カレー
「お兄ちゃん、ジルダちゃん、おかえり―! 晩御飯できているよ!」
家に帰った俺達を出迎えてくれたのは妹の雨だ。今日も友だちと遊びに行っていたのか元気になっている。最近は引っ越したことにより、学校の転校準備で忙しいようだ。今日の朝も新しく用意した制服を見せに来た。どうやらブレザーからセーラー服に変わったらしい。
制服が可愛くなった、と雨が喜んでいたのを覚えている。
「ただいま。助かる。今日の晩御飯は何なの? 」
「カレーライスだよ! ジルダちゃんが食べられるように甘口にしたんだ! ジルダちゃんはカレー好き?」
俺が手を繋いでいるジルダの目線に合わせるように、雨はしゃがみながら話しかけていた。
「……」
ジルダは覗き込む雨を見たまま微動だにしなかった。
だけど、これまでの雨とは違い、そんなジルダを見つめたまま微笑んでいた。とびっきりの笑顔だ。
お互いに見つめ合ったまま、動かない。
「あれ、雨、なんか対応が変わったのか?」
そんな雨が俺には不思議に思えた。前とはジルダへの対応が違うように思えたからだ。
「ふふん! マナちゃんに教えてもらったの! ジルダちゃんにとって私は何も知らない怖い人だから、まずは私が安全な人だよ、って教えるのが大切だって!」
「なるほどな」
雨の友達であるマナちゃんとは俺も何度か会ったことがある。眼鏡をかけた可愛らしい子だ。詳しく話を聞いてみると、どうやらマナちゃんのお母さんが保育士らしくて、小さな事仲良くなるコツを聞いたようだ。
「だからお兄ちゃん、私はジルダちゃんと仲良くなるために少しずつ距離を詰めることにしたんだよ!」
「お、それは頭いいな」
俺は雨の頭を撫でる。小さな頃からよくやっていたのだが、最近は恥ずかしがって避けることが多かったのになぜだか今日は受け入れていた。
「だからジルダちゃん、これからも宜しくね! 今日はカレーライスを一緒に食べようね!」
「……私も」
初めてジルダが反応したかと思えば、俺の手を指さしていた。そして、自分の小さな頭を指さす。
無でろ、という事らしい。
「あー、はいはい」
俺はもう一つの手でジルダの頭も撫でる。目を細めており、耳が少し動いているのが分かった。
「やっぱりお兄ちゃんに懐いてるんだ! なんでなの!? こんなに甲斐甲斐しい私のほうに懐いてもいいのに〜!」
雨は俺の手を振り払うようにして、キッチンへと戻っていった。
やれやれ、とジルダの頭から手を放して雨の後を追うようにリビングへと行くと、カルガモの子どものように彼女は付いてくる。
既に雨はご飯をよそっており、サラダと共に食卓へと用意してくれた。俺とジルダは並んで席につく。
「ジルダちゃん、たくさん食べてね!」
いただきます、と一緒に声を出して俺達はカレーを食べ始めた。
普段よりも甘口だが、入っている具材の大きさなどは俺にとっては馴染みのあるものだ。むしろ甘いからこそ、幼少期の記憶が蘇るようないつも通りの食べ慣れた味だった。母から雨に受け継いだ味である。雨とはよく交代で料理を作るので、自然と味が似るようになった。たまに並んで作ることもあったので、俺も似たような味のカレーを作る。。
「今日のも美味しいな」
だからこそ、自然と褒めるような声も口から出た。
「本当? 良かった!」
「ジルダも気に入ったみたいだな」
俺の隣ではジルダも小さなスプーンを使って何度もカレーを食べていた。どうやら嫌いではないようだ。
「そう言えばさ、お兄ちゃんってさ、急に来たジルダちゃんのことを自然と受け入れているけど、どうしてそんなに自然と面倒を見ているの?」
「考えてみると、なんでだろうな。きっと――危険を共にした仲だからじゃないか?」
俺はジルダの食べる様子を見ながら考える。
おそらくだが、一緒に迷宮を攻略し、“命を助けてもらった”恩があるからこそ、彼女の願いを叶えたい、と思ってしまうのかもしれない。
それだけではないだろう。
俺の中には“あいつ”がいる。まだジルダの中にも“あいつ”がいると思う。繋がりを感じるからだ。俺達は“あいつ”がお互いにいるからこそ、近い感覚を共有しているのかもしれない、と思ってしまった。
「ふーん、なるほどね! 私はてっきり、ジルダちゃんが可愛いからほだされたのかと思った!」
「どういう意味だよ?」
俺は首を傾げてしまった。
「簡単に言えば、美人局! お兄ちゃんがジルダちゃんに騙されているのかと思った!」
「……何でだよ? こんな幼女になにか思うわけないだろうが」
心外だった。
まさかこんな幼女の可愛さにやられて、言うことを聞いていると実の妹に思われていることが。
俺は、決してロリコンではない。
「でも、本当にジルダちゃんは整っているようね〜!」
「エルフだからな」
あまりエルフについて詳しいことは知らないけど、ソフィーさんも含めて皆が美形だ。たまにテレビやネットに映るエルフも、男女問わずに容姿端麗な人が多いように思えている。
「今まで子どものエルフなんて見たことなかったけど、お人形さんみたいだよね! なんか幻想的で浮世離れしてる!」
「カレーで口元を汚しているからそんなのは全て消し飛んでいるけどな」
俺は慣れた手つきで、ティッシュでジルダの口元を拭き取った。ジルダは少しだけ煩わしそうに唸っていた。
「なんかお兄ちゃんに子どもが出来たみたいだね!」
「むしろ手のかかる妹だろう? 雨も昔はこんな感じだったからな」
俺は幼い頃の雨を思い出す。なんでも口に入れていたので、取り出すのが大変だった。その度に泣き出すのだ。まだまだ俺も幼かったので、雨の対応には苦労していた。
「もう! お兄ちゃん、なんてこと言うの!」
「むしろ、雨よりもおとなしいと思うぞ。文句も言わなくて、泣きもしないからな」
「失礼だなー! 私はそんな感じじゃなかったよ!」
「記憶を捏造するなよ」
俺は呆れたように言った。
「でもさ、本当にジルダちゃんは大人しくていい子だよね! もしもジルダちゃんのような子どもなら、誰もが子育てしやすいんじゃないかな、と思うぐらい出来た子だよね!」
「そうだな――」
こんな話をしていても、決して口を挟むことがなく黙々とカレーを食べ進めているジルダ。俺達の言葉は聞こえており、意味も理解しているはずだ。むしろ彼女は聡明な子である。どこか俺よりも理知的なように感じる。さらに感情の起伏もほぼ感じない。
どこか、チグハグなように思えた。
エルフとは、皆このようなのだろうか。
俺は同じくエルフであるソフィーさんのことを思い出す。彼女も感情をあまり表に出さない。
まだまだ彼女たちの理解には時間がかかりそうだ。




