人質
俺達は波のように押し寄せてくる眼の前のゴブリンを切り払いながら、ひたすら前へと突き進む。もう全てのゴブリンを倒すことは諦めた。それよりもこの場を切り開くことを選んだのである
『世端』の振り方が徐々にシャープになっていく。無駄が無くなっていくのだ。だが、流石に木の棒一本だけだと襲ってくる多くのゴブリンに対処できなくなってきたため、利き手である右のみで持ち、左手は魔力を纏わして殴ってゴブリンを倒し、さらにはそれでも足りない場合は足を伸ばし、ゴブリンたちを踏みながら駆け抜けていく。
「ああああああああああああああ!!」
殺したかどうかも気にしていなかった。
真面目に考えていたら、思考が支配されてすぐにゴブリンに殺されそうだと感じたからだ。少しだけ弥生に気を回しながら、俺はひたすらゴブリンたちを倒していく。
集団のゴブリンはまるで、一つの生き物のように感じていた。
多くの死体を踏みながら、通路の先に大きな光を感じた。やっと出口かと思って俺の歩みがより早くなった。
そして――奥へとたどり着いた。
そこにいたのはゴブリンだった。
これまでのゴブリンよりも体が大きい。俺の身長を超えていた。さらに体つきも太く、手足が長い。まるでゴブリンから進化したような個体だった。だが、確かにゴブリンだと言えるのは、その醜悪な顔と手に持った棍棒だ。
「――ハイゴブリン」
弥生が隣でつぶやいた。
俺はそのモンスターを聞いたことはなかったが、奴の姿を見て想像ついた。きっと通常のゴブリンよりも恐ろしい存在だと。
そんなゴブリンが三体もこの場にはいた。
だが――そんな存在よりも気になることがあった。
「……お、おにいちゃん、おねえちゃん……」
ニタニタと嗤うハイゴブリンに頭を掴まれた少年だ。まだあどけない顔をしており、その顔には恐怖が浮かんでいる。
さらに足元には何体かの探索者と思われる死体が転がってあった。どれも手足が引きちぎれており、嬲られるように殺されたのか、その顔は醜く歪んでいる。
「――強いのか?」
「レベルは3。強さ自体はゴブリンに毛が生えた程度で、私でも簡単に勝てる相手ですが――」
――あの少年を盾にされると、こちらは何も手を出せなくなる。
要するにハイゴブリンは、通常のゴブリンよりも知能が発達したモンスターのようだ。
「た、助けて……」
「まずいな……」
俺は既に声が掠れている少年を観察しながら、口を引きつらせながら言った。
幸いにも少年に傷は一つとしてないようだが、それはあくまで俺達の盾としてだ。もしも俺達が逃げれば、あの少年はハイゴブリンに殺されるだろう。もしくは用がなくなればすぐに殺すかもしれない。
「どうする?」
「逃げる、という選択肢はない。どうにかして、あの子を助けて、ハイゴブリンを殺すしかない」
「じゃあ、私が――」
弥生が桜を発生させていると、ハイゴブリンがニタニタ笑いながら少年の頭を少しだけ強く握って泣かせた。
「いたぁあああああああ!」
少年は悲痛な痛みをもって叫んだ。
あいつ、弥生が魔法を発生させたのを見て、それを止めるように少年を前に出した。
どうやらあのゴブリンは頭が切れるようだ。
弥生が舌打ちをしながら新しい桜を生み出すのを止めて、刀をハイゴブリンに向けた。
だが、その刀すら手放すように、ゴブリンは少年の頭を掴んだまま空中へと浮かべさせて、何度も振った。その度に少年の頭を適度な強さで締め上げているようで、迷宮内に少年の悲鳴が響き渡る。
弥生が大きな舌打ちをしながら、刀を手放した。からんからん、と無情な音が響く。
そのことに満足したゴブリンは、俺に少年を前に見せてきた。
なるほど。
俺にも武器を捨てろ、と言っているのかもしれない。
もしくは、ゴブリンは俺を見た後に弥生へと顎で指し示しているから、
俺は隣の弥生を見た。
どうする、と困ったように目が虚ろであった。
そんな彼女に俺は微笑みかけながら、剣を強く握った。頭上にゆっくりと振り上げる。
――少年を助けるには、これしかなかった。
驚いた彼女へと、俺は頭に『世端』を振り落とした。
大きな音が鳴った。
『世端』と弥生の頭がぶつかったからだ。そして彼女は地面に倒れ、頭から血を流しながら動かなくなった。
「これでいいんだろう?」
俺はゴブリンへと睨みながら言った。
ゴブリンたちはニタニタと笑っていた。だが、それでも少年を手放そうとはしない。奴らは全てを殺そうとしているのだ。
俺にも少年を前に出して、ぷらぷらと振る。きっと『世端』を手放せと言いたいのだ。
だが、俺は手放そうとはしない。もしも手放してしまえば、奴らが少年を用無しだと判断して殺してしまうかもしれないからだ。
俺は『世端』を握ったまま、奴らに向ける。だが、こちらから手を出そうとはしない。
奴らの同行を見守るように俺は円を描くように移動する。奴らもそれに合わせて俺へと着いてきた。少年を持ったゴブリンはその場からあまり動かずに、残りのハイゴブリンたちが俺へと着いてくる。
殺す、ためだ。
ハイゴブリンが持っている大きな棍棒が俺へと振り落とされる。俺は後ろに下がって避ける。
もう一体のハイゴブリンが棍棒を振るので、俺は『世端』で受ける。反撃はしない。時々、見せつけるように少年の悲鳴を俺に聞かせるからだ。
俺は次々と襲ってくる二つの棍棒を必死になってしのいでいた。躱し、受ける。奴らの力は強かったが、重たい一撃であっても『世端』は折れることはなく、俺は未だに棍棒を食らっていない。
ハイゴブリンは、強くない。むしろ弱い。三体であっても、今の俺なら簡単に殺すことができるだろう。
魔力を持っている今なら、攻撃することさえできれば簡単に殺すことができる。思わず攻撃ばかり受けていたので、『世端』を振り上げてしまった。
だが、ハイゴブリンの叫ぶ“盾”が、俺の動きを阻害する。
俺はハイゴブリン達の攻撃を受けて、耐えるしかなかった。
そんな状態が少しの間続くと、盾を持ったゴブリンが少し苛立ったように歩みを進めた。
目論見はすぐに想像がついた。
盾を俺に差し出すことで、トドメをさそうとしているのだろう。だが、そんな俺も奴らの攻撃を凌いでいるうちに『世端』を手放してしまった。
「まずいっ――!」
口から声が漏れる。
ゴブリン達の歓喜の声が湧き上がった。
盾を持っているゴブリンが動きを留めて、棍棒を俺へと向けながら汚らしい声を上げた。棍棒でとどめを刺せとでも言っているのだろうか。
二体のゴブリンが、左右から同時に棍棒を振り落とす。
それが分かっていたとしても、俺には腕をクロスさせてそれらの棍棒を防ぐように魔力を腕に集めるしかなかった。
だが――桜が舞った
「――隙ありですね」
盾を持っているゴブリンの影から弥生が現れて、少年を救うために腕を切り落とした。
ゴブリンが叫ぶ。そのまま弥生は首をはねてゴブリンを殺した。
「流石だ――」
俺も棍棒を両手で受けた。魔力でガードしているため大事には至らないが骨身に染みる。これまでハイゴブリンの攻撃を受けてためていた鬱憤を晴らすかのように、魔力を集めた腕でハイゴブリンの胴体を貫き、頭を握りつぶした。
一体ずつ、確実に素手で殺しきったのだ。
「――いい作戦でしたね」
ハイゴブリン達が消えていく姿を見ながら、嬉しそうに弥生が言った。彼女は助けた少年を撫でながら慰めている。
「よく気づいたな」
「ええ。その魔武器に、魔力が込められていませんでしたから。これまでのゴブリンを倒したときとは圧力が違いました。だから防ぐとともに、奴らに幻を見せてあげました。彼らが見たいものをです――」
「なるほど。想定通りだ――」
とはいえ、本当なら木の棒に当たって倒れるだけだと思っていたのだが、どうやら違ったみたいだ。
まさか魔法で血まみれの姿を見せるなんて思っていなかった。
「ええ。こう見えても私、演技派なのですよ」
「それは知らなかった。俺は単純だからすぐに騙されそうだ」
「それで――どうしますか?」
弥生が見たのは、先に続く黒い道だ。
ダンジョンは、その最奥に眠るコアを破壊しなければ、永遠に拡張し続ける。モンスターを生み続け、やがては地上も侵略するのだ。
「もちろん、この先に行って、コアをはか……い……」
俺はそこまで行って、言葉を止めた。
ここが最も深き場所だと思っていた。これ以上、先はないと思っていた。それなのに――低い扉を潜るようにより大きな“モンスター”が現れた。
牛頭だ。頭に大きな角が二本も生えている。恐ろしい瞳が、こちらを覗いていた。俺達がいることが分かったからこそ、暗闇からハイゴブリンを超える体躯が床を踏みしめるように現れる。
その度に地響きが、鳴り響いた。
「――ミノタウロス」
震える弥生の言葉が俺の胸に染み渡る。
見たことはある。
恐怖も、体に残っている。膝が笑い出したからだ。
つい先日、奴と同じモンスターとダンジョン内で相対し、俺は死にかけた。幸運なことにジルダに魔力を貰ったことで“何か”が目覚め、勝つことが出来たが、今同じことをするのは難しい。
いや、隣にジルダがいないのに“何か”が出てきたら、押さえられる自信がなかった。もしかしたら“何か”が持つ破壊衝動に身を任せて、仲間である弥生すらも殺してしまう可能性がある。
だから――
「あのミノタウロスに勝った力は?」
「――あれは使えない。使えていたらもう使っている。あれはあの時だけのラッキーパンチだ」
俺は『世端』を握って、より魔力を込めた。
まるでまるで質量が増したように重たくなるが、振るう強さはまるで変わらない。このダンジョンで戦うことで出会った大切な武器だ。
「分かりました! 少年! すぐにこの場から逃げて下さい! ここにいるよりは安全です! 今まで私たちが通ってきた道は全てのモンスターを殺してきましたから、戻って何処かで隠れて待っていて下さい!」
弥生の必死の叫びに、少年はこくこくと何度も頷いてこの場から逃げ出すように去っていった。
「――なあ、こんなにもミノタウロスってこんな頻度で会うものなのか?」
「会いません。むしろ珍しいです。ここのダンジョンはレベル2か3の筈なので」
俺は後から知ることだが、レベル6のモンスターは、本来なら高位であるレベル5かレベル6の探索者が数人で協力して倒すか、最高ランクであるレベル7の探索者が担当するようなモンスターだ。
どう考えても、魔法初心者である俺が出会うようなモンスターではない。
――運が、絶望的なまでになかった。
「だろうな。で、どうする? 逃げるか?」
俺は探索者としての意見を弥生に尋ねる。
「そんな暇はありませんよ。来ます!」
ミノタウロスは俺達へと突進してきた。
左右に別れるようにして、俺達は避ける。




