6つの魔法
迷宮から地上に戻ってきた俺は、多くの探索者たちと目があったような気がした。だが、彼らのほぼ全てが俺を見ておらず、ソフィーさんを尊敬の眼差しで見つめていた。特にソフィーさんが地上に戻ると、すぐに他の学生探索者に囲まれていた。彼らが学生だと分かったのは、一様に黒い制服を着ていたからだ。さらに俺と同じぐらいの年齢だと、雰囲気で分かった。
「ソフィー様、どうすれば強くなれますか?」
「俺に魔法を教えてくれ!」
「もっと強くなりたいんだ!」
彼らはソフィーさんに探索者としての、魔法使いとしての助言を求めていた。
どうやら思った以上にソフィーさんは有名な探索者らしい。テレビなどでは全く見ないけど、この界隈では有名なようだ。
「――知っていますか? ソフィーさんはこの国に四人いるランク七の探索者の一人です。メディアにこそ出ていませんが、探索者の中では有名です。ランク7の多くのダンジョンに駆り出されますから」
そんな俺の疑問を解消するように、いつの間にか隣に片平がいた。
「知らなかったよ」
「そうだと思いました。もし知っていたなら、彼女の弟子になるということがどういう意味になるのか、よく分かっているでしょうから」
「なっていなかったかもしれないな。なんか厳しそうだし」
俺はげんなりとしたように言う。
「実際、どうですか? 厳しいですか?」
「どうなんだろうな? 最初の課題として出されたのは魔力の知覚とひたすら組手だぞ。何回投げられたか」
「強くなりましたか?」
「まだ魔力の使い方も学んだばかりだ。『強化』しか使えないよ」
俺が「そろそろ自分で立てよ」とジルダを下ろすと、何故か彼女は両手を上げてもう一度抱っこを要求してきた。
少しだけ無視していると、遠くにいるソフィーさんが能面のような笑顔で睨んできたので、仕方なく彼女をもう一度抱きかかえることにする。どうやら俺もジルダの要求には全て応えないといけないようだ。
「『強化』ですか。基本ですね。探索者としては必須の技能です。己の魔法だけで戦う人もいますが、それだけだと勝てない場合がありますから」
「なるほど」
「そう言えば、疑問だったのですが、鵲さんは“固有魔法”を持っているのですか?」
「え、持っていない人なんているの?」
魔法使いなら誰でも固有魔法を持っていると思っていた。
勝手にだけど、俺の固有魔法は“まだ”目覚めていないだけかと思っていた。
「ええ、いますよ。というか、多くの探索者が持っていません。どうやら固有魔法は限られた人にしか発現しないようです。私は運良く持っていますが、学園の生徒も多くが持っていません。彼らの多くは一般魔法を使います――」
片平さんは右手に火の玉を生み出した。
どうやらこれも魔法の一つのようだ。
「これは?」
「第二の一般魔法である『火球』です。鍛えれば誰でも扱うことが出来ます。私の『火球』は小さいですが、より大きな『火球』を使う人もいます。実はこの他にも多くの魔法がございます」
それから片平さんは、俺に全ての一般魔法を教えてくれた。
どうやら誰もが使える一般魔法は、現在のところ6つあるようだ。
第一の魔法『強化』
第二の魔法『火球』
第三の魔法『浮遊』
第四の魔法『治癒』
第五の魔法『錬金』
そして、第六の魔法は既に失われており、名前すらも分からないらしい。
「じゃあ俺も鍛えれば使えるわけか?」
俺は握った拳を見つめた。
「覚えることが出来たら、ですけど。どうやら一般魔法にも相性があるみたいなので、火球ですら満足に扱えない人もいます。魔力操作が苦手、といえば、そこまでなんですけど……」
片平は言葉を濁すように言った。
「それだけではないのか?」
「ええ。魔法にも特徴がありますから。例えば、『治癒』は医療協会が独占しているため、私たちは教えを乞うことすら許されません。ですからほぼ一般人は使えません――」
どうやら組織に所属しないと覚えられない魔法があるようだ。その際には制限が多くなり、組織からの命令には逆らえなくなるらしい。
魔法の世界はなんと世知辛い世の中なんだろうか。
「えー、じゃあ、『火球』が使えなかったら、俺が他の魔法を使える可能性は低いのか。その時は『強化』で戦っていくしか無いな」
「ええ、そうなりますけど……」
片平は俺を疑うように見てきた。
「なんだよ?」
「いえ、あの時、性格が豹変した時のことを覚えていますか?」
「ああ――」
記憶は、間違いなくあるくらい覚えている。
俺も知らない“何か”が憑依したのだ。あいつは未だに俺の中に眠っているが、いつ目覚めるかは分からない。今、この時に俺の中から現れる気もするが、隣にいるジルダがいると大丈夫な気もしている。
「あの時の鵲さんは、“固有魔法”を使ったような気がします。もしかしたらただの“魔力の圧”だったのかもしれませんが――」
「どうなんだろうな? よく覚えていないよ」
「今、固有魔法を発現していないのなら、もしかしたら持っていないのかも知れませんが……鵲さんの場合は後から魔力に目覚めたので、ちょっと分からないですね。ソフィーさんに習っているのなら、今は言うとおりにしておいたほうがいいと思います。『強化』は本当に魔法使いにとって基本ですから」
「分かった。『火球』は後回しだな」
「ええ。それが一番だと思います。探索者として、『強化』だけでも十分に戦えますから」
片平はしぼんでいくダンジョンを見守っていた。だが、ソフィーさんの言う通りこのダンジョンには龍が一体しかいなかったようだ。
中からモンスターが現れる気配がない。
そして、完全に迷宮が無くなり、この場にいた探索者達の仕事はなくなったため順番に彼らは帰っていく。何人かはそれでもソフィーさんに魔法の教授を頼んでいたが、「学園で会った時にお願いします」と断っていた。
「どうやら終わったようです。帰りましょうか」
そんなソフィーさんが迎えに来たため、俺とジルダは共に家に帰ることとなった。
片平とはその場で別れた。どうやら別の迷宮が生まれたらしく、すぐに現場へ直行するようだ。特にこの現場にいる探索者達は疲労がほぼないことから、連続で働かされるようだ。
「分かった」
「そう言えば、片平様と仲がよろしいようですね」
車まで向かう途中でソフィーさんが言った。
「一緒に死線を超えた仲だからな。な?」
俺が話しかけても、ジルダはあまり反応しなかった。だけど、下ろそうとすれば全力で体にしがみついて全力で抵抗してくるのだ。
よく分からない子だ。
「なるほど。それなら“ちょうどいい”かもしれません。片平様は、学生の中でもとても優秀ですから」
「ちょうどいいって、何が?」
「――ダンジョン攻略です。一番いい訓練になります」
普段無表情のソフィーさんが、微かに笑ったような気がした。
え、あんなに恐ろしい目にあったダンジョンを本気で一人で攻略するの、と俺は顔が引きつりそうになった。




