猿
「不可解、とは?」
「あの少年の『強化』には淀みがありませんでした。流暢に全身に魔力を流していました。熟練の魔法使いのように――」
「『強化』しか、使えないからそれだけ使ったのだろう――」
トゥイグは吐き捨てるように言った。
元より固有魔法を持っていない“落ちこぼれ”に興味などなかった。人を去ると見下しているトゥイグにとって、かろうじて生物として認めているのが固有魔法を持っている魔法使いだけだ。
非魔法使いも、固有魔法を持たずに魔力だけを持つ者も、トゥイグにとっては同義であった。全ては力を持たない者たち。
太古から存在する『白き命の木の民』にとっては、世界樹である『白き命の木』と同じく魔力と魔法を持っていることが誇りであり、誉れなのだ。そして自らの持つ固有魔法を極めることが、至上の命題と考える者も数多くいる。
『強化』も、そんな先人たちが固有魔法を極めた結果、世に広まって一般魔法になったのである。
「それならば、どこかの肉体に『強化』を集中させてもいい、と感じたのです。私の魔法である『鎧岩』は硬いので、通常の『強化』だとまともには通用しないのに、部分強化を使う様子は見られませんでした」
――部分強化、とはある一部に『強化』を集中させることによって、より効果を増す方法だ。『強化』の基本的な使い方の一つであり、岩盤やその他大勢の魔法使いですらも使えるような基本技術だ。
そもそも『強化』を扱える魔法使いにとって、部分強化は必須技能であり、無ければ硬いモンスターや魔法使い相手に勝つことが出来ない。
「とすれば、知らないということだろう。魔力を持っているのに、不勉強な怠惰な人間だ」
「いえ、だからこそ、淀みがない全身の『強化』に違和感を覚えたのです。あの『強化』は熟練の魔法使いの“それ”でした」
「……つまりは?」
「かなりチグハグな魔法使いです。どんな教育を受けていたのか、そもそも受けていないのか、怪しげな魔法使いです」
「――つまりは、魔法使いと言うのも不明瞭な者か。ジルダ、変わり者同士で一緒にいると落ち着いたか? お前も『白き命の木の民』では“はぐれもの”だからな」
トゥイグはもう一度ジルダを蹴りに言った。腹を蹴られたジルダは、小さく唸った。
その様子を見ながら、トゥイグは大きなため息を吐きながらカーテンを開けた。
「それにしても、この国では、“擬き”が多すぎる――」
トゥイグは大きな窓の風景を見ながら、下の街が揺れているのを見ていた。
門震だ。
きっとダンジョンが発生したのだろう。あまり人はいない川沿いだったので、木製のベンチが吸い込まれただけだった。きっとあのダンジョンに多くの探索者が突入し、モンスターを殺してダンジョンの核を破壊するのだろう、とすぐに予想できたのでもう興味がないように視線から外した。
「擬き、というと?」
「“固有魔法”を持たない猿どもだ――」
「嫌いなのですね」
「そうだ。嫌いだ。早く奴らを滅ぼしたい、と思っている。まあ、魔力すらも持っていないゴミよりはマシだがな――」
「なるほど――」
怒った口調のトゥイグを宥めるように岩盤は頷いた。
「岩盤、この部屋の護衛はもういいぞ。そもそも多くの擬きなら、俺一人でも余裕だ――」
「承知しました。では、隣の部屋での待機で宜しいでしょうか?」
「ああ。こいつにはもう少し“教育”する予定だ。人という害悪な生き物を殺すためにな」
「一つ聞きますが、その対象に“私たち”は入っているのですか?」
岩盤は頭を下げながら言った。
「――お前は、固有魔法を持っているだろう? 『白き命の木の民』ではないが、そうなるべき資格はあると思っている。そもそも“あれ”の力があっても、全てを滅ぼすのは無理だろう。その前に全ての魔法使いが総動員されて止められると思う。私としては、もう少し減ればいいと感じているだけなのだ。――寛大だろう?」
トゥイグは、慈悲深い笑みを浮かべた。
◆◆◆
俺はジルダを助け出すために、すぐに屋敷を漁った。
今のままだと奴らに勝てないと分かっているからだ。
だが、人はそう簡単には強くはなれない。心構えで強くなるのだったら、俺はもっと強くなるはずだ。
このまま無策で奴らと戦ったとしても、ジルダを取り戻せるとは思わなかった。
屋敷内を探した結果、倉庫に見覚えのある武器があった。
『世端』だ。
それも増えたのか、三本が白い布の上に丁寧に置かれてあった。どうやら“俺の中の奴”が増やした結果、そのどれもを大切にしているようだ。勝手に持っていくのは忍びないが、増やしたのは俺の体である。ということは俺にも使う権利があるだろう、との結論に達した。
「こいつを握るのも久しぶりだな――」
俺は『世端』を手に取り、魔力を通した。
以前よりも馴染んでいるような気がする。
理由は分からない。だが、初めて『世端』を使ってゴブリンを倒したときより違い、俺の魔力と『世端』の魔力が同化しているような気がする。二つの魔力が一つになるように溶け合うのだ。
そして――俺の『世端』から葉っぱが生えた。
俺の魔力を食って、成長したのである。あの時、ミノタウロスを『世端』だけで殺した奴のように。
「これなら、勝てるかもしれない――」
俺は口に笑みを浮かべた。
それから俺は自室へと戻り、装いを戦闘用のさらの服に着替えた。フードのついたジャケットに、動きやすい長いズボンだ。色は暗闇に溶け込むように黒色で揃えている。
昨日、ダンジョン攻略を終わった後にソフィーさんから貰ったものだった。
本当は昨日のダンジョン攻略に間に合わせるつもりだったが、この服装は特注なのだそうだ。エルフの技術がふんだんに使われており、糸の一本一本に魔力が込められている。その防御力は鉄すらも上回るとされているのに、動きやすさはジャージと変わらない。戦闘服としてはこれ以上ないものだった。
それに着替えている時に窓から朝日が差し込んでいた。あれから少し時間が経ったのだろう。だが、俺にはもっと経ったかのように思える。水族館に行ったのは随分と昔のように感じるのだ。
「でも、これでいい――」
俺は体の調子を確かめるかのように朝日を睨んだ。
魔力は既に回復している。いつ元の量に戻ったのかは分からないが、雨と話している時には既にあったような気がする。
これで、もう一度戦える、と拳を強く握った。
それから玄関に行った。走りやすい黒のスニーカーの靴紐をしっかりと結び、『世端』を持って立ち上がった。玄関の大きな扉を開こうと思った時、先に開かれた。
「――どこに、行くのですか?」
そこには――ソフィーさんがいた。




