冒険後の休息
地上に戻ってすぐ、俺達は待機していた救急隊員に弥生を任せた。門震の際は必ず警察や救急隊員が出動しており、怪我をした探索者や民間人を助ける運びとなっている。弥生は見た目こそ傷はないものの、内部はぐちゃぐちゃになっていることからソフィーさんの鶴の一声で即座に救急車で運ばれることとなった。
俺達が助けた少年はどうやら母親とはぐれた時に門震に巻き込まれたらしい。母親はどうやら少年のことをずっと心配していたようで、会えた時には涙を流していた。少年も母親と出会ったことでこれまでの緊張がほぐれたのか、声を出しながら泣いて母親へと抱きついた。母親は少年を優しく抱きとめて、お互いに再会を喜んでいるようだった。
そんな親子を、ジルダはじーっと見ていた。いつも通り氷のように無表情であったが、何かしらあの親子に思うことがあるようだ。ジルダは俺の手を握ってきたので、そっと握り返した。
「――露様」
そしてダンジョン攻略の報告を終えたソフィーさんから呼ばれたので、俺はジルダを連れて急ごうとしていると、背後から声がかかった。
「お兄ちゃん! 助けてくれてありがとうねー! お姉ちゃんにもお礼を言っていてねー!」
助けた少年だった。
振り返るとこちらへと大きく手を振っていた。隣では深々と少年の母親が頭を下げていた。
俺は彼らに手を振ってから、ソフィーさんの元に急いだ。少しだけ、ダンジョンで死ぬ思いをしてよかった、と感じてしまった。
◆◆◆
大変な冒険を終えた後なので、俺はソフィーさんから休養を言い渡される。どうやら今日一日は魔法のことを考えなくていいようだ。家にいた雨はどこかへ出かけてしまったため、ジルダと過ごすこととなった。
スマートフォンには高校の友達からの連絡は一つも来ていない。少しだけ淋しく思った。
あまり声には出したくないが、高校だと俺は俗に言う“ぼっち”だったのである。
仕方ないだろう。高校は家から少し離れたところに受かったので、同じ中学校の友達は一人としていなかった。
さらに母が倒れてからは雨と協力して家事も行っていたため、部活に参加することなく、学校行事も休むことがあった。そもそも母の病院に付き添うために授業を出ないこともあったので、同級生からはきっと俺自身が病弱だと思われているかもしれない。
中学校の時の友達からの連絡はたまにくるが、向こうも部活に勉学と忙しいようだ。そもそも俺の友達が通っているのは進学校が多いようで、毎日の宿題が多いという。さらに授業が進むペースが早い、と以前に愚痴られたこともあった。
そんな俺であるため、今日も予定がなかった。
「ジルダ、今日は何する?」
「……なんでもいい」
リビングで並んで朝食のパンを食べているが、ジルダは口の周りをいちごジャムで汚しながらゆっくりと頬張っていた。
うーん、どうやらジルダにも行きたいところはないようだ。
俺としては、最近はずっと魔力の修行を行っていたので、気分転換にどこかに行きたい気分だった。
そんな時、テレビではニュースで水族館の特集をしていた。どうやら夏休みの休日に出かけるスポットとして紹介されているようだ。俺も小さい頃に何度か行ったことのある場所で、大阪の海に近い場所にあるところだ。
「ジルダ、あれに行ってみるか?」
「……あれ、なに?」
「水族館だよ。魚を見るところだ」
「……食べないの?」
「うーん、食べれるところもあるとは思うけど、基本的には海や川を再現していて、そこで泳いでいる魚を見るんだ。色々な魚がいて楽しいぞ」
「……そう」
ジルダは表情を変えずパンを食べているが、長い耳が揺れているのが分かる。最近になって気づいたことだが、ジルダは全てのことについてあまり関心がないが、興味があることや嬉しいことについては長い耳が犬の尻尾のように動くらしい。
逆にジュースを零したり、転けて痛かったりすると、ぴんと張っている長い耳に力がなくしょんぼりとしている。
どうやら彼女の感情のバロメーターは、長い耳で分かるようだ。
「なら、行ってみるか」
「……分かった」
少しだけジルダのパンを食べるスピードが早くなったような気がした。
念のため外出許可をもらおうと家の中にソフィーさんがいるかどうか探したけど、もう出かけたようだ。いつも仕事で忙しいらしい。だから彼女へメッセージで「ジルダと水族館へ出かけるけどいい」、って送るとすぐに返信が返ってきた。「帽子を被らせて下さい」と。
俺はその言葉のとおりに、ジルダに用意された部屋のクローゼットを探してみると、大きな麦わら帽子を見つけた。これでいいだろう、とジルダの準備をゆっくりとした彼女のペースに合わせながら行った。
水族館に行くことを決めてから一時間半後、やっと準備の終わらした俺達は出かけられることとなった。
ジルダは白いワンピースに麦わら帽子とお出かけ用の服装を着て、俺は薄手の黒いズボンに白い下地に水色の開襟シャツとシンプルな服装にした。というよりも、俺はお出かけ用の私服がほぼなかった。
また買いに行かないといけないな、と思いながら家の近くにあるバス停へと向かう。乗っている人は少なかったが、俺達はバスに乗って近くの駅へと向かった。窓際に座るジルダは、外の木々を見ながら長い耳が着たいと共に揺れていた。




