プロローグⅠ
『――昨日の“門震”のニュースです。大分県別府に開いた“門”によってダンジョンが作られ、先程レベル7探索者の春風瞬氏によって鎮圧されました。なお、民間人への被害は出ていないとのことですが、周りにあった家屋4棟に被害があったとのことです』
クーラーの付いた涼しい家電量販店で陳列されたテレビに、花がらのワンピースを着た女性のニュースキャスターが手元にある原稿を読み上げているその右上では温泉街の真ん中でぽっかりと空いた黒い穴の縁が炎にようにめらめらと漂っている。
「今回の門は鬼達の住処だったようですね。春風さんは探索者として活動後、一度として負けたことがないとのことですが、彼のような存在は私たちには本当に頼もしいですね」
「はい。私もそう思います。実は私も昔に門震に出会ったことがあるのですが、空から颯爽と現れた春風さんに助けていただきました。レベル6相当の大規模災害だったようですが、すぐに制圧したそうです。もしも春風さんがいなければ、私はこの場にいないでしょう」
「そうですよね。春風さんの姿は本当に僕たちにとってはヒーローと同じです。これからも頑張っていただきたいと思います。それでは、次のニュースです。兵庫県たつの……」
そんなニュースに足を止めると、黒い画面に紺のブレザーを着た一般的な日本人の男子生徒が映る。髪は染めておらず、温和な顔つきをしている。平均身長よりも高く体格がいいので、スポーツをやってそうな体だった。
俺だった。
本当に平均的な学生だと、ため息をつきたくなる。
「あーあ、俺にも“魔法”があったらな……」
俺こと――鵲露は開いた右手を見つめたまま、大きなため息を吐いて目的であるLEDライトコーナーへと急ぐ。妹から頼まれて電球を買いに来たのだ。
門震についてのニュースを通り過ぎながら、俺は授業で習った“異世界”について思い返す。
――約三十年前、現代日本は各地に門が現れ、異世界と繋がった。
異世界から多くの“もの”がもたらされた。
魔法、エルフ、妖精、龍、幻獣、魔具、それらは現代の技術に革命を与えるとともに、災害をも与えた。
それが――ダンジョンとモンスターである。
門が開いた先の異世界は、必ずしも現代にとって有効なものとは限らず、モンスターはダンジョンによって作られて、溢れ出し、街や人を襲った。
多くの物を殺したと言っていい。その被害者の数は、日本だけで数万人にも登るほどだった。世界で死んだ数は数千万人とも数億人とも言われている。
当時の日本はすぐに警察や自衛隊を派遣したが、モンスターは魔法でしか倒すことが出来ず、甚大な被害をもたらす。
そんな絶望的な状況から日本を救ったのが、魔法が扱えるエルフだった。彼らは魔法を使ってモンスターを倒し、さらには無償で人に魔法の使い方を与えた。
だが、魔法を扱える人は選ばれる者だけだった。
まず魔力を持っている人が少なく数十万人に一人程度なのだ。多くの者が魔法を扱えず、ダンジョンから溢れるモンスターには、才能ある魔法使いが人のために戦うしかなかった。
「魔法が世の中に生まれたとしても、大半の人の生活は何も変わらないんだよな。変わったとすれば、自然災害に門震が加わっただけ。なんて迷惑なんだ」
そんなことを考えながら電球を選ぶ。スマホに書いてあるメモを見ながら、どのサイズが家の電球に合うのかを確かめるのだ。お目当てのものが見つかると、買ってから店を出た。
じりじりとした太陽が照らす大阪の繁華街。高いビルが立ち並び、多くの人が歩く駅と駅をつなぐ陸橋を歩く。道幅は広く、車でも楽々と通れそうなほどの道幅がある。
暑くて額から汗が流れ出る。上を見上げればビルに備え付けられた大きなモニターに、お茶の間でも人気のアイドル探索者のグループや最近個人チャンネルを立ち上げて迷宮探索を動画配信しているかっこいいお兄さんの配信探索者の姿があった。
色とりどりのドレスやかっこいい防具をつけながら、彼らは迷宮に潜ったり、歌ったり、踊ったりしている。
最近の小学生の夢の一位が探索者で、そこまで世間には一般的に浸透している。俺も小さい頃は、テレビで華やかに映る探索者に憧れたものだ。
探索者は大金を稼げて、名声も得られる。さらには税金もかからないといく特権もあるくらいだ。それほど、国は探索者を、特に優秀な探索者を欲していた。
とはいえ、俺には関係のない話だった。
――魔力が、無いからだ。
俺の中には微塵も魔力が存在しなかった。
これは小学三年生の時に行われる試験で分かることだ。エルフが用意した水晶玉のような何かを触ることで、内存する魔力量が分かるらしい。運よく魔力を持っていた同級生は赤い光を出していた。
とはいえ、俺のように魔力を持たない多くの人達は、その特別な水晶玉を触っても何も起きない。
それが、俺であり、多くのこの陸橋を渡っている人たちである。もちろんモンスターを倒す力も無ければ、魔法を使うことすら出来ない。
ファンタジーに成った世の中で、何の抵抗する力も持たない無力な人たちだ。
でも悲観している人なんていない。探索者に憧れはあるけれど、それはプロ野球選手やサッカー選手に憧れるのと似ている。
遠い世界の人間なのだ。
例えば、と俺は眼の前を通りすがろうとしている集団の中に――耳の長い少女を見つけた。長い銀髪の少女だった。ツインテールに纏めた髪には一切のうねりがなく、まるで光を纏っているようだった。
歳にすれば六歳ほどだろうか。とても小さな身長をしており、可愛らしい顔つきをしている。その浮世離れした人形のような容姿からは、まさしく“人並み外れた”と言うに相応しいだろう。
彼女のような人が、異世界からの来訪者であるエルフだ。異世界からやってきた国賓でもある。彼女たちは全員が魔力を持っている魔法使いであり、人に魔法の技術を授けた賢者たちである。
多くのスーツを来た大人たちや警官に囲われながら移動していることから、彼女のような子供であっても重要な人物だというのが伺える。
最も彼女のような人間がどうしてこの場にいるのかは謎だけど。
そんなことを考えながら、幼き頃に夢見た探索者になりたい、という夢破れた自分が、その夢をもう追いかけていないことを振り返って、少し大人になったな、と思っていた。
――そんな時だった。
陸橋が大きく揺れたのだ。




