木の棒
「――これを、渡すように言われました」
片平は木の棒を差し出してきた。
「え、なにこれ?」
俺は思わずそれを受け取ろうとしなかった。
だって、見た目がただの木の棒だったからだ。それも長さが剣ぐらいの振りやすい手頃な木の棒である。
「これは、魔武器ですね。これの銘は『世端』と言うらしいです」
「魔武器? 聞いたこともないけど」
「簡単に言えば、魔法が込められた武器です。物によっては特殊な魔法が込められた物もございますが、これは単に魔力があり、モンスターを殴って殺せるというだけの武器です。固有魔法が使えず、『火球』も学んでおらず、素手でモンスターを殺すのは大変だから用意した、とソフィー先生は言っていました」
「なるほど」
そういうことなら早く言ってほしかった。
俺はソフィーさんの優しさに感謝しながら、木の棒を受け取った。片手で持って何度か空を切るように振ってみる。軽いおかげか、小気味よい音が鳴ってくれる。これならゴブリンでも簡単に倒せそうだ。
今なら『強化』も使えるから。
「もう一つ、ソフィー先生からの伝言があります」
「何だよ?」
「『強化』は魔力を武器に纏わせれば強化できます。だから慣れた魔法使いなら、本当は魔武器を使わなくても普通の木の棒でも、遥かに強力な武器になるのです」
「分かった。まあ、出来ないけど」
そんな高等な技術を俺は習っていない。
「それよりも、こんな風に話している暇があるのですか?」
片平が指さす方向を見てみると、こちらへとゴブリンが走ってきていた。
確かにここで片平と話している暇はないようだ。ゴブリンは棍棒を高く振り上げている。このままだと俺は無防備にやられてしまうかもしれない。そう考えると、自然と『世端』を持つ手に力が入った。
こちらへと飛びかかるゴブリン相手に、俺は少しの高揚感で胸が高まりながら迎え撃つように構えた。木の棒の振り方なんて知らない。まるで野球のホームランを狙うかのように全力でかっ飛ばした。
ゴブリンの棍棒と、俺の木の棒が当たる。俺の木の棒の方が早く重かったので、ゴブリンの体ごと壁へと飛ばした。
そのまま怯むゴブリンに、俺は飛びかかって全力で木の棒を振り下ろした。それだけで簡単にゴブリンは体が真っ二つになり、体が瘴気となって霧散した。
「おお! この武器って凄いな!」
俺はソフィーさんが用意した『世端』の威力に思わず顔がにやけそうになる。
だが、そんな感動に浸る間もなく、ダンジョンの奥から新たなゴブリンが現れる。まだ体力にも余裕があるため、『世端』を握り直した俺は俺はゴブリンを倒すために駆け出した。
木の棒の振り方を修正していく。
野球のような使い方から、剣へ――。
動画で見た形しか知らない。
上から下に振り下ろし、右から左に全力で振り抜く。だが、その要素は既に俺は持っていた。
幼少期に空手を少しだけ習ったことがあるからだ。その時の経験を糧にどのようにすれば、剣のように強くなるか、を考える。いや、剣というよりも杖に近いだろうか。
襲ってくるゴブリンの棍棒を受けて弾き、頭を潰していくのだ。もしくは胴体を切り裂く。
『世端』への魔力の通し方は、武器の方から教えてくれた。
何故か体に馴染むのだ。
俺の中に流れる魔力と、「『世端』が持つ魔力が溶け合い、木の棒に纏う魔力がより濃くなるのだ。
その度に『世端』が重くなっているかのようで、威力が上がる。俺の振っている棒の早さは変わらないのに、込められている魔力の量と質によって重さが変わっているかのようだった。
俺は、ゴブリンと戦うごとに強くなった。
まるで『世端』に導かれているようだった。
俺はゴブリン達を『世端』で殴りながら、武器への理解度を増していく。それだけではなく、戦いへの理解も、魔力についてもめきめきと高めていった。
◆◆◆
最初のゴブリンを倒した後の鵲さんは、見事な立ち回りで次々とゴブリンを倒して行った。
とても初心者とは思えなかった。
魔法に目覚めてまだ一週間と経っておらず、訓練を始めたばかりの探索者があそこまで戦えるだろうか。最初は『強化』に四苦八苦し、命懸けで襲ってくるゴブリンの殺気に怯え、それでも誰かを守るために勇気を持って戦うのが探索者なのだ。
私だって最初はそうだった。
物心ついた時から魔法はなんとなく使えたけど、『強化』は上手く扱えず、私の魔法は攻撃力に乏しい。そんな状態での最初の迷宮探索は、失敗に終わった。
それなのに、鵲さんはまるで水を得た魚のようにゴブリンを倒していく。
その『強化』に淀みはなく、彼は分かっているのかそれともいないのかは分からないが、自然と手に持つ武器にも『強化』を施している。そのおかげか、下手な日本刀よりも彼の木の棒は殺傷能力を持っていた。特に魔力の籠もった攻撃でしか倒せないモンスター相手に、彼は十分すぎるぐらい戦えている。
天才、と言っていいのだろうか。
いや、違う、と私は思った。
彼が戦えているのは、きっともっと恐ろしいモンスターと戦ったからだろう。ゴブリン程度で怯えるわけがない。彼は心身をも揺らすような咆哮を放つミノタウロスと戦ったのだ。そのうえで勝った。あの力が火事場の馬鹿力という奇跡だったとは言え、あのミノタウロスに立ち向かったのだ。
探索者として十分な勇気がある、といっていいだろう。
今更私が何を評価すればいいのだろうか、との気持ちが生まれてきた。とはいえ、ゴブリンの数は次々と増えていく。二体、四体、今ではもう十二体も出現していた。
「こいつら、どれだけいるんだよ!」
鵲さんの木の棒だけでは対処が難しくなってきたため、私は刀を抜いた。
銘は『桜姫一文字』だ。ミノタウロスに折られてから新しい刀を手に入れた。見た目は似ているが、こちらは魔武器ではなくただの刀なので『強化』しなければゴブリンには通用しないが、そもそもの気味がいいので少し魔力を纏うだけでゴブリン程度なら簡単に斬れる。私には十分すぎぐらいの武器だった。
先生より力を見定めるように言われたが、手を貸してはいけない、とは言われていないのだ。
「後ろは任せて下さい! 背中は守ります!」
私は後を追ってくるゴブリンを殺すことに決めた。
「いいのか?」
「ええ。本来探索者とは協力し合うものですから。知っていますか? 学生の多くは三人程度のパーティーを組んで、ダンジョンを攻略するのです。死ぬリスクを分散するために――」
「あれ、片平はこの前は一人でダンジョンにいなかったか?」
「私は“優秀”なので、一人での探索が許可されているのです。知らなかったですか? 私、これでもエリートなんですよ?」
「それは知らなかった――」
鵲さんは、ゴブリンへと『世端』を振るいながら笑った。
「許してあげます――」
私も笑う。
なぜだか、彼と一緒に戦えることが私には嬉しかった。信頼しているからだろうか。あまりこれまでの仲間たちには感じたことのない気持ちだった。
「任せたぞ」
「ええ、任せて下さい―」
桜を、散らせる。
私の魔法である『夢幻桜花』だ。多くのゴブリンは私の魔法の虜になり、目を奪われる。動きが止まるのだ。そんな状態のゴブリンの首を、私と鵲さんは一体ずつ切り取っていった。
だが、ゴブリンの数は増えていく。既に私たちの周りには数十以上のゴブリンが行く手を阻み、私たちを囲んでいた。あまりにも数が多いため、段々と私の魔法が散漫になってきた。動くゴブリンが現れた。
私と鵲さんは背中合わせになりながら、前方の敵に対処していく。こうすることで背中の敵を意識しなくて良くなり、より戦いやすくなった。
徐々に詰められていくゴブリン達により、私たちの背中は合わさる。あまりの数のモンスターに挫けそうにもなるが、ほんのりと感じる彼の温もりが私に勇気を与えてくれるような感じをした。
「あまりにも数が多すぎるな! 俺が突破口を作るから、ここを無理やり抜けるのはどう?」
「名案ですね。前方の敵だけに、魔法を集中させます」
それしか、道はなかった。
「助かる!」
「あと――」
「あと?」
「――私のことは“弥生”でいいですよ。その方が短くて、戦闘中でも伝えやすいでしょ?」
「なるほど。じゃあ、俺のことも“露”でいい――」
背中越しの彼が笑った気がした。
言った後に、どうして私はこんなことを言ったのだろうか、と考えてしまったが、そんな余裕もなく、私の魔法から抜け出したゴブリンたちは束となって私たちを襲ってくる。
私は手に持っている刀に魔力を込めながら、彼と肩を合わせて戦う。




