誘い
いつものロリータ・ファッションの服を着ている。手にはフリフリの傘を持っており、微かに土で汚れていたのできっと先程までダンジョンで戦っていたのだと思う。
最近はこの辺りで高難易度のダンジョンがよく出現するのだ。理由は分からない。ネットには「異常事態だ」「天変地異だ!」「政府の陰謀だ」などという意見があり、陰謀論者の中には世界がダンジョンに飲み込まれる前兆などとのたまう者もいるらしい。
だから最近のソフィーさんは忙しく、家を出ていることが多い。
どうやらジルダの護衛であっても、政府からの要請を無視できないらしい。国内にいるレベル七の探索者は数えるほどしかいないのだから。
「――攫われたジルダを、迎えに行ってくる」
そんなソフィーさんに、俺は真っすぐ言った。
「……知っていますか? 私に連絡があったのです」
「誰から?」
「“露様も知っている”と思いますよ。トゥイグ、という人です」
「名前を聞いたことがないな――」
なんとなく想像付いているけど。
「……エルフの男です。歳は私と同じほどでしょうか。エルフの中でも美麗な男です。長い銀髪が、むしろ鋭利な刃物のような印象を受けるでしょうか」
「知っている。お付きの魔法使いがいて、俺を叩きのめしてジルダを攫ったやつだろう? 今からそいつのところに行くつもりだったんだよ」
「トゥイグから、ジルダは護衛に選ばれた、との連絡がございました。露様との同居も解消する、どうやら私のお役目も無くなるようです――」
ソフィーさんはまるで表情を変えず言った。
彼女に比べれば、トゥイグはとても表情豊かな男だったと思う。ジルダも感情をあまり出さない子だったので、それがエルフの特徴だと思っていたが、どうやらそうでもないようだ、と今にして俺は思ってしまう。
ジルダの護衛がなくなったことに、ソフィーさんがどう考えているのか。表情からは見当がつかない。そのことについて悲しんでいるのか、それとも喜んでいるのか。
だが、俺が言うことは一つだった。
「ソフィーさんは、直接ジルダからその話を聞いたのか?」
「……いえ、トゥイグから聞きました」
「なら、直接聞きに行ったほうがいいんじゃないか? トゥイグが無理やり攫って言うことを聞かせている可能性もあるぞ――」
賭けだった。
もしかしたらここでソフィーさんがジルダを助ける仲間になってくれるかも知れない、と俺は感じてしまったのだ。この賭けが駄目なら、敵になる可能性すらあるのに。
「……私には分かりかねます」
「護衛としてのソフィーさんが正しいと思う選択はどっちなんだ?」
「……」
ソフィーさんは推し黙った。まるで答えたくないようだった。
「俺は今からジルダの元に行く。ソフィーさんはどうする? 来てくれるならありがたいけどな――」
俺は『世端』を持っていない右手を、ソフィーさんへと差し出した。まるで仲間へと引き込むように。
だが、ソフィーさんはその手を握らなかった。
「それは……?」
むしろ――もう片方の『世端』へと注目していた。葉っぱの生えている『世端』を。
「『世端』だよ。知っているだろう?」
「……ええ、知っていますが、でもそれは……」
「俺がダンジョンで“増やしたもの“だ。一つぐらい貰ってもいいだろう?」
実際には俺ではなく、俺の中にいる“あいつ“だが。ソフィーさんには分からないと思っている。
「……その権利はありますが」
「なら問題はないだろう?」
「そうですが……」
「で、どうする? ソフィーさんは来るの? それとも来ないの?」
俺は、もう一度ソフィーさんへと片手を差し出した。
その手をソフィーさんは握らず、ずっと見つめたままだったが、やがて小さくうなづいた。
「……姫様の言葉を私も聞くことにします。使命は果たさないといけませんから」
ソフィーさんが仲間になったと言う事実に、俺は口角を上げて喜んだ。
◆◆◆
軽快なエンジン音を鳴らすスポーツカーは、朝の交通量が少ない山道を高速で進む。
ソフィーさんはどうやらジルダの居場所をGPSで補足しているらしく、彼らのいる場所が遠くだと分かったからだ。その位置は都会であり、一流ホテルとのことだった。トゥイグのことだから、きっとスイートルームの最上階だとソフィーさんは言う。彼はそう言うのが好きらしい。
俺は流れ行く山の光景を見ながら、俺は車の助手席に座りながら体の奥深くでジルダとの繋がりを意識した。
俺の中に“あいつ“がいて、ジルダの中にもあいつがいる。確かに同一の者であり、普段は近くにいるのであまり感じることはないが、遠くにいるとどうしてももう一つの“あいつ“を俺は意識してしまうのだ。
そして車が進むごとに、その感覚が強くなっているように思える。確実に奴らにも近づいていた。
それと同時に、俺は『世端』へと魔力を流す。
――より、強くなるために。
魔力を『世端』と同調し、内部の構造を変える。やり方は『強化』と変わらないが、少しだけ違うように思える。だが、それが何なのか、俺には分からない。“あいつ”を俺が真似ているだけだからだ
しかし、俺の修行は確かに効果があった。
『世端』の先から葉っぱが生えてはそれを千切ってポケットにしまい、また新しい葉っぱを生やすのだ。その間隔が段々と短くなり、葉っぱの数も最初は一枚から二枚同時に生えたり、と俺は一つずつできることを増やしていった。
その様子を横目でソフィーさんは口も開かずにずっと見ていた。それを感じた俺が、疑問に思っていることを聞く。
「そう言えば、ジルダだけど――」
「……姫様がどうかしましたか?」
「もう少しあいつのことを知りたいと思ったんだけど、あいつの中には具体的に“何”がいるんだ? どうしてジルダは色々な人から狙われる?」
俺は素直に疑問をぶつけた。
それは、ずっと感じていることだった。
同じ存在が俺の中にもいるが、“こいつ”のことについてジルダは何も教えてくれなかった。




