サイクロプス
その言葉を受けて、ソフィーさんは俺の顔を見ながら微笑んだ。
だが、そのときにもソフィーさんは前から襲ってくる一体のミノタウロスを、『天の羽衣』を使って布で胴体と首を切り分けていた。どうやら高位の探索者であるソフィーさんにとって、俺達が殺されかけたミノタウロスは雑魚に等しいらしい。全く、嫌な世界である。
「……いい質問ですね」
「もしかして俺とミノタウロスを再戦させる気だったとか?」
「――いいえ、その予定はございませんでした。だから露さんを挑戦させたのです。この迷宮は“レベル2から3”の筈です。ゴブリンが基本的に出現し、ボスとしてハイゴブリンが出る予定で、露さんでも頑張ればこなせるほどのレベルです」
ソフィーさんは顎を擦りながら考えているが、その答えは出ていなかった。
「じゃあ、ここまで他の探索者が到着していないのは?」
「――きっと、死んだか、どこかで怪我に耐えているのでしょう。ハイゴブリンならまだしも、ミノタウロスに勝てるような探索者は挑戦者の中にはいませんでした。私の知っている学生ばかりでしたので」
「……学生でも、死ぬことがあるんだな」
「今回のようなパターンは“稀”ですけど、自分の実力よりも高いモンスターと戦って死ぬ者、あるいは調子が悪い時にモンスターと戦って死ぬ者もいます」
「やっぱり……そうだよな」
「はい、そうです」
死んだ探索者が誰かは知らないが、この迷宮で死んだ探索者たちのことを俺は思った。一歩間違えたら彼らと同じように、俺も死んでいたかもしれないのだ。そう思うと、胸の辺りがきゅっと痛くなった。
「……探索者って、危険なんだな――」
改めて、探索者たちはこの国を守っているのだと分かった。
「――でも、このような事故は少ないはずです。ダンジョンはある程度、“門震”の規模でレベルが決まります。範囲が狭いならレベルは低く、範囲が広くなるほどレベルは高くなる傾向ですが、ミノタウロスは絶対に出現しないレベルのはずです」
「なるほど。でも――俺は最近潜った迷宮だと、ミノタウロスに会わない日がないんだけど」
魔力を得た時に潜った迷宮でも、俺はミノタウロスと出会って死にかけた。ソフィーさんに効いた話だけど、あの迷宮も本来はレベル3。とてもじゃないが、ミノタウロスが出現するような迷宮ではないらしく、そのせいで他のダンジョンに対処していたソフィーさんが、ジルダを助けるのが遅れたようだ。
そして今回の迷宮はそんな前回の迷宮と同等か、それ以下の門震の規模である、とソフィーさんは述べる。
ゴブリンが数多く出現するので、まだまだ探索者として駆け出しの学生に最適だと、国の機関は判断していた。だから犠牲者が多くなったのだろう、とソフィーさんは予測する。
「――今の状況だと、まるで“ミノタウロスの巣”です。これほどの迷宮は、年に数回しか発生しないはずで大変稀なのですが」
ソフィーさんは今もミノタウロスを倒していた。
もう彼女が倒したミノタウロスは5体にも及ぶ。弥生が死にかけた部屋から先に踏み出した場所では、もはやミノタウロスしか出現していなかった。
まるでダンジョン自体が大きく変わってしまったかのように俺は錯覚してしまった。
「後聞きたいんだけど、このダンジョンってこんなに広いの? さっきの部屋がボス部屋だと思っていたんだけど、その先があるから」
「……いえ、もっと狭いですよ。この深度なら、もっと早く攻略できているはずです。ほら、深奥が見えてきました」
先ほどと似たような広い空間に、俺達は出くわした。
俺は意識がない弥生を背負いながらソフィーさんの背中に隠れていると、右側では既にジルダが服の裾を掴んでいて、反対側には先程助けた少年が服の裾を掴んできた。
奥に鎮座していたのは一つ目の巨人だ。これまで数多く見てきたミノタウロスよりも大きく、手足も太く長い。腰に蓑だけを巻いた化物であり、やつから感じる圧倒的なプレッシャーは、まるで以前ソフィーさんが戦っているのを見た龍と同じように感じてしまった。
「あれは――?」
「――サイクロプスです。レベル七。この国だと神話に残っている正真正銘の“怪物”です。並の冒険者では相手になるどころか、刃が立たず食われます。……本当におかしいですね。レベル七のモンスターは、大地震と等しいほどの災害です。この前、この地域は龍が出現したばかりなのに、こんな頻度で出現するとは」
ソフィーさんは思わず強敵に顔色こそ一つも変えていなかったが、その視線は俺の影に隠れるようにいるジルダに向けられており、何か思うことがあるようだった。
とはいえ、焦っている様子は一切ない。
ミノタウロスよりも圧倒的な覇気を誇るサイクロプス相手に、俺だと顔が引きつり、膝が笑ってしまうほど怖いのに。
隣にいるジルダの顔はいつも通り何も変わらなかったが、少年は怯えすぎるあまり俺の足に顔をうずめていた。
「失礼かもしれないけど、ソフィーさんは“あのモンスター”に勝てるの?」
「……愚問ですね。露さん、サイクロプスはモンスターの中でも最強と言えるでしょうが、前に出会った龍よりも弱い個体のようです。一瞬で殺してみせます――」
サイクロプスがこちらに向かって叫ぶと同時に、ソフィーさんは『天の羽衣』を発動させた。空間を埋め尽くすように透ける白い布が展開される。
そんな布を邪魔だと思ったのか、サイクロプスが右手を大振りした。空気を切り裂く一撃は衝撃波を発生させるが、多数の布のベールによって和らぐことによって俺のところに届く頃にはそよ風になっていた。
「あれ、ソフィーさんは?」
そんな中、先ほど前にいたソフィーさんはいなくなっていた。どこかと探していると、空中にいた。そのまま降り注ぐように持っていた傘で、サイクロプスの頭頂部を強く殴った。
まるで天から舞い降りた天女のように。
サイクロプスは地面に叩きつけられる。すぐに飛び上がってサイクロプスと比べるとより小さなソフィーさんを両手で潰そうと振るうが、ソフィーさんはベールで体を包み、横に移動させる。
そして、小声で呟いた。
「――『過負荷』」
ソフィーさんの魔法が、一歩進化した。
そのベールは、全てを拒絶する。サイクロプスをベールの塊で地面にもう一度叩きつけて、ギロチンの刃のように薄いベールを使って、サイクロプスの四肢を切断した。この時には俺はジルダと少年の目を防ぐように抱き寄せた。
そして最後にベールで首を跳ねると、サイクロプスは瘴気となって消えていった。
一瞬だった。
俺が唖然としている間に、最高レベル7のモンスターが倒されていった。龍のときにも思ったことだが、彼女は本当に強いようだ。それもただ強いわけではなく、探索者の中で最強の域にいる。
学生たちが憧れるのも無理はない、と俺は思ってしまった。
戦闘装束はレースが多くて可愛らしい姿をしているけど、実際に彼女の戦闘を見ているとかっこいい、と思ってしまった。
「――では、行きましょうか。おそらくこの先に迷宮の核があります。露さん、自分で壊したいですか?」
いつもと変わらない無表情であったが、何故だかそう言うソフィーさんは少し笑っているように見えた。
俺は首を横に振るう。迷宮の核を壊す資格があるのは、攻略した彼女自身だからである。
俺達はソフィーさんの後ろをついていくと、そこにはやはり迷宮の核があった。ソフィーさんの言うとおりだった。
この迷宮の核は、大きな心臓のような姿をしていた。ゆっくりと肉の塊が脈動している。歪な物体のように思えて思わず顔をしかめてしまったが、ソフィーさんは気にせず透けるベールでそんな核をぶっ壊した。
足元が揺れる。
少し待っていると、俺達は地上に帰ることができたので、俺はほっと胸をなでおろした。




