ダンジョンⅡ
迷宮の中は薄暗い。まるで遠くを見通せないためにわざとそうしているかのように感じる。この中ではきっと人飲めよりも、夜目の効くモンスターの方が有利だろう。
未だにモンスターと出会わない。人の気配も感じない。果てしなく道が続くだけ。それも一本道だ。分かれ道など一つとして出会わなかった。
やがて黒い影の中から直角の曲道が現れた。
その先から音がする。
俺は音が聞こえる場所に頭だけを覗き込むと、出会ったのは絶望的な光景だった。
子鬼が、ゴブリンが、そこにはいた。顔はとても醜かった。魚のように突出した大きな目。豚のような鼻。コウモリのような鋭い歯。エルフと同じく耳が長く、頭には髪一つ生えていなかった。
さらに緑色の体表をしており、体には襤褸布の腰巻しか巻いていなかった。手には木で作られて棍棒を持っていた。
人と似た姿でありながら、小学生ぐらいの身長と太く発達した四肢が別の生物なのだとわからされる。
そんなゴブリンが一体いるのだが、持っている棍棒は赤く濡れていた。
血だ。
その証拠に近くには倒れている大人たちがいた。一人はネイビーのスーツを来たサラリーマンだったが、その頭部はなく赤く染まっている。次にいたのはジーパンとシャツの金髪の女性だったが上半身と下半身が別れていた。その他にも何人かの人が倒れていた。その全てが息絶えている、と言ってもいいだろう。
「見ちゃ駄目だ――」
俺はその場を無垢にも眺めようとしていたジルダの目を両手で閉ざすように隠した。まだ幼き少女である彼女には刺激的だと思ったのだ。
「そう……」
納得したようで、彼女は大人しく俺の手に小さな手を当てていた。
そんなゴブリンから身を隠すように、俺達は息を潜めて道の壁に隠れる。曲がり角の先では人を殺したゴブリンがのそのそと辺りを鼻を鳴らしながら歩いている。まるで何かを探しているようだ。
「……フゴッ」
「ひいっ!」
人の悲鳴が聞こえた。
どうやら俺が死んだと思っていた人の中に、まだ生きていた人がいたようだ。男性の声だったと思う。きっとモンスターから身を隠すために死んだふりをしていたようだ。
だが、結局、見つかってしまった。
大きな悲鳴とともに、鈍い音が聞こえる。見ていないけど、棍棒で頭を潰されたのだと分かった。まるですいかが割れるような音が聞こえていた。
それからゴブリンはどこかに行ってしまった。初めてそこで、俺は一息ついてその場に座り込むことができた。
死んだのだ。
あの男は。
自分のすぐ近くで。
そんな事実が俺の動悸を激しくさせる。まるで心臓がドラムのように大きな音を叩いているようだった。この音によってゴブリンに見つかるかもしれない、と俺は顔を青ざめている。
もしも見つかれば、脆弱な人間である俺ならすぐに死んでしまうだろう。抵抗など出来ない。あの棍棒で嬲り殺されるのだ。逆はない。俺は魔力を持っていないからだ。
本来なら、ダンジョンに来るべき人間ではないのだ。
ここは、死地だ。いや、俺の墓地かも知れない。やつらに八つ裂きにされるためだけに落とされた“贄”なのだと思っている。
歯がガチガチと鳴りそうだ。
だが、小さな子どもの前でそんな恐怖を表現するわけにはいかない。この子が混乱するかも知らないからだ。
俺はジルダを優しく抱きしめながら、歯を食い縛って死が隣にあるという恐怖から耐えた。
それから暫く経ってジルダが口を開いた。
「……私に優しくしても無駄だよ」
ジルダは先程までと同じく、冷めた声で言った。
「……何がだ?」
「……私、エルフなのに魔力が無い。だからあなたを守ることは出来ない。ここで捨ててもいいよ?」
まるで氷のように彼女の声が耳に聞こえる。
「別にそんなの気にしなくていい。俺のような大人はな、子供を守るものなんだ。だからジルダは俺が守るよ――」
俺は力のない声で言った。
本当ならこんなのを約束するようなものではない。俺は魔力を持っている“ヒーロー”ではないのだ。早く俺達を助けてくれる探索者の誰かが現れてほしい。
と言っても、俺もまだ16歳で世間から見たら子どもなんだけど。
「……分かった。これから、どうするの?」
「どうするって――」
俺はこれまで進んできた道を振り返った。
行き止まりの壁しかなかった。あそこに戻っても、いつかランダムに来るだろう。モンスターに袋小路にされてこの先の人たちと同じ目にある可能性の方が高い。
となれば、先に進んで救助か攻略を行っている探索者に出会うか、自力で脱出するしかないだろう。
「――先に行こう」
「分かった……」
俺の決意の言葉に、ジルダが小さく頷いた。
――ああ、力が欲しい。
魔力さえあればこの子を救えて、俺も地上に戻れるのに。
そんなことを考えながら、スマホのメッセージを思い出して早く地上に戻らないと、と強く思った。




