決意
「助けに……?」
そんなことは頭になかった。
ジルダは向こうを選んだのだ。だから俺がわざわざ助けに行く必要なんてない、と思っていた。
行ってはいけない、と思っていたのだ。
「そうだよ、お兄ちゃん! ジルダちゃんはお兄ちゃんを守るために向こうに行ったんでしょ? お兄ちゃんが言う限りはそうじゃん! もしもそうなら、助けに行かないと!」
「……そうかも知れないけど」
「違うの?」
俺は、そんなに強くない。
あの岩盤と呼ばれる男にボロ負けしたぐらいの魔法の実力しか持たないのだ。そもそもまだ魔法を習って一ヶ月も経っていない。ゴブリン程度なら倒せるかもしれないが、ミノタウロスには当然敵わない。きっと多くの魔法使い相手でも、あの岩盤に負けた時のようになるかもしれない。
そうだとすれば――
「――弱い俺よりも、向こうと一緒にいたほうが、ジルダの身は守れるんじゃないかと思って……」
「お兄ちゃん!」
だが、そんな俺の本音に対して、雨は頬を大きく膨らますように怒っていた。
「……何だよ?」
「本当にそう思っているの?」
「……何がだよ?」
「本当に、ジルダちゃんがそのエルフの男の方に着いて行きたかったと、本当に思っているの? ジルダちゃんはあんなにもお兄ちゃんに懐いていたんだよ! まだ出会って一ヶ月も経っていないけど、ジルダちゃんはずっとお兄ちゃんの傍を選んでいたんだよ! 特に――最初に私たちに会いに来た時なんか、ソフィーさんの隣じゃなくてお兄ちゃんの隣に座っていたんだよ!」
俺は、アパートに一緒に住むことを提案した時のジルダのことを思い出していた。「ここの子になる」と言った時、彼女は何故かお付きのソフィーさんの隣じゃなくて、俺の隣に座ってきた。
「お兄ちゃんは、覚えてないの? どれだけジルダちゃんがお兄ちゃんと一緒に居たかったのかを! どれだけ言っても、自分の部屋があっても、ジルダちゃんは絶対にお兄ちゃんの傍で寝ていたんだよ!」
確かに雨の言う通り、夜に眠る前には必ず彼女の部屋に送るのだが、朝起きると絶対に俺の傍か胸の上にいた。
きっとその部屋がジルダにとって、自分の部屋だと思っていないのだろう、と俺は思った。それぐらい、彼女の部屋は殺風景だったのだ。ベッドとクローゼット以外には部屋に置いてなく、服も最低限しか存在しなかった。彼女は自分の物に無頓着だった。もしくは、部屋の物を自分の物と認識していないか。
服ですらも、いつも同じようなものばかりを着ていたように思える。まるで選択された物を上から順番に取っていたようだった。
「確かにそうだけど……」
「それにジルダちゃんがわがままを言ったことってある? 無いでしょ? あのぐらいの子なら、自分の物をずっと大切に持っていたり、わがままを言うものだけど、ジルダちゃんは何も言わなかったんだよ! 全部のことをあるがままに受け入れていたの!」
「そうだな――」
むしろその場にずっといることの方が多かったように思える。何も言わないと、その場で何も言わずに行動を止めてしまうのだ。その姿を氷のようだと何度も思ってしまった。
ジルダは、物事に固執していなかった。
一緒にダンジョンにいた時も、自分から何かを発することはあまりなかった。自分の状況を受け入れて生きていたのだ。
一緒に暮らし始めてからも、ジルダは言われるがままの行動を取ることが多かった。特に食事が前に出されても、食べていいよ、と言わなければスプーンなどを手にも取らなかった。じーっと食事を眺めるのだ。
「だけどね、そんなジルダちゃんが、お兄ちゃんに関わることだけは、自分の意思を示していたんだよ!」
「そうだったな……」
そんな彼女が自分から口を発したのが弥生に一緒に逃げようと言われた時に俺といることを選び、力を授けてくれた時などだ。それ以外にも日々の生活においても、出来る限りジルダは俺と一緒にいることを選んだ。ソフィーさんと危険なダンジョンに潜るときだってそうだ。
これまでで、ジルダが自分の意思を示したのは、全てが俺に関わることだけだ。
ずっと俺は彼女に救われてきた。
ジルダがいなければ、俺は随分と前に死んでいたと思う。彼女に生かされて、俺は個々に立っているのだ。
俺は簡単にあの時のジルダを命の恩人だからと簡単に受け入れたが、そんな彼女がどんな思いであんな提案をしたのかは分からない。
そもそも俺が彼女に好かれている理由も分からないのだ。
「特にジルダちゃんは、お兄ちゃんのところにわざわざ来て、“ここの子になる”、って言ったんだよ! きっとそれは凄い覚悟だったと思うんだよ! ジルダちゃんだって、断られたらどうしようと思ったはずだよ! ジルダちゃんはお兄ちゃんの言うことだけは聞くんだから!」
「……そうだな」
俺は目に涙を浮かべながら語る雨に、深く頷いた。
あの時のジルダがどんな思いだったのかは知らないが、きっとあの言葉を言うには“勇気”がいると思う。
生半可な勇気じゃ言えない言葉だ。
俺だって、未だにソフィーさんの子になった気持ちもほとんど無いからな。
「お兄ちゃん! 行かないと! きっとジルダちゃんは待っているはずだよ! お兄ちゃんを! 絶対に!」
「でも、俺には力が……」
「大丈夫だよ、お兄ちゃんは強い! 私が保証するよ!」
なんて無責任な、と俺は笑い出しそうになった。
「そうだな……雨の言うとおりだな」
だが、どれだけ無茶でもやるしかないんだ。
あの男から、ジルダを取り戻さないといけない。
だってジルダは、ここの子に――家族になったんだから。
それに、ジルダから救われた恩を俺はまだ一つも返すことが出来ていないのだ。出会ってから今日まで、俺は彼女に救われてばかりだ。
少しぐらいは返さないといけない、と自嘲気味に俺は笑った。
「お兄ちゃん、頑張って! 私は信じているからね!」
雨の言葉を胸に、俺は拳を強く握った。




