敗戦処理
ミノタウロスと、俺達の戦いは熾烈を極めていた。
辺りに桜が舞う。全て弥生の魔法である『夢幻桜花』だ。俺の視界すらも埋め尽くすほどの桜はミノタウロスを惑わそうとするが、桜を払うかのように奮ってくる拳を、俺と弥生は避ける。
振り落とされた拳は床を割り、避けた俺達の体に石が飛んだ。
俺はすぐに地面を蹴ってミノタウロスへと突っ込み『世端』を振るうが、無防備な背中に当たってもびくともしなかった。
そんな俺に気づいたのか、ミノタウロスは片手を振るう。なんとか反応できたので『世端』で防ぐが、武器ごと潰されて遠くまで飛ばされた。壁に激突する。背中も痛いがそれよりも『世端』」で防いだはずの腹部の方が痛い。
「どれだけの、馬鹿力なんだよ……」
そんな苦痛の声が、思わず口から漏れてしまった。
その間にも弥生がミノタウロスと戦っていた。桜に紛れた彼女がミノタウロスを切ろうと刀を振るうが、ミノタウロスの太い腕に防がれている。
「私の剣が! やはり……!」
魔力を込めたと思う弥生の刀でさえも、やはりミノタウロスには通用しなかった。
そのことに弥生は歯痒い思いをしながらも、多量の桜を刀に纏わせてミノタウロスに斬りかかる。桜の花びら一枚一枚に剣のような切れ味があり、その花を見ていると意識がまどろみそうになるが、その夢幻はほぼ全てミノタウロスに向けられているだろう。
だが、効いている様子はない。
ミノタウロスは絶叫のような声を上げて、桜の花びらを震わす。それだけで幻は解けたようだ。
ミノタウロスの突進が、弥生に向かう。
「まずいっ……!」
弥生は剣でミノタウロスの頭の角を防いだ。以前にも見た光景だ。そのままミノタウロスは頭を跳ね上げて、弥生は空中へ投げられた。
多量の桜の花びらで弥生は包み、ミノタウロスから姿を消そうとするが通用しない。惑わされることがないミノタウロスは、真っ直ぐその桜の中のきっと無防備な弥生へ拳を伸ばした。
「それは俺がっ……!」
だが、俺はそんな弥生を守るかのようにミノタウロスの伸ばした腕を、横から全力で『世端』で殴った。拳の軌道がずれて空を切った。
以前とは違う。
魔力を手に入れたことで、以前な嬲られることしかできなかったミノタウロスに俺の攻撃が通じていることに思わず口角を上げてしまった。
そのままもう一度『世端』でミノタウロスを殴った。
だが、やはり片手で防がれた。どれだけ魔力を込めようと、俺のような貧弱な魔力ではまともにダメージを与えることが叶わない。
そんなミノタウロスに桜が包み込むように遅い、それらを払うために両腕をぶんぶんと振り回すので、俺は一旦弥生の隣へと下がる。
「やはり、強いですね――」
「勝てる気がしないんだけど――」
俺は絶望を口にした。
「私もです。何一つ魔法が通用しません。試していませんが、『火球』も私の技量では無駄でしょう。『強化』でなんとか攻撃を通したいところですが、私の日本刀も通用する気がしません」
「俺のこの棒もだよ」
魔武器であっても。ミノタウロスクラスのモンスターに無条件で通用するような武器ではない。
どうやら以前に調べた情報によると、ミノタウロスのレベルは6だ。最高レベルの7から一段階落ちた実力であり、多くの探索者が勝てないモンスターであると言われている。
まだまだ学生である弥生と、魔法使いとしても駆け出しである俺のコンビでは、到底勝てる相手ではない。
「――逃げましょう。こういう時は逃げるが選別です」
「でも――逃げられるのか?」
ぶもぉおおおおおおおおおおおおお!
ミノタウロスは大きく叫んだ。心臓が震え、筋肉が緊張する。体が、動かない。俺の中にある生存本能がすぐに逃げるべきだと警告していても、指一本動かすことすら不可能だった。
『ウォークライ』だ。
ミノタウロスの固有魔法だ。
奴らは声を発することで多くの魔法を無力化し、探索者の動きを止める。これで多くの命が奪われたようだ。
「……む、りそうですね」
「――」
こんな状況でも弥生はなんとか声を出すことを出来たが、俺はそれすらできなかった。
ミノタウロスはこちらをじっと睨みつけて、頭を低く下げた。角をこちらへと伸ばしたまま足で地面をひっかくような仕草をする。まるで二足歩行になった牛みたいだ。
そして――こちらへと一直線に突進してきた。
その時にはもう体の緊張は解かれていた。俺達はまたしても左右に別れるように動くが、既にミノタウロスは方向を修正していた。
狙いは、弥生だ。
俺はそれに気づいたからこそ、逃げるのを止めてミノタウロスを追いかけるが、どれだけ身体強化しようと追いつけなかった。
ミノタウロスの角は、弥生を貫いた。彼女は咄嗟に振り返って刀で角を防ごうとしていたが、無駄だった。ミノタウロスの角はそんな刀を簡単に砕いていた。桜と共にまぎれて刀が散る。
「うっ――」
弥生の悲痛な叫びが響き渡る。
「クソがっ!」
俺はそれに歯痒い思いをしながらやっと追いついた。無防備な背後を見せるミノタウロスへ飛びかかり、全力の一撃を繰り出した。
だが、俺の一撃は奴にかすり傷しかつけることができなかった。振り向かいざまの裏拳を俺は顔面に食らう。手から『世端』が離れて、空中へ投げ出されて背中からダンジョンの壁に激突した。
「……くっ……」
しかし、俺の意識はまだあった。
せめてもの抵抗をしようとその場から手をついて立ち上がろうとするが、それよりも早くミノタウロスが俺の前に移動して腹部を――踏み潰した。
俺の意識が、痛みと共に無くなった。




