もう一人の俺
ソフィーから放たれた透けた布を、彼は黒い粒子を幾つか黒い玉に変えて巻き取るように防いで、爆発させた。布がばらばらになって消えていく。
「――ちっ、やはり来たか」
だが、彼の目は、無数の星のような輝きを放つ目は、レベル7の探索者であるエルフのソフィーを見ておらず、その後ろにいるジルダを睨んでいた。
彼にとって、忌々しい相手だった。
だが、そんなジルダを背中に隠すソフィーは、彼へと冷たく睨んでいた。
「私の質問に答えてくれますか? あなたは――誰ですか? 露さんではないでしょう? 過負荷。いったん、痛い目をみましょうか?」
ソフィーは彼を襲う透けた布を、淡く光輝かせた。まるで天女が持つという羽衣のように。その魔法には“拒絶”の力が加わっており、どんな魔法も弾き、物理攻撃も通用しないはずだが、彼は涼しい顔で先程と同じように幾つかの黒い玉で弾いて爆発させて飛び散らかす。
先程よりも強い力を込めたのに、あっさりと対処されたことにソフィーは驚愕のあまり目を見開いてしまった。
「なっ――!」
そんな彼は、やはりソフィーを歯牙にもかけずに、ジルダを深く呪うように睨んでいた。
「いつの日か――」
だが、その言葉を全て述べることすら、ジルダは許さなかった。ソフィーの背後から一歩前へと飛び出し、いつものように無表情で、氷のような平坦な声で、彼の中に眠る者の“名”を呼ぶ。
「――アララ」
糸が切れた人形のように彼は前へと倒れそうになるが、右足を前へと出して持ちこたえた。
元の黒と白の目に戻った“露”が、疲れた様子で口角を上げた。
「――ああ、戻ったよ」
「……知ってる」
ジルダは元の無表情なまま彼にとてとてと駆け寄って腰に抱きついた。
その様子を、ソフィーは不可解そうに見ていた。
◆◆◆
俺達はすぐに壁際で生死を彷徨っている弥生へと駆け寄った。
どうやらソフィーさんは『治癒』と呼ばれる一般魔法も使えるようで、弥生の傷の応急処置をしていた。だが、失くした血は戻らず、体の内部はぐちゃぐちゃなままのようだ。だから表面上の傷は治って一命を取り留めたとしても、弥生の意識は未だに戻っていなかった。
だから一見元気な俺が背負うことになり、以前の迷宮探索を思い出す運びとなった。さらに先程助けた少年もソフィーさんが拾っていたので、大所帯となってダンジョン内を進むこととなる。
迷宮の核は、まだ壊していない。どうやらミノタウロスがいた空間よりも先があるようだ。
だからソフィーさんを先頭にして、俺達は歩く。この先の攻略は全てソフィーさんが責任を持ってくれるらしい。
レベル7という最高レベルの探索者が。
迷宮を歩く俺の足取りは軽い。弥生を背負っていたとしても魔力で強化した体だと、彼女はまるで羽のようだ。
ミノタウロスに与えられた傷は、全て治っていた。薄っすらと“奴”を中から見ていて気づいたことだが、どうやら“奴”もソフィーさんと同じく『治癒』を使えるようだ。さらに失った血や内部の損傷すらも可能なようで、“高度な魔法使い”だと分かる。
「――露さん、あの力は?」
そんな俺の疑問を察したかのように、前でハイゴブリンの首を『天の羽衣』で跳ね飛ばしたソフィーさんが言った。
「さあ? 俺にもなんだかさっぱり――」
俺はちらりとジルダを見るが、彼女は何も助けてくれなかった。
「……あの魔法は、私の魔法を簡単に対処できるほどでした。まさか私に実力を隠しているのですか? さらに言動なども普段とは違うように感じましたが、あれは何なのですか?」
ソフィーさんの疑問に対する答えを、俺はそもそも持ち得ていなかった。
“奴”がどんな魔法使いなのか、そもそもどうしてそれをジルダが持っていたのか、何も教えてくれないのだ。
さらに俺に“この力”を隠すように言っているので、対外してはならない禁忌事項のようだ。
「――二重人格のようなものだと思う。俺もよく分かっていないけど、魔力に目覚めた時に内なる自分が目覚めたらしい。そいつの方が魔法が上手いんだとさ」
なんだか自分の口から言っていて、まるで厨二病のようだと思ってしまった。
本当は内なる自分ではなく、ジルダから与えられたよく分からない人格だけど。
「……そうですか。一度、どこかで検査してもらったほうがいいかもしれません。あれが露様の“本当の力”なら、とても強力ですから。『世端』をあの姿にしたのも、その“別人”なのでしょう?」
「ああ」
俺は“世界樹”と呼ばれていた『世端』のことを思い出す。
奴は『世端』に魔力を通すだけで棒を成長させて、ミノタウロスを簡単に倒していた。ソフィーさん達が付いた時にはミノタウロスは瘴気となって霧散しており、影も形もなかったが、大きな身体の形が中に入るほどの“成長した一本の木”は残っていた。
枝が幾つもにも分かれ、葉が付いている場所もあった。ソフィーさんはそんな『世端』を眺めると、手頃な木の棒として何本かを魔法の布で切断していた。そして五本ほど手に入れると、両手で大切に抱えるように持っているのだ。
まるで『世端』が増えたかのようだ。
「……優秀な魔法使いです。露さん、あなたはもしもこの先探索者として戦うのなら、もう一人のあなたに任したほうがいいかも知れませんよ。私でも未だに『世端』を成長させることは不可能なことですから、“私たち”の族長しか出来ないことですから」
「いや、こいつは制御できないぞ。この前は弥生も殺しそうになったからな」
「……なるほど。そんなに危険な人物なのですね。そうなのだとしたら、あまり表に出ないほうがいいかもしれません。でも二重人格だとすれば、あれほどの魔法の実力をどこで手に入れたのか――本当に不思議です」
ソフィーさんは振り返って俺を眺めた。その顔はいつもとあまり変わらなかったが、どこか俺の目の奥を覗いているように見えた。
俺という表面から、ソフィーさんすらも知り得ない“奴”を探しているのかと思えたのだ。
「ソフィーさん、もう一人の俺は後から考えるにして、この迷宮って――ミノタウロスが出るのか?」




