襲撃
俺達は水族館を時間ギリギリまで楽しんだ後、家に帰ることにした。
雨からのメッセージもあり、どうやら夕食は一緒に食べよう、ということだった。俺達がちょうど大阪によることが出来たので、百貨店の地下でお惣菜を買って帰ることにした。
雨の希望が中華だったので、餃子やチャーハン、エビチリなどを俺達は買った。ジルダは特にチャーハンを食べてみたかったので、多めの3パックを購入することにした。ソフィーさんにも聞いてみたけど、どうやら外で食べるらしく何もいらないということだった。
行きと同じように幾つかの電車を乗り継いで移動する。
その間、運良く座席に座ることが出来たのだが、ジルダは疲れたのかコクリコクリ、と首が前に倒れようとしている。その度に「寝てもいいんだぞ」と俺は言うのだが、「……起きとく」と彼女が答えるのだ。
どうやら今日は寝たくないようだ。なんとか意識を繋いでいる彼女であるが、繋いでいる右手だけは離していなかった
俺も彼女の小さな手を優しく握っていた。
そして電車を降り、タクシーへと乗り換える。家の近くまでのバスはもうない時間帯だった。すっかりと日は落ち、空は黒く染まっている。タクシーの運転手に行き先を告げて、俺達は並んで後ろ座席に座る。
夜の山道は、車自体が少なかった。そもそも俺達が住んでいるのが山奥なのだ。周りに家などなく、車が二台通れる道のみが広がっている。幸いにもこの山道は街と街を繋ぐ道なので、トラックとは何度かすれ違った。
前に車はいない。タクシーの運転手と他愛のない会話をしていると、フロントライトで照らされた道の先に、人の影が立っていた。
黒いキャップを被り、袖無しの革ジャンを着た大柄の男だった。そう思ったのは体が角ばっていたからだろう。
ブレーキを強く踏まれた。俺達の体は慣性によって前へと流れそうになったので、ジルダの小さな身体を咄嗟に抱きしめた。タクシーが止まる。
「あれ、人は?」
中年の運転手が、眼の前に人がいないことに驚いたように声を出した。
俺も同じようにフロントガラスを見てみるが、先程確かにいた大柄の男の姿はなかった。
だが、次の瞬間、タクシーが酷く揺れた。屋根に人が乗ったのだと分かった。メキメキと天井が引き剥がされていった。
俺はすぐにジルダを抱えたまま、扉を開けて、タクシーから転がるように飛び出した。タクシーの上に先程の大柄の男がいたのが分かる。彼は俺達がいるのが分かると、タクシーから退き、――別の男の隣に立った。
黒いジャケパンの長身の男だった。長い銀髪が風で揺らめいている。暗い中で赤い目が輝いている。端正な顔立ちで、浮世離れしているように思える。一瞬海外の人とも思ったが、“長い耳”がエルフなのだと分かった。
「――やはり、ここにいたか。ジルダ」
エルフの男が見ていたのは俺ではなく、同じエルフのジルダだった。
だが、その顔に親しみはない。むしろ憎々しいとばかりに、ジルダを睨んでいた。まるで仇敵を見ているかのようだった。それなのに口調は親しみに満ち溢れており、矛盾した様子が俺にはどうも不思議だった。
「……」
俺の腕の中にいたジルダは、そのエルフの男をいつもの無表情で見つめていた。だが、抱きしめているので少しだけ震えているのを感じる。
「お前は、何なんだよ!」
急に襲われたから、俺は男のエルフを睨んでいた。
だが、男は俺を虫けらを見るように蔑んできた。それから俺の言葉に反応すらせずに、ジルダへと話しかける。
「お前がソフィーから離れるとは思わなかったぞ。それで選んだ護衛が、そんな猿のような男か? 目が腐ったのか?」
「……」
「ジルダ、来い。お前にはそんな下賤な場所は似つかわない。お前は“自分の役目”をよく分かっているだろう? 父母より授けられたその業を。お前がそうやって役目を果たさないから、オレ達はこうなっているんだ。今こそ、本来の役目を果たせ」
ジルダはやはり無表情のままだった。
アスファルトに転がったので傷だらけの俺の顔に、小さな手をそっと寄せていた。そんな彼女に俺は「大丈夫だ」と小さな声をかけて、俺達は立ち上がった。後ろにジルダを庇ったまま。
「急に襲って、何の用だよ?」
俺はもう一度男のエルフを睨んだ。
奴は相変わらず蔑んだ目をしたまま、やれやれとばかりに口を開いた。
「……はあ、お前のような輩と口を聞くのは非常に残念だが、単刀直入に言ってやる。そいつを渡せ。お前には荷が重たい」
「いきなり襲われて、誰が渡すか!」
俺は啖呵を切った。
「――はあ、なら仕方がない。“岩盤”。あいつと少し遊んでやれ」
男のエルフの隣りにいる先ほどの男が頷いてから、両拳を胸の前でぶつけあった。
「『鎧岩』」
すると筋肉質な男の体の表面が、ごつごつと岩のように変わっていく。まるで岩の鎧のようだ。特に両拳は大きな岩石のようになり、顔すらも岩のように角ばっていった。
革ジャンの袖がないのは、きっとあの魔法を使ったことによって破れたのだろう、と俺は気づいた。
革ジャンから見える胸の隙間も岩のように変化しているので、きっと全身があのような岩になっているのだろうと思った。
そんな男は俺の方向へと飛び上がった。




