初めての迷宮探索
その次の日のことだった。
俺は久々にジルダを抱えることなく、片平と並ぶように暗い迷宮を歩いていた。全てソフィーさんからの指示である。
「ソフィー先生から言われました。今日は鵲さんと共にダンジョンに潜るようにと。流石に今日はジルダちゃんを連れていないみたいですね」
「いや、あいつは来る気まんまんだったぞ」
狭い通路内を歩く俺は、少し前の出来事を思い出す。
ソフィーさんに連れられて新しい迷宮に赴くことになった俺は、当然ながらジルダを置いていこうとした。ソフィーさんも安全のためにそのつもりだったようだ。
だが、ジルダは俺の服の裾をずっと掴み、どうしても付いてくる気だったのようである。
「姫様、駄目です」
「……私も、行く」
「危険だから駄目です」
「……いたほうがいい」
とずっとソフィーさんと押し問答をしていた。
最終的にはソフィーさんが「姫様を守ろうとするあまり、露様に危険があるかもしれません。何か合った時に駆けつけられるように迷宮のすぐ外で待機するのが一番ではないでしょうか」との言葉によって、ジルダを説得していたようだ。だけど、ジルダはずっと不機嫌なままだった。
「……なるほど。よっぽど懐かれているんですね」
「そうかも知れないな。で、ソフィーさんから他に何か言われているのか?」
「何か、とは?」
「俺のことだよ。初心者だからな。ちゃんと戦うのもこれが初めてだよ」
俺は片平がソフィーさんからどんな指示を受けているのか、とても気になっていた。
「……そうですね」
なぜだか、片平は考え込むように顎を擦っていた。
◆◆◆
鵲さんと共に迷宮内を歩いている私は、ソフィー先生から今朝の電話を思い返していた。
「片平様、突然、申し訳ございません。本日はあなたに依頼したいことがございます」
「なんでしょうか?」
学園でも憧れの先生であるソフィー先生からいきなり電話があったため、私は声が震えているのを自覚しつつも何故か頭の中は冷静だったように思える。
ソフィー先生と鵲さんの仲を知っているからだ。
昨日、世間話で聞いたことだが、どうやら現在はソフィーさんの元で暮らしているらしい。詳しい事情は知らないが、もしかしたら急に魔力に目覚めたことが関係あるのではないか、と私は思っていた。
「これは片平様にしかお願いできないことです」
「はい」
憧れのソフィー先生からそう言われると、私は心が弾むような気がした。
学校において、ソフィー先生は誰もが尊敬しているのだ。特にランク7の探索者においては、女性よりも男性の方が多く、その中でも極めて優れた実力を持つのがソフィー先生なのだ。さらにソフィー先生は美しく、戦う姿はとても可愛らしい。その魔法は見栄えすらもよかった。
だから私のような女子生徒はソフィー先生からの指導をされたい、と強く願っている。
昨日のダンジョン攻略後に群がっていたのも、私の友達が多かったように思える。
「本日、ダンジョンが発生した場合は、ランクによりますが鵲様と一緒に潜って頂きたいのです――」
「どういうことでしょうか?」
もちろんその提案を受ける気でいたけれど、どうしてこんなことをソフィー先生が言うのか分からなかった。
「私はですね、鵲様がこの先、探索者としてやっていけるかどうか、を見たいのです」
「……まだ早い気もしますが」
私の知っている限りでは、あの日、ダンジョンを一緒に攻略するようになってからまだ二週間も経っていない。
まだまだ探索者として戦えるかどうかは分からない時期だ。
どうしても人には、戦士としての才能が無いものがいる。どれだけの力を持っていても、モンスターと戦うのは怖い、戦えない、とその道を諦める者も少なからずいるのだ。そういう人は魔法使いとして、魔法を人の役に立てたり、魔法の研究の道に進んだり、中には教師になる者もいるという。
「私はそうは思いません。彼には戦う力が必要ですので」
「そんなに急に……」
私は思わず口を抑えて驚いてしまった。
「はい。これは彼の事情ですが……片平様には話しても大丈夫ですね。彼は姫様と一緒にいたでしょう?」
「はい」
私はその姫様が、ジルダちゃんのことだと分かった。先日に彼の家に行った時に、そのようなことを鵲さんが話していたからだ。
「彼はこの先も、姫様と共にいようとしています。それが姫様の望みであり、鵲様も受けて入れております。そのことに私は何も口出しはしません」
「そうですか……」
なぜだか、この時、ソフィーさんの姿は見えていないのに、少し鵲さんへの苛つきを感じてしまった。ジルダちゃんと鵲さんが一緒にいることを快く思っていないようだった。
「ですが、そうなれば、この先、姫様を守る最低限の力が必要です」
「……そうなんですか? エルフを襲う人も確かにいますけど、魔法使いであれば対処できると思いますよ」
お金目的でエルフを襲う多くの人が、魔力を持たない一般人である。もしくは邪まな目的の人が多い。
だけど、私のような多くの魔法使いは、エルフを襲おうなんて考えない。彼らの多くは魔法のスペシャリストであり、その道の専門家だ。生半可な力で勝てる相手ではないと、学園で教え込まれているからだ。
「……いえ、これは秘密ですよ。絶対に他言しないで下さいね。姫様は多くの方から狙われています。その中にはきっと魔法使いも含まれるでしょう。だから、生半可な力では勝てないかもしれません」
「初めて聞きました」
そのようなことは、鵲さんからも聞いたことがなかった。
「ええ。初めて言いましたから。露様にも少しだけ伝えております」
「伝えたんですね」
でも、私はきっとあの人は――変わらないだろう、と思ってしまった。
「ええ。でも、露様は“伝えても変わりません”でした。少しだけ私の目論見が外れたのです」
はあ、とソフィーさんの大きなため息がスマートフォン越しに聞こえた。
「そうなのですか……」
「ええ。姫様を狙うものの中には、今の鵲様では対処不可能な魔法使いがいる可能性もあります。彼らから逃げ切るためにも、最低限の力は必要なのです。人であっても、モンスターであっても、問題なく殴れる気概が――」
「だから……?」
「はい。一緒に鵲様と迷宮に潜ってもらって、彼が“本当に”戦えるかどうかの報告をお願いします――」
「分かりました」
「ありがとうございます。片平様――」
こうやって、私は鵲さんと一緒に迷宮に潜ることになった。
運がいいのか悪いのか、あの電話から数時間後にランク2のダンジョンが発生したのである。下から数えた方が早いランクであるが、探索者になったばかりの魔法使いが最初に苦労する迷宮でもあった。
主に出現するのは“ゴブリン”であり、彼と話している最中に眼の前にいつもの彼が現れたので、私は迷宮に潜る前にソフィーさんと出会って言われたことを彼へと告げるために口を開いた。




