プロローグⅡ
「おいおい、おいおいっ!」
「なになにっ! 地震っ!」
「めちゃくちゃ揺れてるんだけどっ!」
最初は俺も地震かと思った。
地面が揺れることなどそう多くはない。この様子だと震度5以上は揺れているだろう。
だけど、皆が思い出したことがあった。
多くの地震の前には、地震速報があるのだ。それに小さな揺れがあってから、大きな揺れが起こる。
しかし、今回の揺れにはそれがない。
俺も含めた皆の頭に、この揺れの正体が頭に生まれた。
――門震だ。
異世界への門が開く。
町中に設置されたブザーがけたたましく鳴り響いた。
『門震が発生しました。門が開きます。ダンジョンの可能性があります。市民の皆様、今すぐにこの場から離れて下さい』
機械的な女性の声が町に響く。それも誰もが持っているスマートフォンから断続的に聞こえるのだ。地震速報ではなく、門震速報としても機能している。
門震が世界に広がってから、すぐに対処方がエルフより公開された。
まずは門に落ちないようにその場から離れること。門が開く前兆として、揺れの他に空間に“歪み”が生まれるのだ。近くにいたものは吸い込まれて、ダンジョンに落ちることになる。
今回の“歪み”は、俺のすぐ前、陸橋の中心に生まれた。
まるで空間がひび割れるような音が聞こえる。そのけたたましい音に鼓膜が破けるかと思って、俺は耳を塞いでその場でしゃがんでしまった。
「に、逃げろーー!」
「門震だああああ!」
「ダンジョンに飲み込まれるぞぉおお!」
その後、すぐに陸橋は阿鼻叫喚に飲み込まれた。多くの者がダンジョンという恐怖から逃れるために、一目散からその場から逃げ出したのだ。周りの人々を押しのけて我先にとその場から遠ざかろうとする。
特にダンジョンに吸い込まれた者の生存率は、探索者がいない限り一%を切ると言われている。それだけダンジョン内のモンスターは強くて、人など簡単に殺せるのだ。
「痛っ! やめろっ……!」
そんな中、俺の状況は悲惨だった。あまりに大きな音を聞いたので、耳が上手く聞こえていなかった。さらに平衡感覚が狂っていたので、その場でふらふらとすることしか出来ない。
人々はどこに逃げていいかも分かっていなかった。
空間の“歪み”が次々と生まれており、その度に別の方向へと逃げ惑うのだ。人と人とが押し合い、まともに動くことさえ叶わない。
俺も逃げ惑う人たちに押されて殴られながら揺れ動く。そして足がもつれてこけた時に顔を上げると、先程見かけたエルフの少女が目の前にいた。
怯えているのかその場にしゃがみ込み、膝を丸めている。
そんな彼女は何人かの大人たちに蹴られているけれども、泣きそうな顔は全くせずに無表情のままだった。
そんな彼女の長いまつげに触れる一まで、顔と顔とが近づいてしまった。そんな彼女目掛けて大人の男の大きな足が頭上から迫っていたので、俺は思わず彼女に覆いかぶさり亀のようになりながら守る。
「大丈夫だから――」
そんな声をかけることしか、できなかった。
胸の中の彼女は何も抵抗せずに、少しも動いていすらいなかった。
逃げ惑う多くの人によって踏まれたり、蹴られたりしていた。痛かったが、華奢な彼女が食らうぐらいなら男である俺の方がマシだろう、と思ってしまった。
「姫様っ! ご無事ですかっ!?」
「ジルダ様っ! どこにっ!」
「早くこちらにお逃げ下さいっ!」
そんな時、近くから声が聞こえた。先程の警官や付き人達の声だ。きっと俺の胸元にいるこの小さな女の子を探しているのだろう、と思った。
「早くこの子を!」
すぐにこの場から逃げ出して彼女を彼らの下に、そう思って抱えて立ち上がろうとした時――急な浮遊感を覚えた。
抵抗は出来ない。
俺のようなただの人間では、空中にいる状態では何もできないからだ。周りを見てみると何人かの人が中に浮いて空間の歪みに吸い込まれようとしていた。叫び声を上げて手をバタバタとさせるが、誰も抗うことはできない。
俺は少女を抱えたまま――空間の歪みに飲み込まれて意識を失った。




