ダンジョン
目が覚めると、景色が一変していた。
ここは都会の陸橋ではなく、洞窟のような場所だった。周りを岩壁に囲まれており、天井がぼやっと薄暗く光っている。
――ダンジョンだ、とすぐに気づいた。
辺りを見渡してみると、先程の銀髪のエルフの少女が近くにいた。彼女も気を失ったようで、穏やかな寝息を立てている。
「ここがダンジョンなのか――?」
俺は知識だけで、ここがダンジョンという死地だと思った。
空気がピリついているように思える。特にダンジョンは魔力で満ちているらしく、魔力を持っていない常人にとってはなれない環境だ。
どこか頭がぼーっとする気がする。
俺は暗闇の先を見つけた。
未だにモンスターが現れる様子はない。
そんな時、一縷の希望をかけてポケットからスマホを取り出した。外界と連絡が繋がれば探索者が助けに来てくれる、と思ったのだ。
だけどスマホは圏外。どこにも連絡することなどできない。新しい通知は一件だけ。
――お母さんが急変したって。
妹からのメッセージだけだった。
「……ダンジョンです」
俺がスマホを凝視している間に、エルフの少女も目を覚ましたみたいだ。いつの間にか背筋がピンと伸びている。あひるのように座り、金色の瞳で先の道を眺めていた。
「そうみたいだな。体は大丈夫か? 怪我などはないか?」
俺がスマホをポケットにしまって聞くと、彼女は白いワンピースを来たまま微動だにしていなかった。
彼女があまりにも生気が薄いように思えたので、まだ動揺しているのかと思った。表情に生気が感じられないからだろうか。まるで人というよりも植物のように思ってしまうという奇妙な感覚に陥ってしまう。
「……大丈夫」
「それはよかった。どうやらここは迷宮みたいだぞ。大人たちが誰もいないみたいだ。ひとまずは待機だろうな。誰か探索者が助けに来るだろう」
「そう……」
それから俺はその場にあぐらを書いて座りながら座ったが、彼女もその場に大人しく座っているだけだった。先ほど目を覚ましてから殆ど体を動かしていなかった。
「そう言えば、俺は鵲露って言うんだけど、君の名前はなんて言うんだ?」
「……私はジルダ」
「おお、いい名前だな!」
「……ありがと」
ジルダは瞬き一つしていなかった。
「実は俺は迷宮に来るのは初めてなんだ」
「……私も初めて」
会話が続かない、と俺は顔がひきつってしまった。
だけど、もしかしたら急に迷宮に来たことで恐怖のあまり動揺してしまっているのかも知れない、と考えてしまった。狂乱している大人たちに何度も蹴られて、踏まれそうにもなっていたから、それも理由の一因だろう、と。
一方の俺は恐怖に蝕まれながらも、一緒にいる小さなジルダのお陰で冷静を保っていた。もしもこの状況で一人なら恐怖のあまり発狂していたかもしれない。魔力を持っていない俺にとって、迷宮という場所は猛獣の檻の中に銃なしで入れられた一般人と同じだ。
だとしても、ここに待機するしか選択肢はなかった。後ろは壁。左右も壁。道は先へと続くところだ。
先へ進んでもモンスターしかいない事実を考えると、この場に留まって探索者の救助を待つのが最善に思えた。
実際に学校などでも門震に出会ってダンジョンに吸い込まれた際は、モンスターなどに出会わないように隠れて待機して、探索者を待つように、と教えられる。吸い込まれた場所はダンジョンにおいても入口に当たるので、探索者と出会う可能性が高いからだ。
「それにしてもダンジョンに落ちたとしても、入口は閉ざされているんだな。こちら側には何もない」
俺は立ち上がって後ろの壁を触っていた。記憶はないけどここから来たはずなのに、その痕跡が一つして残されていないからだ。
一般高校生である俺はダンジョンに関する教育をあまり受けていないので詳しいことはあまり知らないのだ。
「……来たのはそこじゃないと思う。多分……上」
振り返るとジルダちゃんが天井を指差していた。
他の天井と違いがないように思えたが、少しだけ、窪んでいるように見える。どうやらここから落ちてきたらしい。
「よく知っているな」
俺は思わず褒めるようにジルダの頭を子どものように撫でた。ジルダは目を細めて動かなかった。
でも、この子は耳が長いからきっと“エルフ”なんだよな。俺とは違って魔力を持っている。だから迷宮についての教育も受けたのだろう、と納得した。
――そんな時、遠くから爆発音が聞こえた。
誰かと何かが戦闘しているのだろう。もしかしたらそこに探索者がいるかも知れない。
俺が期待したような眼差しで見据えていると、「……行くの?」とジルダが声を賭けてきたので、俺は頷いた。
「ああ、行ってみるか。保護が受けられるかもしれない」
ジルダと二人で並んで俺は先へと進みだした。




