それから長い時が経った時に、私の生活は一変した。
私たち『白き命の木の民』は敵に負けて、世界樹も殆ど燃やされたので、異世界へと逃げたのである。
――地球だった。
だけど、私の役割も生家地も何も変わらなかった。
あいも変わらず、用意された邸宅にずっといるのだ。もう外へのあこがれはなかった。誰も私に“温かさ”を与えてくれないことを理解していたからだ。
けれども、地球に来たことで、私は一つだけ自分を慰めることが増えた。
――テレビだ。ネットだ。元の世界よりも遥かに多くの書物だ。それらによって、私は温かい家庭というのをより具体的に知ることが出来た。
家庭の形というのも数多くあることを知った。
薄い板の中では、多くの“物語”が語られていたのだ。
小さな子と大人が互いに課題を抱えながらも一つの家族として暮らすもの、男女が出会い子を授かるもの、もちろん男女の恋物語さえもあった。それらを見ることで、私には程遠いものであるが、少しだけ自分を慰めることができたのである。
そんな中私の生活はとは違い、外は目まぐるしく変化していた。私たち『白き命の木の民』も自らをエルフという名に変えて、人の社会でエルフという特権階級になった。どうやらその要因に一つにこの世界でもダンジョンが出現し、モンスターに対処しなければならなくなった、というのもあるだろう。
モンスターは魔法でしか倒せない。エルフにすら通用する重火器であっても、モンスターにはまったく通用しないのだ。
だから人も、魔法を学ばないといけなくなった。それにエルフが協力したのである。
ずっと鳥かごの中の小鳥だった私に転機が訪れたのは、地球に来てから数十年経ってからだった。
ひょんなことから外に出かける機会が訪れたのである。
理由としては、“これ”が出現した、との情報があったからだ。
いや、実際には“これ”ではなく、それに似たような“何か”だった。私たちエルフであっても、“これ”について知ることは少ない。
私が知っていることと言えば、その魔法は、重力を操る、と言われていることだけだ。だが、それすらも多くのエルフは秘匿し、新しい世代のエルフ達には伝えていないようだ。
そんな重力の変化が大阪に出現したダンジョンであった、という話があった。
私の父母が封印した“これ”は、私の中に封じられている。それは間違いない。今も私は“こいつ”を感じている。“これ”が体内にいるからこそ、私は誰とも関わらずに一人で閉じこもっているのだ。
迷惑だから。
誰もが怖がるから。
私は危ない存在だから。
それなのに、私以外に“これ”があるなんて、私には信じられなかった。従者となったソフィーに聞いても、返答は帰ってこなかった。“これ”とエルフの戦いの後に生まれたソフィーは、確かに“これ”について調べてくれたけど、私の中にいるという情報以外知らなかったからである。
他の人に聞いても同じだった。
だから私は初めて憤りを抱いたまま、大阪へと向かった。
だけど、結果は不発。
何故なら既にダンジョンは攻略されており、現場においても重力の変化はなかった。私の中の“これ”と似たような気配も、この場には残されていなかった。
エルフ達は私が危険だと知っているため、あまり私の事を知らない人たちが大勢護衛についたが、彼らは事前に何か言われていたのか、私に近づくことはなかった。
大阪でも、梅田、と呼ばれる場所は人が多かった。
男、女、おばあちゃん、母と娘、カップル、おじいちゃん、若い人、それだけではなく、私の周りには黒スーツを着た大人たちがいて、とても人の集団から浮いていた。
そんな中でも――私は、一人だった。
多くの人達がなにかの集団に属し、孤独を抱えていない中で、私は世界に取り残されたように感じていた。エルフと人という違いもある。彼らとは姿形も違い、話すこともなかった。
以前に憧れた親子にも、今となっては見て見ぬふりをすることが出来た。
手を伸ばしても意味ないから。私が欲しがっても、私の母にはなってくれないから。子どもも私の友達にはなってくれないから。
だけど、どうしても人を見てしまう。
珍しいからだろうか。私はあまり他人というものを見るような機会がなかった。会うとすれば見知った侍女か、ソフィーのような従者だけ。彼女たちは常に嫌そうな顔をしているか無表情かのどちらかだけである。私に笑顔を見せることは殆どなかった。
そんな中、繁華街を歩いている人たちは、確かにイヤホンを付けたまま一人で無表情の人もいたけれど、多くの人達は誰かと歩いていてとても笑顔のように見えてしまった。だけどそれを向けている相手は私ではなく、隣にいる誰かである。
その顔を見ていても、やはり私は一人だと自覚してしまった。
けれどももう淋しいという気持ちはなかった。そんなことさえも凍りついてしまった。私にあるのは今ある状況をただ受け入れるだけだった。
私は多くの人の中にこちらを見ている人を何人か見つけ、その中に冴えない青年がいた。きっと私がエルフで長耳だから、物珍しげに見ているのだろう、と思ってしまう。他の人達も私を見世物パンダのように見ているのだ。
――そんな時だった。
私たちの歩いている陸橋が大きく揺れたのは。




